5 村の自衛対策
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私がニューカトラ村にやってきて半年が過ぎた頃だった。
村の外に出ていっていた住人の男が戻ってきた。村の外にしかない野草だって動物だっているので、それ自体は何もおかしくはない。ただ、その住人はやけにふらついていたのだ。
見ると、腕に何か所か傷がある。中にはどうも噛まれたような痕まであった。
「犬人族にやられた……。もともとワーディー王国に住んでいた者達だ……。集めた野草を全部奪われた……」
村人たちの表情は怒りよりも困惑だった。これまで関わらずにすんでいた人種と関わることになりそうだからだ。
ワーディー王国は帝国に滅ぼされた王国の一つでイヌ耳獣人の国家だった。
そして、カトラ王国の難民と同様に土地のやせたこの地方に逃げ出して、イヌ耳獣人の中で村を作っていたのだ。
いくつもの獣人国家がほぼ同時に滅ぼされたため、難民も同じ獣人同士で集落を作っているのが基本だった。
今まで、そういった集落との間での抗争は驚くほど少なかった。
理由はいくつか考えられる。
貧しすぎて余裕がなかったということもあるだろう。多数の死傷者が出たら、集落の力を取り戻すのは難しい。
けど、一番の理由は、どこの集落も貧しいから戦争をしても得られるものがなかったからだ。
財宝を求めて命懸けの冒険をする人間は、私のいた王国にもいた。それは対価が大きいから成立していた。銅貨数枚のために命を懸ける人間はいない。
だけれど、ニューカトラ村だけが例外的に私のせいで栄えてしまった。
水はきれいで濁っておらず、食べ物も野菜類中心とはいえ周囲の地域より豊富にある。当初よりさらに栽培されている野菜の種類も増えている。
一発逆転を夢見て、ほかの獣人集落がニューカトラ村を襲う危険は日に日に高まっていた。
ケガをした村人が戻ってきた夜、古老の家で緊急の集会が開かれた。
まだ娘ではあるが、リオーネも出席している。私の声が聞こえたり、姿が見えたりするからだ。といってもリオーネの特殊能力というより、私が彼女だけ認識できるように仕向けている部分もあるが。
それでも彼女が一段と強い信仰心と穢れのない心を持っているからこそ、はっきり私を見れる部分もある。結局は双方向の交流なのかもしれない。
ちなみにその時もリオーネのすぐ真横に私は座っていた。リオーネはびっくりしていたが私は「黙ってて」と言っておいた。最初から守護神が出席している設定だと、出席者もやりづらいだろう。
「本日、トーヴァが犬人族の者数人に襲われてケガをして戻ってきたことは、みんな知っておるの。ただの突発的なケンカならこれまでにもあったが、今回はどうも待ち伏せされていたようだとトーヴァが語っておった。そこで集会を開くことにしたのじゃ」
古老は背は曲がっているが、言葉はまだしっかりとしている。
村の中では例外的に腕力の強そうな壮年の男が立ち上がった。
「やったらやり返すまでだ! ワーディー王国の残党に目にもの見せてやろうぜ!」
やっぱり、こういう脳筋タイプがいたか……。
これが怖いから私も出席していたのだ。
「しかも、こっちには守護神ファルティーラ様がいらっしゃるじゃねえか! 負けるわけがねえ!」
私はイラっとしたので、リオーネに自分の気持ちを伝えた。
「お待ちください! ただいま、ファルティーラ様から託宣が降りました! 許しなく神を旗印にするような行いは不敬であり、慎まねばならない。そういった行いを成す者には災いが降りかかると……」
「なっ……」
脳筋男もちょっとはこれでびっくりしただろう。
「け、けどよ……やられたらやり返すっていうのが筋ってもんじゃないのか……。ニューカトラ村にも面子ってものがある……」
ある意味、面子なんてことを意識できるほどに村が発展したのだなと私は微笑ましくも感じた。私がやってきた頃は金貨一枚くれてやったらどんな命令でも聞きそうなほど荒廃していた。
私はぽんぽんとリオーネの肩を叩く。そして、彼女にしか聞こえない言葉で囁く。
――リオーネ、あなたなりの言葉でそれが間違いであると説明してみなさい。あなたは賢い娘だから、私の最低限の言葉でどうするべきかがわかるはずよ。
当然、リオーネは戸惑っていた。それでも、彼女をずっと私の操り人形にするのも悪いと思った。
リオーネも小声で「ファルティーラ様、わかりました」と答えて、立ち上がった。
「あの……向こうもこちらが報復に来ることはわかっていると思います。何が言いたいかというと、敵の目的はこちらとの戦闘状態に持ちこむためじゃないでしょうか。理由がどうあれ戦争状態になれば攻め込む大義名分になりますし……敵が待ち構えているのかもしれません……」
――よし、偉いぞ。よくわかってる。
私はリオーネを褒めてやる。うれしかったのか、リオーネの尻尾がぴょんと立った。
ほかの村人達もなるほどと思ったらしい。
「たしかに挑発の可能性があるな……」「だとしたら罠でも張ってるかもしれんぞ……」「こっちは武力に自信があるわけでもないし……」「そもそも、連中の集落を攻撃しても、奪えるものだってない……」
よしよし、事の本質にみんなが気付きだした。
この戦い、こっちから攻めるメリットがないのだ。
すると、今度はリオーネが私のほうを見つめてきた。また例の小声で話しかけてくる。
「あの……でも、こちらが攻めていかなくても向こうが村に略奪に来ることはありませんか……?」
――そうだね。だから、今後の村のためにもなるし、被害者も出ない方法を採用しようか。
この言葉でリオーネは何か感づいたらしかった。みんなに向かって言う。
「あの! 敵はどちらにしても攻めてくるかもしれません! ですから、村の周囲に濠や柵を用意して防御できるようにしませんか?」
一同が「なるほど!」という顔をしていた。
これまでの集落は無防備すぎたきらいはある。その部分を改善するのはどのみち必要なことだ。
「やはり、ファルティーラ様の巫女は言うことが違うな」「そうだ、そうだ、巫女がいればこれからも誤ることはないな」
なんかリオーネが巫女だと呼ばれるようになっている……。たしかに、そんなに間違ってはないけど……。
そして、最後に古老がうなずいた。
「よし、リオーネよ、おぬしをファルティーラ様の神殿を管理する巫女として正式に任命するぞ! ファルティーラ様に失礼がないよう、よろしく頼む!」
「は、はい……わかりました……」
こうしてリオーネは小さなボロい家から神殿に移り住むことになり、私も普段はそこでくつろぐことにしたのだった。
戦の準備をしております。次回、戦争勃発!?