57 旧カトラ王国の神
カルティアの一件があってからは、獣人王国内は平和だった。
まあ、大半の住民にとってみればカルティアの件は無関係な事柄だから、さらに平和な期間が長いことになる。その前に戦争も経験していたわけだから、それぐらいの平和はあって、ちょうどいいと思うけれど。
そんなわけで、神同士との会食もなごやかに行われていた。
インターニュはカルティアにテーブルマナーを教えていて、忙しそうだったが。
「違う! スプーンはそう持つのではないのじゃ! 明らかに逆向きではないか! それでどうやってスープを運ぶのじゃ!」
「だって、これ、つかみにくいんだよ……いいだろ、それぐらい……」
「ていうか、よく見たら、なんで触手でつかんでおるのじゃ! そんなの、常識的に考えてつかめるわけないじゃろうが! 手でつかめ、手で!」
カルティアは面倒そうに手でスプーンを持ち直していた。
「触手ばかり使ってたら手が退化したりするんですかね?」
セルロトが興味深そうに言った。セルロトからするとカルティアは知的好奇心を抱く対象らしい。
「神でも退化したりするの? でも、私が知ってる神ってだいたい人の姿してるよね。人間が神を祈れば、人間に近い形を想像するせいかもしれないけど」
神の形に制約はないはずだから、厳密にはただの球形の何かとか、見ただけで怖気をふるうような恐ろしい姿とかであってもよいはずだ。しかし、そういう神をお目にかかったことはない。
「そういえば、そうですねえ」
ウノーシスがうんうんとうなずいていた。ウノーシスの食事はほとんど菜っ葉系だった。ウサ耳だからか、ウサギが好きそうなものだ。
「一般にその種族に似た姿の神が信仰されていると思います。わたしを信仰するのは兎人族ですし、インターニュさんなんかも犬人族の神ですよね。オルテンシアさんもセルロトさんもそこはだいたい同じかと」
「わざわざ全然違うフォルムの神を信仰する必要もないしね。あれ……?」
そこで、とある疑問に思い当たった。
「猫人族って、ネコ耳の神様を祀ってないの?」
というか、カトラ王国の人たちってどんな神を信仰してたんだ?
「猫人族の信仰ってあまり記憶にないですね。そんな信心深い感じではなかった気がします。わたくしもぱっと思い出せません……」
いろいろ詳しそうなセルロトもわからないらしく、キツネのもふもふ尻尾を振って、記憶からひねり出そうとしていた。
となると、インターニュに聞いてみようか。
「おい! フォークの持ち方が逆じゃ! それでどうやって刺すのじゃ!」
「でも、パンに刺さったぞ」
「それはパンが偶然やわらかいからじゃ! おぬし、わざとやっておるんじゃなかろうな?」
「インアーニュ、カルティアの躾中に悪いんだけど、教えてほしいことがあるんだけど」
「なんじゃ、おぬしもテーブルマナーがわからんのか?」
そんなことじゃない。
「カトラ王国って元々、どんな神様を信仰してたの? そういう話、全然聞かないんだよね」
もしかしたら元の国の神を表に出すと私に失礼だと思って、憚ってるのかもしれない。
ほかの地域でも神の信仰が変わると、神像破壊運動とかよく行われたりするし。上手く共存するケースもあるけど、どっちかしか残らないケースも多い。
「ああ……カトラ王国の神か……。おることはおったんじゃが……」
なんだ、その煮え切らない態度は。
「一言で言うとな、不人気じゃった……。消えるべくして消えた感じじゃの……」
「少し聞かせてもらえないかな?」
そういや、元の国について猫人族はあまり語らない印象がある。過去に執着しない一族なのだろうか。
「わかった。じゃが、さすがに話が長くなるかもしれぬので、オルテンシア、お前がカルティアにテーブルマナーを教えてやってくれ」
「えっ、ボクがですか……? わ、わかりました……」
オルテンシア君も白羽の矢を立てられて、大変そうだな……。
とにかく、これでインターニュのカトラ王国の神語りがはじまることになった。
「カトラ王国は猫人族の王が作った王朝じゃ。これぐらいは知っておるの」
「うん、さすがに」
「この王家は、自分の一族が代々信仰していた神を、王朝を樹立した時、さらに敬った。この神を信仰したからこそ、王になれたというわけじゃな。立派な神殿を宮殿の横に造ったりもした」
ここまではすごくよくある話だ。どこの国だって似たようなことをしているだろう。
「じゃがな、ここからが問題なのじゃ……」
インターニュの顔が曇った。
「ここの王家は民衆にもこの神の信仰を強制したのじゃ。神の名をバルンビルンというんじゃが、バルンビルン神以外の神殿や神像は破壊されたりした」
「うわあ……なかなかえげつないことをしたね……」
よくあることとはいえ、聞くと胸が痛むな。自分もまさに故国が滅んでひどい目に遭った経験があるから、余計に同情する。
「そして、王家の政治はなかなか厳しくてな、たとえば税金が納められなかったりした者は神に対して逆らったものとされて、処罰されたのだ。神に対して反省の言葉を吐きながら、ムチ打ちにされたりした」
「なるほど、政治に神を利用したわけだね」
「そんなことが行われたら、バルンビルン神への評判はどうなると思う?」
「悪くなると思う」
インターニュがうなずいた。
「そうなのじゃ。しかし、表面上は信仰が強制されておるので、民衆も従っておるわけじゃな。なので、神の力自体はまあまあ強かった。なので、バルンビルンという神もお高くとまっておったわ」
ああ、インターニュも面識あるんだな。近所の国だもんな。
「お前、このままだと、後々、まずいことになるぞと忠告したこともあるが、聞いてもらえんかったの。あの頃はあいつもそれなりに勢力があったからのう。しかし――そこに、帝国の軍隊が攻め入ってきた」
話の流れがだいたいわかってきたぞ。