55 カルティアの治癒
私たちは小さな森に引き返した。
どうか、カルティアが元気な顔をしていますように。元気とまではいかなくても、以前よりは体調がよくなっていますように……。
すぐにカルティアの元に向かう。
カルティアは小屋の屋根の上にいた。
「なんで、こいつはこんなところにおるのじゃ」
「常識とか持ちようがない環境で育ったから、しょうがないんじゃない? それより生きてるのかな……」
カルティアから声がしない。神には実体という概念はないので、亡骸が残るということはありえないはずだが……。
顔を近づけると、寝息がカルティアから聞こえてきた。
「よかった~。生きてる……」
「なんじゃ、寝ておるじゃけか」
「緊急事態ってことはない感じがするね」
起こすのも悪いので、目覚めるまで待つことにした。
カルティアの信者は相変わらず、熱でうなされているが、私たちを信じていないので、何もしてあげられない。
朝になると、カルティアが触手を動かして、体を起こした。
「あれ、あんたら、また来てたのか」
「呑気な奴じゃのう。わらわたちの活躍がなければ、きっともっとヤバい状態じゃったのじゃぞ」
「どう? 体調はよくなってる?」
カルティアは最初、ぽかんとしていたが、触手をわらわら動かしていた。これ、何本あるんだろうか。
「本当だ。これまでより、よくなってるな!」
私たちのやり方は無駄じゃなかったのだ。
カルティアにどういう手段を講じたか説明した。恩を売りたいわけじゃない。勝手にカルティアのためにやった以上、話しておくべきだと思ったのだ。
「なるほどな。そんなことまでしてくれたのか」
カルティアは手で、ぽりぽりと顔をかいた。
「その……ありがとうな……」
「対症療法もいいところだけどね。まだ根本的な解決になってるかはわからないよ」
「これでニューカトラの信者が消滅することはないから、大丈夫じゃろ?」
「カルティアの生みの親はまだ危篤でしょ」
きっと、カルティアにとって大切な人は熱病のままなのだ。
今日のカルティアはこれまでより大人びて見えた。
まるで神としての責務に目覚めたような顔だった。
「この男、ええと……バンヤンだっけな……」
「名前もうろ覚えなのか……。唯一の信者なんだから覚えてあげろよ」
「だって、こいつは一人で暮らしてるから名前を言う状況なんてねえだろ。だから、覚えづらいんだよ」
なるほど、たしかに一人暮らしで自分の名前をやたら言ってる人は変だ。こんなところでオリジナルの神を信仰してる時点ですでに変だけど。
「こいつはアタシが助ける。アタシしかやれないんだろ」
私とインターニュはお互いにちらっと見合ってから、カルティアに向かってうなずいた。
「わかった。これはあなたにしかできないことだし、やっていいよ」
特定の人間にかかわりすぎるのは、よくないこと。そう言っている神もいたが、一人しか信者がいないとか、そんな状況なら許してあげてもいいと思う。
願いに応えるのも神の仕事だから。
カルティアはうなされているバンヤンという男の枕もとに近づくと、その額に手を置いた。
「あっ……なんだ、この感覚は……」
触れられていることにバンヤンも気づいたらしい。
「おい、聞こえるか、バンヤン、おい、バンヤン!」
「だ、誰だ……? 俺の名を呼ぶのは……」
「お前、いつもアタシのこと呼んでたじゃねえか。だから出てきてやってんだよ。感謝しろよ」
「ま、まさか……真なる神カルティア様……!?」
「そういうこったよ」
感動したのか、バンヤンはぼたぼた涙を流していた。
「おぉ……ついに真なる神が応えてくださった……。やはり、この世界は真なる神に支配されていたのだ……」
「ああ、それはぶっちゃけ違うからな。この国にはファルティーラとかインターニュとかそういった神が本当にいるんだ。アタシもそういう神たちに助けられた」
「な、なんと……」
これまでのことを否定されたバンヤンは衝撃を受けているらしかった。
ここが正念場だな。
もし、バンヤンが、じゃあ、こんなカルティアは偽者だとか言い出したら、カルティアはバンヤンを助ける力を行使できなくなる。
ニューカトラのほうで信仰が生まれつつあるからカルティアが消えることはないだろうけど、カルティアとしては不本意な結果になるだろう。
「信じるかどうかはお前に任す。お前の信仰だ。お前が決めろよ」
しばらくの間、バンヤンは考えていたようだったが――
やがて結論が出たらしく、かっと目を見開いた。
「カルティア様の声がまやかしであるはずがない。ファルティーラその他の神もいるのだ……。そこは俺が間違えていたのだ……」
カルティアの存在は受け入れられた。
「よし、じゃあ、ほかの神も同様に信仰しろよ。存在する神がいないと言い立てるのは恥ずかしいことだからな? いいか? 返事しろ」
「はっ! わかりました!」
ほっとしたのか、カルティアは息を吐いた。
「よし、じゃあ、お前の病気がよくなるように祈ってやるから、ちょっとじっとしてろ。アタシの名前でも心の中で繰り返しとけ」
「わかりました……」
カルティアはバンヤンの額に置いていた手に力をこめていった。
やがて、その手のあたりが弱々しく緑色に輝く。
神の知識による治癒行為が行われている。
インターニュが「なんとも未熟じゃのう……。見ててはらはらするわ……」と尻尾を動かしながら言った。言いたいことはわかる。まさしくビギナーのやり口だった。人ひとり救うのに、とんでもない時間がかかりそうだ。
「でも、見守ってよう。これはカルティアにしかできないことだから」
「わかっておるわ。でも、ずっと見物するのは落ち着かんから、森でも散歩してくる……。まあ、そのうち、どうにかなっておるじゃろ……」
そして、二時間後。
ようやく、カルティアは額から手を離した。
「あ~、疲れた……眠くて眠くて仕方ねえや……」