54 異形の神を救え
「ファルティーラよ、何か手立てはあるのか?」
インターニュが不安げに尋ねた。
「あるよ。今すぐニューカトラに引き返す。あなたも一緒に来て」
インターニュはちょっとむっとした顔になった。
「引き返すって、この危篤状態のカルティアを放っておくのか? それは少々ひどいのではないか?」
「気持ちはわかる。でも、ここでそばにいてあげても助けてあげることにはならない! 最期を看取るためだけに横にいるっていうのはおかしいでしょ!」
「それは……そうじゃな……。建設的とは言いがたい……」
「神の権力をとことん使うことにする。それがニューカトラ獣人王国のためかも怪しいけど、これまで国のために尽くしてきたんだから、ちょっとぐらい権限を行使してもいいでしょ」
私とインターニュはすぐにニューカトラのほうに戻る。神というのは速く移動することはできるが、瞬間移動はできない。おそらくだけど、人間が人間に近い形でイメージしているからだろう。もっと、抽象的な存在として信仰してくれたら、もしかしたら瞬間移動もできたかもしれない。
移動中、私の作戦についてインターニュに説明をした。
「それは守護神としてどうなのじゃろうか……。守護神の役割の範囲外じゃな」
「わかってて言ってるの。それを試さずにカルティアを死なせるよりはマシでしょ?」
インターニュも「そうじゃな」と同意した。
ニューカトラはまだ夜も深い時間だった。朝になっていると、面倒だったので、ありがたい。
「じゃあ、インターニュも頼んだよ」
「わかっておる。ここまで来たら見殺しにはできぬ。カルティアを救うぞ!」
私はすぐに多くの神官や巫女に神託を下した。
みんな寝静まっている時間だから、夢で託宣を聞いたことになるだろう。
内容は南の森にカルティアという異形の神がいる、その神を信仰すればきっとご利益があるだろうというもの。
ご利益があるかはわからない。カルティアは別に幸福をもたらそうとか、そういう意思なさそうだし。でも、よくわからんけどとにかく祀れというわけにもいかないので、きっとご利益はあると考えることにした。
インターニュも同様の内容で神託を下したはずだ。
翌朝、神官や巫女が集まって、夢の内容について語りあった。
「では、あなたも?」「はい、たしかにカルティアという足が無数にある異形の神と……」「イカやタコのような足を持っているとか……」
そこにリオーネが巫女王として入ってくる。
「私の寝所にそのカルティアらしき絵が落ちていました」
ヴィジュアル情報がないと信仰しづらいだろうということで、カルティアの図を作っておいたのだ。
私はリオーネのほうによろしく頼むねと会釈をした。
これ以上の干渉はよくないから、直接口をはさむことはしない。
「これだけ、多くの方が一度に夢で見たということは、信じてもよいのでしょう。このことをニューカトラの民に伝えて、祀るように触れを出しましょう」
「しかし、どういった神で、どのようなご利益を与えてくれるかもわからないのに危険ではないでしょうか……?」
大巫女のエイヴィアは慎重な性格だ。気味が悪いというのは事実だろう。足もたくさんあるようなフォルムだし。
「仮にこのカルティアという神が邪神だとしても、それならそのことをファルティーラ様が何も告げないのはおかしなことです」
ゆっくりと、諭すようにリオーネは言った。
王だからといって、大きな声を出したり、叱りつけるようなことは決してしない。
「それに、わたしたちはファルティーラ様に仕える巫女です。その声を聞いたというのに、それを疑うというのはファルティーラ様に対する冒涜です。さらにインターニュ様の神殿でも似た信託が出たと言います。ここは神々の言葉を信じなければなりません。自分たちの狭い見識で、神の言葉を伝えないといったことをしてはならないのです」
「申し訳ありません。過ぎたことを口にしてしまいました……」
エイヴィアが平伏した。
やっぱり、リオーネはほかの巫女の中でも一歩抜きんでているな。
リオーネおよびファルティーラ(つまり、私だ)とインターニュの神殿からの声明で、カルティアという神を祀るようにというお達しが出た。
とはいえ、どう祀ればいいのかみんな理解してないから、祀り方に悩んでいたようだったが。
神官たちは、「カルティア様、カルティア様と名前を呼ぶだけでもけっこうです」と言ってまわっていた。実際、神像を作る時間などないし、それでいい。
カルティアの名前が首都ニューカトラでじわじわ広まりだしたあたりで、インターニュと合流した。
「これでどうにかなるのかのう」
「わからないけど、私たちがやれることとしては、これがすべてでしょ」
「さて、またカルティアのところに戻るとするかのう。見に行くのも怖いが……」
「きっと、大丈夫だよ。そう信じよう」
実のところ、信者数一人の神なんてものと遭遇することはまずありえないので、私たちもこのやり方でいいのか、このやり方で効き目があるのか、絶対の自信があるわけではなかった。
少なくとも、やり方はゴリ押しだが、ほかに手の打ちようもない。
「もしかして、信者数一人の神って、世界中に現れては消えていってるのかな……」
「不吉なことを言うでない……。じゃが、そうなのかもしれんのう……」
「見つけちゃった以上は救いたいよね。同じ神だし、悪い奴じゃないし」
「少なくとも、あっさりあいつを見捨てるおぬしよりは無理をしても救おうとするおぬしが好きじゃ」
私たちは小さな森に引き返した。
どうか、カルティアが元気な顔をしていますように。元気とまではいかなくても、以前よりは体調がよくなっていますように……。