53 神の衰弱
「先日報告した森におった神の気配が消えた、あるいは消えそうなのじゃ」
インターニュの報告は少々不吉だった。だからこそ、緊急と判断して来たんだろうけど。
「森の神ってカルティアのことだよね。前回会ってから二か月も経ってないと思うよ」
「そうなのじゃ。今日、わらわが散歩感覚で、あのあたりをもう一度まわっておったのじゃが」
「それ、散歩感覚も何も明白な散歩でしょ……。犬の神らしさがそういうところに出るね……」
「いちいち余計なことを言わんでよい! あのカルティアの力がやけに小さくなっておったんじゃ。もともと小さくはあったが、よりわかりづらくなっておったというか」
「それで確認をしろってことね」
「うむ。わらわだけでやってもよかったのじゃが、気味が悪いのでおぬしも共にに来てほしい」
こういうところは気が小さいな、この子。
けど、もしも神を攻撃する何かがあったらよくないから正しい判断ではある。私たち守護神をあまりいいものと思ってない人間も住んでたわけだし。
「リオーネ、ちょっと行ってくるよ」
そして、私とインターニュは例の森へと向かった。夜だったし、ほかの面子は呼ばなかった。二人で手が足りないということはないだろうし、急ぐほうがいい。
森へ近づくと、私もインターニュの言った言葉がわかった。
「たしかに消えてると言いたくなるほどに、弱くなってるね……」
もともと強くはなかったが、前回を基準にしても反応が薄い。信仰してる男ごと引っ越しただけとかならいいんだけど。
そして、森の中の小屋に近づいていって、原因がわかった。
あの森でたった一人で暮らしている男が、小屋の中で寝込んでいたのだ。
「うっ……うぅ……」
そんなうめき声のようなものをあげながら、額に汗をかいている。
「風土病じゃな。森で暮らしておると、たまにもらうことになるのじゃ」
「これ、大丈夫なのかな……?」
「適切な看病ができれば、回復の見込みもある。じゃが、ここには水を汲んでくれる者すらおらんのじゃぞ?」
たしかに病人だからといって、ずっと臥せっていることすらできないのだ。
「あれ? ところで、カルティアはどこにいるの?」
言ってから、私もはっとした。
「そうか! 唯一の信仰者であるこの人が危篤ってことは……カルティアの身も危うい!」
神は人間の信仰を受けて、存在することができる。
その信仰がなくなれば、神も消えてしまうことになる。その神の像や文献が多数残っていれば復活の可能性はありうるけど、カルティアにそんなものはない。
「このあたりのどこかにおるはずじゃ! 探すのじゃ!」
インターニュは犬みたいに鼻をくんくんやって、小屋の外に出ていった。
「それ、においわかるの?」
「こうすると見つけ出せるような気がするじゃろ?」
「形から入るタイプかよ!」
そう遠くにカルティアがいるとも思えない。私たちは近くの狭い森を探した。
「おーい、カルティア!」
声を出して呼びまわったが、返事はない。
まさかもう消滅しただなんてことはないよな? 夜なので暗くてよく見えない。こんなことなら、どこでどんなふうに暮らしてるのか、もっと詳しく聞いておけばよかった。
そして、月明かりの下、不自然な影ができているところを見つけて、顔を上げた。
木の幹にはさまるようにして、カルティアが苦しそうにしていた。
「こんな変な場所で暮らしてるのか!」
野生的すぎる。こんなところにいる神なんて発想はなかった。
「お、おう……あんたか……。こんな夜遅くにどうした……?」
「あなたが心配だから来たの。さあ、降りてきて!」
「降りろと言われても、もう力が出せねえ……」
しょうがない。私はカルティアを抱えて、ひとまず小屋の隣にまでかついだ。足が触手の神を背負うと感触が変だったけど、そういう文句を言っている場合じゃなかった。
そこにインターニュも戻ってきた。広い森じゃないから合流も早い。
「数日前からなんだか体に力が入らなくなってきてな……。信仰してるあいつの問題だってことはすぐにわかったけど……どうしようもねえな……」
「神なら信仰してる人間に救いをもたらすこともできるじゃろう? あまり直接的に人間を助けるのを好まぬ神も多くはあるが、今は背に腹は替えられぬ時じゃ。病を強引に治してやれ! あの男はわらわたちを信仰しておらんから、わらわやファルティーラでは何もできぬ!」
「そう考えたんだけどさ……あいつが弱ったらアタシの力も弱ったらしくてさ……。とても、そんなすごいことができる体調じゃねえんだよ……」
カルティアは力なく、触手を動かしている。以前に会った時と比べると、その動きも緩慢に見える。
「そっか……。信者が一人しかいないから、一人が弱ると神も一緒に弱っちゃうんだ……。じゃあ、共倒れになる……」
何か手を打たないと……。
「共倒れか……。それも、いいんじゃないかな……。あの男がいなきゃ、アタシも出てこなかったんだ。なら、一緒に消えるのも道理ってことじゃねえか」
さばさばとした口調でカルティアが言った。
「そんな弱気なこと言ったらダメだって! 生きようとしないと!」
「でもさ、アタシの体調不良はあの男のせいだろ。自分が介抱されても何も変わらないんだったら、どうしようもないさ」
くそぅ……。どうしたら、いいんだ?
目の前の神を見殺しにするのか? そんなことはしたくない。
私は一つの案を思いついた。
かなり強引だが、そこに目をつぶれば助けられないわけではない。
「私は必ずあなたを助けるからね。神をあっさり消滅させるのは守護神として納得がいかないから」
「ファルティーラよ、何か手立てはあるのか?」
インターニュが不安げに尋ねた。
「あるよ。今すぐニューカトラに引き返す。あなたも一緒に来て」