47 神の甘え
事実上、敵は全滅した。
戦争の総大将として来ていた、ロクオンの東西を治めていた伯爵たちも戦死が確認された。荒野に逃げていった者もいるはずだが、多くは途中で野垂れ死ぬだろう。
もし、どこかの村にたどりついて狼藉を働こうとしても栄養状態からしてたいしたことはできないだろう。徒党を組んで逃げたとも思えないし、問題はないはずだ。
ウノーシスは涙をぼろぼろ流して「ありがとうございました、ありがとうございました!」と言っていた。
「ファルティーラさんのおかげです! 獣人王国の皆さんのおかげです! これでわたしの民は生きていくことができそうです!」
「私だけじゃなくて、作戦を考えたセルロトにもお礼は言ってやってね」
「これぐらい余裕ですよ」
セルロトはすました顔でアブラゲをかじっていた。アブラゲのせいでいまいち締まらないが。
「ここまで荒野が広くて、敵が地理を理解していない。しかも、商人の大半を取りこめている。材料は揃っていました。あとはこちらの勝ちです。わたくしを信仰している民はもともと人口が多くないので、何か策を弄して戦うのが基本になってますので」
「民もほとんど傷つかずに勝つことができました。ありがとうございます!」
「じゃ、お礼の気持ちとして今後もアブラゲを変わらずに奉納してくださいね」
「はい、最高のアブラゲを作り続けさせますから!」
ウノーシスはぴょんぴょん跳ねながら、サーティエのほうに向かっていった。まだまだやらないと仕事があるはずなのだ。とはいえ、心地よい忙しさのはずだろうけど。
私とセルロトはまだ戦場跡に残っている。
首のない死体がごろごろと転がっている。こんな人の少ない土地とは思えないほどの数だ。死肉あさりの鷲が時折やってきて、くちばしで突っついている。
「ここまでするのかっていうぐらい、しっかりとやったね」
戦争が残酷なのは当たり前だけど、これだけ一方的に終わった戦いというのは滅多にないはずだ。
「これでラフィエット王国は北の荒野を攻めることの恐ろしさを理解するでしょう。商人にまたこちらの強さ、いえ、荒野に踏み入ることの危険を伝えさせれば、彼らも当分は攻めてきませんよ」
セルロトは死体の山を見つめながら、もう今後のことを考えている。
「あなたには本当に世話になったよ」
後ろからゆっくり腰に手を伸ばした。抱きしめるというより、抱き止めるといった感じだ。
「勝ったのに少し浮かない顔ですね」
「久しぶりにこれだけ人が死ぬのを見ちゃったからね……。自分がいた国が滅ぶのを思い出したちゃった……」
本当はセルロトみたいに粛々と自分の仕事をやるべきなんだろうけど、まだ心で割り切れてないところもある。
そういう不安みたいなのを、ちょっとひっついてまぎらわしているのだけど、まあ、セルロトのことだから意図はばれているだろう。
「ええ、ファルティーラさんみたいに心優しい守護神がいるからこそ、わたくしも活躍する場所があるんです。わたくしの価値観は大きな国家の守護神を背負うには、厳しすぎますからね」
そう言うと、ふわっと私の手から脱出して、セルロトが代わりに私を抱きしめてきた。
「今回はいろいろと大変だったでしょう。ゆっくりと休んでくださいね。これぐらいならリオーネさんへの浮気にもならないでしょうし。いい子、いい子してあげますよ」
「じゃあ、お言葉に甘える……」
神でも、たまには、ごく稀には大きな力にすがりたい時もあるのだ。
長いもふもふの尻尾がやってきて、それが顔をくすぐってくる。これはこれでいい。
「う~、むずがゆい。でも、気持ちいいかも」
「ふふふ、インタさんにはあとで嫉妬されそうですね。でも、やっぱりファルティーラさんのそばにいると面白いです。だからこそいろんな神や人が集まってくるのだと思いますけど」
「私は特別なことをしてるつもりはないけどね」
「だからこそ、面白いんですよ」
今度は頭を手で撫でられた。
「普通の神って、長く生きているうちに価値観がこりかたまって、特定の意見しか言ったり、やったりできなくなるんです。だからこそ人間が安心して信仰できる部分もあるんですけど、個人としてその人に接することを考えると、つまらないんですよ。変化が何もなくて」
「それって、案に私への悪口を言ってる?」
神にしてはいろいろ悩んだり迷ったりしてる部分が多いかもしれない。
もっと、自分なりのルールを決めて、それに人間を従わせるほうがはっきり言って楽だったりもするのだけど、今回は国のでき方も特殊だし、一歩ずつ国づくりをしたかった。
「それに問題を感じてるなら、ここにいませんよ。安心してください。つまらないと思ったらわたくしはとどまりませんから」
「それもそうか」
神は眠らなくてもいいのだけど、セルロトの胸にいると眠くなってくる。
「あ~、アブラゲより恋しくなってきそうです……。本当にまっすぐでいい神様ですね」
そういう声が耳にうっすらと聞こえてくる。
「でも、わたくし、奥さんの代わりなんですよね。ままならないものです。ファルティーラさんも神と結婚すれば、もっとこんなふうに甘えられるのに。まあ、しょうがないですね」
「何か言ってる、セルロト?」
「いえ、ゆっくりしていてください。尻尾もいつもよりたくさんもふもふさせてあげますからね」
その後、ウノーシスを残して、私とセルロトは首都ニューカトラに戻った。
留守番役のインターニュとオルテンシア君と再会する。
「あっ! お疲れ様でした!」
オルテンシア君がたたたたっと駆けてくる。こちらの顔色でいい結果に終わったのも伝わったのだろう。その表情も明るい。
「ただいま。こっちも混乱なかったようだね。沙漠から遠いしね」
「こちらの兵の死傷者はたくさん出ましたか?」
「ううん、ほぼ全くと言っていいほど出てないよ。セルロトの作戦勝ち」
「よかったです! 家族が戦争に行って、心配してる人もいますから、いい連絡ができそうです!」
インターニュはかなり仕事が多かったのか、ちょっとしんどそうだった。
「神の数が少ないと仕事の量も増えるのう……。とっとと業務に戻ってくれ」
「うん、インターニュも留守番ありがとう。すぐ平常運転になれると思う」