45 戦争勃発
そして、いよいよラフィエット王国の軍が進行を開始したらしい。その情報が早馬から入ってきた。
ただ、王国の軍と言っていいかは微妙だが。これは国が認めた軍隊ではなくてあくまで領主の私的な軍事作戦であるはずだ。
それを王国が否定してない以上、一緒かもしれないが少なくともとんでもない大軍というわけではない。王国も未開の地を超えて大軍を出すのは割に合わないと判断しているわけだ。
その考えは間違いなく正しい。遠方から兵を送り込むことになるから、費用もシャレにならないし、食糧問題も無視できない。だいたい、もしも大敗を喫するなんてことになれば国の威信にかかわる。
リスクが高すぎるこんな作戦を国は主導できない。だからこそ、こちらにも勝ち目はある。
さて、私はというと、セルロト、ウノーシスとともに獣人王国でも南部も南部の土地に来ていた。
といっても、厳密に獣人王国の領土と認められているかも怪しいところだ。ただ、サーティエの延長線上の土地とでも言うしかない。
商人が使っているような細い道があり、そこを頼りにラフィエット王国側の軍隊が進んでいる。
「やはり、数はそれなりですね。しかし、統率の面ではさほどとれている気もいたしません。大半は今回のために徴発された人々でしょう」
セルロトは軍隊の様子をそう判断していた。ある意味、徹底的な「神の目線」で状況を俯瞰している。
「先に申し上げておきますが、今回の戦い、敵には多大な犠牲を払っていただくつもりです。そうでなければ、二度、三度と攻められる恐れがありますから。何度も同じような手が効くとは思えませんしね」
「はい……民を守るためにどうかお願いします……」
ウノーシスはぺこぺことセルロトを拝んでいた。神が神を頼む構図だ。
「食べたアブラゲの枚数だけ、敵を殺しますのでご心配なく」
何枚食べたんだろう……。おそらくだが千枚以上は食べたと思う……。
すでに作戦については神託という形でセルロトが下していた。それがあまりにも現実味のない作戦なら信じてもらえなかったかもしれないが、それは歴戦の軍人でも「然り」とうなずくようなものだった。すぐにその作戦は実行に移された。
あとは作戦が上手くいくことを願うだけだが、さてさて、どうなるか。
王国軍はわずかな商人用の細い道を必死に進んでいく。その外側はどこまで続くかもわからない荒野だ。よほど地の利がなければ、東西南北の方角さえわからなくなる。太陽も雲に覆われて、まったく見えない。
そして地の利がある者など、彼らの中にはいない。こんな原野に攻め込む意味など、長らく存在しなかったからだ。
そこに獣人王国側のチャンスはある。
彼らはいつまでも、いつまでも命綱のように一本の道に従って進んでいく。
隊列は大きく伸びている。道が細いからだ。おそらく、攻め込む手前でもう一度編成しなおすのだろう。
しかし、二日ほど進んで彼らは異常に気付く。
「伯爵様、いいかげん中継地点には着かねばならないはずなのに、まったくたどりつけていないのはどうしたことでしょうか?」
副将クラスの男が、大将である伯爵に疑問を呈した。ちなみに、兵士の大半は獣人ではなく、一般的な人間だ。
「進む速度が遅いのだろう。もっと急がせるぞ」
あっ、この伯爵はバカだ。
よし、どうぞ、どうぞ。そのまま進んでくれ。
さらに半日歩き通しでも、どこにもたどり着けない。
彼らはようやく、困惑しだす。
「これは、まさか……道を間違えているのか……?」
そういうことです。
ラフィエット王国からサーティエまでのまともな道はない。
だから、道を一つ消して、完全に別の道を作った。原野の東に大きくそれる道だ。
「どうする? 道をはずれて突き進むか?」
「それは危険です! なにせ道の外側がどこかすら把握できておりません!」
「道に迷うだと! そんな愚かな戦争をしたとなれば、末代までの恥だぞ!」
その様子をセルロトが鼻で笑っていた。
「ご心配なく。あなたで最後の伯爵となるでしょうから」
「やっぱり、あなた、性格悪いね……」
「その性格の悪さで、小さな犠牲で大きな対価を得られるのですよ、たいへんよい話ではありませんか」
そのことは否定はしない。
敵軍は自分がどこにいるかもよくわからなくなって、心理的にかなりつらい状況に陥っている。
おそらく、地道に引き返す選択をとるしかないだろう。まさか、このまま突き進むということは絶対にできない。
総大将である伯爵――ロクオンの隣の領主だ――は引き返す決断をした。
「さて、さらに迷い込んでいただきましょうか」
その帰りの道もサーティエから派遣されている工作員が違う道へと作り変えている。
周囲は原野だ。景色に特徴などほとんどない。いじられたところで、それを認識する手段はほぼ皆無だ。
「もしかすると、まったく戦争状態になる前に決着がつくかもしれませんね。そうなれば、歴史的な快挙となりますよ。末代にまで語り継ぐことができるでしょう」
機嫌がいいのか、もふもふの尻尾が縦に揺れている。
「この調子だと、すでに七割方勝ったようなものかな」
「ですねえ。でも、わたくしは十割の勝利になることを目指していますからね」
彼らはそのあとも見事に迷っていった。
とっくにサーティエに着く日程なのに到着してないことに徴発された者たちは不安を隠しきれなくなる。
もし、これが内地の戦争なら脱走兵が出るかもしれないところだが、それも起こらない。
どっちがどっちかすらわからないのでは逃げようがないのだ。
やがて食糧がじわじわと減りだしてくる。
それだけでなく、荒野の移動が彼らの体力を奪う。
ついに一週間が過ぎても、彼らは荒野から抜け出せない。
打開のために、その場にとどまって、馬を出したりするが、その騎兵も戻ってこない。
それは獣人王国の兵士に討ち取られている。
もはや、戦争遂行能力はラフィエット王国からの軍にはない。
このたび、他作品ですが、『チートな飼い猫のおかげで楽々レベルアップ。さらに獣人にして、いちゃらぶします。 』の書籍化が決定いたしました(詳しくは活動報告に書きました)。邪神ともどもよろしくお願いします!




