44 戦争の準備とアブラゲの準備
私達神も、ウノーシスにラフィエット王国が攻めてくることを伝えた。
びっくりしたウノーシスの耳はぴょんと跳ね上がった。
「そんな……。せっかく復興の兆しが見えてきたと思ったのに……」
「悲しんでいる暇はないよ。なんとか、この危機を乗り越えないと」
「わたし、戦闘神ではないので、どうすればよいのか、皆目見当がつかないです……」
たしかにどう見ても戦争とか興味なさそうだ。
「ちなみに、ロクオンの民たちは戦争は強いのか? ラヴィアンタ家も軍隊ぐらいは持っておろう」
インターニュが尋ねた。戦争にもかなり造詣がある。
「たしか、直轄軍は二百人ぐらいだったと思います……」
インターニュが頭を抱えた。
「いくらなんでも少なすぎじゃ! そんなんでどうやって侵略者を撃退するんじゃ!」
「その時は、各地から民を動員してどうにかしていたんですが、長らく侵略者もいなかったので、戦争もありませんでした」
ウノーシスの性格から見ても、そうなんだろう。何度も危機に遭っていたならもっと図太くなりそうなものだ。
「となると、サーティエの人達を軍事力として期待するのはやめたほうがよさそうだね」
「兎人族は決して強靭な肉体は持っていませんし、血の気も多くないんです……。逃げ足だけは早いと揶揄されてるぐらいで……」
思った以上に危機的かもしれない。
「ここはわたくしの出番のようですねえ」
そこに、にやにや笑いながら登場したのはセルロトだった。
「わたくしの手にかかれば、敵軍に壊滅的打撃を与えるのは簡単です。策もいくつかあります。どうぞ、ご用命を」
慇懃にセルロトは頭を下げた。
「まあ、そやつが本気で敵を倒しにいけば、あっさりと勝てるのじゃろうな……」
インターニュはかつてセルロトと戦ったことを思い出しているらしく、しかめっ面になっていた。
「そうだね、理想論だけで言えば、獣人王国だけでどうにかしてもらいたいけど、それで国が大敗したりすると、シャレにならないしね……。ここはセルロトに力を貸してもらうのがいいかな」
「といっても、何か要求してくるのじゃろ? おぬしがタダで行動することはないからのう。むしろ、そのほうが気持ち悪いわい」
「はい。まず、王国南部にも広くわたくしの信仰が必要ですね。サーティエなどにもわたくしの立派な神殿を祭壇付きでぜひともお願いいたします」
信仰圏外では神は力を使えないので、これは当然の要求だ。
「ほかには何を望むのじゃ?」
「アブラゲという食べ物を供物として大量に供えていただければ、侵略者の心をくじくぐらいのことはしてあげましょう」
「アブラゲ? それは、どこにあるものじゃった?」
「産地は詳しくは知りませんが、ラフィエット王国の商人が扱っていたはずですね」
また、調達の面倒そうなものを……。
しかし、セルロトは現金だから、アブラゲというものがないと、本当に何もしてくれない恐れが高い。
「ウノーシス、全力でアブラゲをかき集めて。これまでニューカトラまで来てたような商人なら、金を積めばそれより近場のサーティエになら絶対に来るから!」
「わ、わかりました……。総督の夢に神託を行います……」
こうして、サーティエやその近隣の町などでは、セルロト信仰が急にはじまって、そこにはアブラゲなるものが供えられることになった。
ついにはラフィエット王国の南からアブラゲ製法を知っている職人までが連れてこられて、サーティエでアブラゲを作ることになった。
かなり、とんでもない金が動いたらしいが、逆に言えば、商人は金になるなら何でもやってくれるのだ。
ラフィエット王国に関する情報も金を出すといろいろと最新のことを教えてくれた。
やはり、ラフィエット王国北部の諸侯たちはサーティエ侵略を企てているらしい。多分、敵の数は九千人ほどだろうということだ。武器の需要なども増えているので、それでだいたいの数が算出できるという。
この話はもちろんリオーネたち、獣人王国の首脳陣にも伝わり、来るべきその日に備えての訓練などもはじまった。
サーティエに住んでいた者の中には疎開を考える者などもいたようだが、いざとなれば街道を北上してニューカトラに向かえばいいと思っているようで、おおかた落ち着いていた。
それよりもアブラゲの量産が重要だった。
「よいですか? わたくしを満足させれば、この程度の国難は乗り切れるのです。もっともっと、アブラゲを捧げるのです! あなたたちに必要なのは弓矢を作ることよりもアブラゲを作ることです!」
毎日、アブラゲを賞味しながらセルロトはとことん煽っていた。
戦争に自信のない兎人族もこのキツネ耳の神を徹底して信仰することで状況をよくしようとしているようだ。
この様子だと、敵を撃退できたあとには、サーティエの特産品がアブラゲになる可能性も濃厚だ。
「ところで、セルロトよ。お前、本当にちゃんとした計画を立てておるんであろうな? アブラゲで我を忘れて適当なことをぬかしておるなんてことじゃったら承知せんぞ?」
「インタさん、わたくしをみくびってもらっては困りますよ」
セルロトはアブラゲをつまみながら言った。最近、いつもアブラゲを食べている。神は満腹などという概念がないので、無限に食べ続けることも可能だし、胃もたれもない。
「信じられないようなら、作戦をお話しいたしましょう。はっきり言って楽な戦争です。というのも、サーティエの街にたどりつくまで荒野がずっと広くて深いからです。サーティエに来るまでに敵が疲労困憊していれば、勝利は約束されたも同然です」
そして、セルロトはつらつらと案を開陳した。
最初、不安そうだったインターニュおよびウノーシスの表情も徐々に晴れてきた。
「これなら、いけそうな気がします……」
「当たり前ですよ。アブラゲを作っている都市が滅ぶようなことをするわけがないでしょう」
兎人族はアブラゲのおかげで救われることになるのかな。