43 戦争のおそれ
「向こうで調べたことを申し上げます」
狐人族の商人風の男がリオーネと巫女たち、さらに王国議会の面々がいるところで、口を開いた。
ウノーシスを除く神も様子を見守っている。
「まず、ご存じのとおり、ロクオン領からサーティエ方面への移住はずっと続いておりまして、ロクオンの人口はかなり減少しております。ラフィエット王国内のほかの土地に移る者を含めれば半数以上の人間が出ていったようです」
すでに二万人ほどがいなくなったということか。
「ラフィエット王国本体でも、このことを重く受け止めています。なにせ、それほどの人間がいなくなれば、土地も荒廃しますし、作物などの生産も激減いたしますので」
当然そうなるだろうな。
だから、宗教弾圧などうかつにしてはいけないのだ。
ここまで話を大きくせずに、せめて伯爵家の一部を処罰するとかにとどめておけばよかったのに、ウノーシス信仰自体を禁じる方向に進んだから、民が出ていく結果になった。
「彼らもやりすぎたと反省しているんではないでしょうか。寛容の精神をまったく欠いた方法をとる者はたいてい、咎を受けることになります。過去の歴史をひもといても、そういう事例は多いですね」
リオーネはまさしく聡明な王らしいことを言った。
弾圧が強すぎると立ち上がるしかないと思わせてしまったりするからな。武装蜂起が拡大して、止めようがなくなる事例だって多い。
「はい。私もそう認識しております。ですが、事は少々厄介な方面に進みつつあるようなのです。今からそれを申し上げます……」
商人風の男が顔を曇らせる。
「多くの流民が出ていることについて、ラフィエット王国の中央政府はロクオン伯爵家のラヴィアンタ家を攻撃しようとしたロクオンの東西に位置する伯爵家を追及しはじめたのです……」
なるほど、最初に余計なことを言いだした連中も処罰して、国内の不満をとりあえず下げる方針に出たんだな。
「おかしいですね。むしろ、宗教的弾圧を容認したのは中央政府だったように私は聞いていますが」
「おっしゃるとおりです。中央政府はそれを誤魔化すためにも、いよいよ東西の伯爵家を追及する姿勢のようなのです」
まあ、辺境の小領主ぐらい、どうとでもできるということだろう。
もし反乱でも起こしたらそれを理由に滅ぼしてしまえばいいし。汚いと言えば汚いが、たいていの国の政治とはそんなものだ。
「問題はここからです。東西の伯爵家では家を存続させるためにある手段に打って出ようとしているようなのです。まだ噂の段階なので確度はあまり高くありませんが……」
「誤りでも罪には問いません。話してください」
「どうも、邪教がいかに恐ろしいかを証明して自分たちの正統性を認めようとしているようなんです。つまり、サーティエに逃げ込んだウノーシスを信仰する民とラヴィアンタ家を滅ぼして、すべてはやむをえなかったことだとでも言うつもりのようで……」
「そんな! どうして国を追われた民がさらに攻められねばならないのですか?」
憤りに近い声をリオーネが出した。
そのほかの人達もかなり戸惑いの声を上げている。
「王よ、このようにお考えください。ラヴィアンタ家を滅ぼせば、あとは『ラフィエット王国に攻めこむ準備をしていたから、事前に滅ぼした』とでもなんとでも言えます。そのあとに、中央政府に領土が広がったとでも報告すれば、罪の追及も収まるというものです」
そうか、自分の国の北側の土地を手土産にでもして、罪を免れる気か。
「もしも、そういったことを中央政府が一切認めなかった場合でも、すでにサーティエを占領していれば、最悪、その土地の軍閥として独自行動を開始して生き残れます。無論、サティーエを占領できた場合の話でしかありませんが」
かなり強引な策と言わざるを得ないが、このままだとロクオン問題の責任を問われて処刑でもされそうだとなれば、そんなことをやってこないとも限らない。じっとしていると、田舎領主の立場はじわじわ悪くなっていくだろうからな。
「話をまとめますよ。もしかしたら、サーティエが攻められるかもしれないということですね」
「そのとおりでございます。とくにサーティエは一年前と違って、かなり都市の内実を備えつつあります。奪うべき価値もまた、高まっているのです。ラフィエット王国北部の諸侯が食指を動かす可能性はないとは申せません……」
そうか、こんな問題があったか……。
サーティエが発展することはいいことだが、それだけ狙われる恐れも高くなってしまう……。
「現在、我が国が動かせる軍隊の数はいかほどでしょうか?」
王国議会の軍人代表の犬人族が出てきた。将軍も議会の中に内包されている。それだけまだ軍隊の規模が小さいということでもある。
「各地の警備部隊などを除くと、多くて六千人ほどでしょうか……? ただ、正規兵の数はもっと少なく、屯田兵や緊急時の招集が必要な者が大半です」
現在の国の規模を考えると、そんなものだろう。
「ラフィエット王国北部から来る敵軍はどれぐらいになりそうですか?」
「おそらくですが……一万弱といったところだと思われます。サーティエに来るまでに消耗もするかと思いますので、数をいたずらに恐れることはないかと思いますが……」
将軍もこれは言いづらいだろうな。
「消耗すると言っても、敵軍のほうが多いというのが事実ならば、看過できませんね」
リオーネも沈痛な面持ちになる。
その場にいるみんなが、不安を隠しきれないでいた。
ずっと戦争などをせずに国を発展させれていたのに、ついに立ち向かわざるをえなくなってしまったのだ。
「ラフィエット王国の情報集をさらに徹底しましょう。さらに軍隊の調練および作戦立案もできるだけ具体的に行いなさい。また、すぐにサーティエのラヴィアンタ総督にも通達するように!」
きびきびとリオーネはやれることを順番にやっていった。
獣人王国はじまって以来の危機がやってくるかもしれない。この様子だと、その危険性は高そうだ。
どうか、どうか、無事に乗り切ってほしい。




