39 砂漠に入植
さて、獣人王国のほうで受け入れ態勢が整ったとしても、それは受け入れる側だけの問題でしかない。ロクオン伯爵領の人達が入ってこなければ、空振りだ。
なので、私の目下の懸念点は、ウノーシスによる先遣隊派遣が上手くいくかだ。
先に沙漠で農業をやらせて、人を養える基盤を作っておくというのは正しい考え方だと思う。ロクオン側の人間が準備をしておくというところもいい。
しかし、それは農業が上手くいった場合に限られる。そこで足踏みをしていれば、ロクオンで大弾圧が行われたりして、人が逃げ出してきた時に間に合わない。
現在、ウノーシスはロクオンに戻って、沙漠に人を送りこもうと画策してるようだが――
「ウノーシスはそんなに強力な神という印象もないし、ちゃんとやれるのかな……」
私は神殿の神の集まりで、不安を口にした。
「ぶっちゃけ、ちゃんとやれんじゃろ」
あっさりとインターニュが言った。
「あいつは、地元の神ということで、地元民から愛されてただけの、地域密着型の存在じゃ。ああいうのは平和なうちはよいが、状況が変化すると対応できん。で、信仰してる側も本格的な教団など有しておらんことが多いから、信仰心もすぐにばらばらになる」
辛口意見だけど、そうなる危険は十分ある。
「ただ、急に信じる者がおらんようになることはないじゃろうから、規模はともかくとして移住者が出てくれば、あいつが消滅するということにまではならんじゃろう。そう、極端に怖がる必要もないぞ」
「それ、ウノーシスは生き残れても、住人がどうなるかはわからないよね?」
「わらわは、面識のある者の安否を気づかっておるだけじゃ。極論、ロクオンの民すべてが犠牲にならずに助かるようにするというのは無理じゃぞ。沙漠に旅立つ間にも老人は力尽きるじゃろ」
「インタさんは極論神様ですねえ」
セルロトが茶々を入れた。
「うるさいわ……。間違ったことを言ってはおらんのじゃから、よいじゃろうが……」
「そんないガチガチに硬く考える必要はないですよ。それに心配なのだったら、サーティエ沙漠を見に行けばいいじゃないですか」
「わらわは心配しておるとまで言ったつもりは……」
インターニュが顔を赤くしている。突き放しているように見えて、突き放せないんだよな、この神。
「露骨に尻尾が動きまくって動揺してるの丸わかりです」
「あれ、尻尾が動いてるつもりは――」
「ウソです。引っかかりましたね」
「お前、性格悪すぎるのじゃ!」
「それじゃ、見に行きませんか? ボクも心配です……。農業のことなら何か言えるかもしれないですし……。でも……沙漠で育つものまではそんなに詳しくないから、やっぱり無理ですかね……?」
オルテンシア君が言った。
「行ってもいいんだけど、さすがに早すぎると思うんだよね。ウノーシスが戻っていって、十日ぐらいだし……」
せめて三か月は待たないと判断のしようがないと思う。あと、どうなってるか見るのが怖い。
「そうですよね……。もうちょっと待ってみま――」
オルテンシア君の言葉をさえぎるように、インターニュが立ち上がった。
「ああっ! もう! わらわは気が短いのじゃ! 落ち着かんから、見に行く!」
こうして、インターニュの一声で私達はサーティエ沙漠に向かうことになった。
●
どうせ何も動きがないことがわかって、引き返すことになるだろうけど、たしかに勝手に気をもんでいるよりは現実を見たほうがいいというのもわかる。
はいはい、どうせ荒涼とした沙漠の風景が広がってるだけなんでしょ。
そこには緑色の絨毯みたいな景色が広がっていた。
「な、何これ! いったい、何が起きてるの!?」
蜃気楼でも見えているのか? 砂しかなかった沙漠にどういう変化が起きたんだろう……。
オルテンシア君は緑色の植物を確認していた。
「たしかにウリ系の植物ですね。ボクのいた森では土壌的に栽培が難しい種類ですが、ここだとちゃんと育つらしいですね」
「あっ、獣人王国の皆さん、お疲れ様です!」
そこに声が飛んできた。帽子をウサ耳に強引に載せたウノーシスがやってきた。
「その帽子、おかしくない?」
「ロクオンの農家はこれが普通なんですよ」
やっぱり地域によって文化も風習もいろいろだな。帽子、すぐに落ちそうだけど。
「ちなみに帽子はすぐに落ちます」
それの対策を施せよ、ロクオン……。
「神託によるお告げを神官だけじゃなく、ウリ農家の人に重点的にやったんです。そしたら村中で声が聞こえたという噂になって、いくつかの村が集団移住をしてくれました」
「それはまた村も覚悟決めたね……」
「それで、人が増えたおかげで信仰心もウリの栽培を加速できるぐらいには強くなりまして、農家の人達と一緒に頑張っています」
「思ったより、ハイペースでウリができてない?」
「はい、わたしもわたしなりに努力してます。でも、むしろこの土地がウリ作りに向いているんです! これ、もしかしたらどうにかなるかもしれません!」
あれ、以前からウノーシス、ちょっと活発になってない?
「やっぱり、農家の人と一緒に働くと、楽しいですね! 一体感があるというか! 泥だらけになって、昼ご飯食べたら口の中に砂がじゃりって言ったりして、手を変な虫に刺されて腫れてそれをほかの人が見てげらげら笑ったりして、そういうのいいですよね!」
そうか、ウノーシスって超庶民派なんだ。
神殿で崇め奉られて、ゆっくりくつろいで暮らしているタイプの神じゃない。
庶民に、素朴に信仰されて、それで満足なんだ。むしろ、それぐらい敷居の低い神様なんだ。
「この沙漠の土地でわたし、人生の再チャレンジをやっていきたいと思います!」
これはどうにかなるかもしれないな。だってウノーシスがすごいやる気だから。




