3 作物を育てる奇跡
こうして、集落の人達は黙々と土を耕していった。
一体感を持った彼らの行動力は正直言って、私の想像を超えていた。考えていたよりも数倍は広い土地をどんどん耕している。
そうか、彼らは助け合わないと生きていけないほどの過酷な環境で生きてきた。
その結果、一つにまとまると大きな力を見せるようになったのだ。
これは私のいたハルトミット王国末期とは真逆だった。ハルトミット王国は個人主義が横行しすぎて、国家の屋台骨も揺らいでいた。
別にハルトミット王国の民がことさら悪い心を持っていたとは思わない。文明が発展すると自動的に個人主義は進むのだ。それはほかの国でも同じだった。
しかし、過度にそれが行き過ぎれば、国はおかしな方向に進む。有力貴族や軍閥がそれぞれの思惑で動きまくって、軍隊の指揮系統もまともに機能せず、隣国に攻め滅ぼされることになってしまったのだ。
責任の一端は女神だった私にもある。この獣人集落は絶対に立派で永く続く国家に――そう、国家にまでしてみせる!
日暮れの頃には一日で成ったのが信じられないほどに耕された土が広がっていた。
「いや~、よく体動かしたな~」
「みんなでやると、意外ときつくないね」
「飲み水もおいしいからかな」
みんな、すがすがしい顔をして、引き上げていった。
家路につくのかと思ったら、リオーネの家に寄って、私の神像を拝んでいった。
その夜、私はリオーネの隣に現れた。
「なかなか長い一日だったね」
「ファルティーラ様のおかげで、久しぶりに集落のみんなが一つにまとまった気がします。ここにやってきた時はみんなまだあんなふうに希望に満ちた顔をしていたんです」
そこでちょっとリオーネの笑みが陰った。
「だけど、土地は思った以上に貧弱で、持ってきていた種もみは育たないし……栄養が足りずに病気になる人も増えて……少しずつもう未来なんてないんだってはっきり言う人も増えてきて……」
「ああ、すべてが悪いほうに動き出しちゃったわけだね」
「豊かじゃない土地だからこそ住むことを許されたわけなんですけどね。もしも、ここが豊かだとわかってしまったら、この土地も私たちは奪われたでしょうから……。軍隊なんてほとんどいませんし……。せいぜい、鹿狩りで弓矢や剣を振るう人がいるぐらいで……」
この獣人たちはずっと負け続けてきたわけだ。
だから、民としての誇りみたいなものも失って、卑屈になりつつあった。
人間の世界には弱肉強食の要素もあるとはいえ、あまりにもひどいと思った。
「あの……ファルティーラ様、どうして私達は獣人というだけでこんなつらい思いをしないといけないんでしょうか……。豊かな土地に住むことが許されないんでしょうか……」
この大陸だと獣人はずっと迫害を受けてきたのか。
私はリオーネの背中に後ろから手をやさしく置いた。
「リオーネ、人間は生まれながらにして平等だよ。獣人だからといって劣っているとか、そんな教義は私のいた国にはなかった。信仰心があれば誰だって幸せになれる、そう教えていた」
「それは本当でしょうか……? この大陸では帝国に獣人の国家はほとんど略奪されてしまいました……。故地に残っている獣人は奴隷にされている者も多いと言います……」
この世には理不尽なことも多い。だが、信仰してくれる人のやれるべきことはやらないといけないと思った。
「私を信じて。あなたたち獣人の守護神に私はなるから。信仰の力が大きければ、素晴らしい獣人の国家も再び作れるわ」
「ほ、本当ですか……?」
リオーネは振り返って私の顔を見つめた。
「その質問はよくないわね。なぜなら神を試していることになるから。あなたがしないといけないのは信じることと、それに従って動くことだけよ」
「申し訳ありません! 私ったらだいそれたことを……」
「そこまでかしこまらなくてもいいけどね。さあ、今日はきっと疲れているだろうから、よく寝なさい。あなたが眠っている間に奇跡を起こしてあげる」
●
奇跡を起こすと言った手前、私は有言実行しなければならない。
本当は軽はずみにああいうこと言ってはいけないのだけど、リオーネが健気すぎるのだ。
私は畑の前に立っている。
現状、何も植えてないから、耕した土でしかないかもしれないが。
「村人が気合入れてやったのは事実だから、それにはこたえないとね。あと、リオーネの気持ちにも」
私はぱらぱらと手からいろんな種をまいていく。イモに関しては種イモを。
準備が終わったら、ゆっくりと土に語りかける。
「私は女神ファルティーラである。お前達の力を一時的に引き出してやろう。さあ、その力を見せてみるがいい! 繁茂せよ! 繁茂せよ! 繁茂せよ!」
とてつもない勢いで植物が生えはじめた。
自然界ではありえない速度だ。果実を成らす木など、もう大人の背を超えるほどの高さになっている。
そんな自然界ではありえないものだからこそ、神の奇跡なのだ。
奇跡のうち程度の低いものを魔法と呼ぶ。魔法は人間も使えるが、たかが知れている。神の奇跡とは規模が全く違う。
さらに力をこめると、どこからともなく、ハチだとか虫が集まってきた。受粉の手伝いをさせるのだ。
「さあ、お前達もエサにありつけるぞ。好きなだけ味わえ! そしてよい実をつけよ!」
時間にして三時間ほどでその畑はどれもこれも収穫ができるまでに広がっていた。
けど、調理法を村人がわかってない可能性もあるしな。
もう少しだけ、サービスしてあげようか。
翌朝。
集落は当然ながら大騒ぎになった。畑という畑に祝物や木々が実っていたのだから。
「これって食べられる野菜だよね……?」
「こんな立派な木が生えるだなんて無理と思ってたのに……」
「これが全部食べられるなら飢える心配もないぞ!」
集落は歓喜に包まれて、朝から続々とリオーネの家にある神像を拝みにいく列が絶えなかった。こんな奇跡を起こせばどこの国民でも拝みにくるかもしれないが、これだけの力を私が使えたのも村人の信仰心のおかげだ。
「ファルティーラ様、ありがとうございます」
手を組んで、リオーラもずっと祈っていた。
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