38 王の休息
私達、神が移住候補地を決めた翌日。
獣人王国の側でも一つの決断が下された。
「故郷を追われた者の苦しみは獣人王国の民は誰もが理解しています。南部の土地であれば、獣人王国の民の生活を脅かさない範囲で、ロクオン伯爵領に住む兎人族の移住を許可しましょう」
使者をあらためて呼び出して、リオーネがそう結論を述べた。
使者たちは思わずその場で泣き崩れていた。彼らの宗教とコミュニティを存続させる可能性が見出せたのだ。かろうじて、彼らは望みをつなぐことができた。
「ありがとうございます! すぐに我らが主に伝えたいと思います!」
「はい、それと移住候補地となる簡単な地図をあなたたちにお渡ししましょう」
地図には私達がウノーシスを連れていったような町や村の名前がいくつか並んでいる。
「あの、すみません、サーティエ沙漠というのはどこにあるのでしょうか?」
「サーティエ沙漠? あんなところを知ってどうするのですか?」
リオーネはマニアックな地名を聞いて、変な顔をした。
「実は……昨日、夢で我らが信奉するウノーシス様のお告げを聞きまして……。サーティエ沙漠に入植するようにせよという話だったもので……。そこに先遣隊を送り、まず農業を興し、それから民を送るようにすれば民は救われると……」
これはウノーシスが彼らに呼びかけておいたのだろう。
「別にそんなところに住むというなら勝手にしていただいてよいですが。どうせ、ほったらかしにされている土地ですので、住み着きたければ止めはいたしません」
獣人王国の成立過程自体が、難民が集まって国という形になっていったというものなので、ニューカトラに大挙してやってくるとかいったことがない限り、住み着くことを止めるという発想はない。
「ありがとうございます。これも我らが主に伝えておきます」
こうして使者との接触は滞りなく終わった。
もっとも国家としてはこれからが大変なのだ。
王国議会は情報収集も兼ねて、正式な使節な一種のスパイである商人をラフィエット王国に派遣することを決めた。
商人はラフィエット王国の奥まで進んで、ロクオン伯爵領にどういう扱いを行うつもりなのか確かめるのが仕事だ。ロクオン側の言葉を疑っているわけではないが、そのまま鵜呑みにするというのは外交として論外だからだ。
その一方で、ラフィエット王国に正式に使いを出すのは見送る形にした。わざわざ難民を受け入れると言うと、内政干渉みたいに聞こえるおそれもある。
いつのまにか難民が北側に逃げて、なし崩し的に獣人王国領に住みだしたぐらいのほうがカドは立たないだろう。
リオーネには仕事のあと、神が住まう部屋、つまり私が住んでいる部屋に入ってきた。最近、リオーネとゆっくりしゃべる時間がとれなかったからちょうどよかった。
「旦那様、私なりにやれることをやってみました」
「そうみたいだね。よくやれてると思うよ」
リオーネは私のすぐ隣に座る。旦那と妻の関係だから、並んだっておかしくない。
「こんなに悩んだことはなかったです。今でも本当にこれでいいのかなって思ってますけど」
「それはそういうものなんだよ。いきなり答えがわかっちゃうなんてことはないからね」
「ちょっと、疲れました……」
リオーネは少し私のほうに寄りかかった。多分あんまり眠ってなかっただろうしな。
「沙漠のお告げみたいなのって、旦那様達が考えたものなんですか?」
「ロクオンの神様がこっちにも来てたの。その子がこの沙漠を発展させればなんとかロクオンの民が生きていけるかもって」
「私の知らないところでそんなことがあったんですね」
リオーネは目を閉じて、ゆっくり息を吸ったり吐いたりする。これは思っていた以上に疲れているな。ゆっくりと休ませてやろう。一つの大きな決断が終わったのだから、リラックスする時間もいるだろう。
「もし、私たちが大きく間違っていたら、その時はただしてくださいね」
「当たり前でしょう。私はこの国の守護神なんだから。滅ぶようなことをいちいちするわけないって」
「私たち人間も旦那様が安心してみていられるように頑張ろうと思って、一生懸命考えました。それで移住を認めることにしたんです。この国が難民を受け入れないのはおかしいですから」
「うん。私もそれでいいと思うよ」
意見はできるだけ最低限にしようとして、言葉を選んだ。私はサポート役に徹する。
「もし、沙漠に人が住むようになるのであれば、街道があったほうがいいですかね。たくさん物資を運ばないといけなくなるかもしれません」
「リオーネ、やっぱり鋭いね」
私は本当に感心した。何が必要なのか、リオーネはちゃんと先を読めている。
もし沙漠のあたりに都市が生まれればモノを大量に送り込まないと最初のうちは維持できない。そのためには首都ニューカトラと結ばれた道がいるのだ。
「まだ、沙漠に大きな都市ができるのか半信半疑ですが、すぐに動くことはできるように予定は立てておきたいと思います」
「この調子だと、私が特段何も手を貸さなくてもなんとかなりそうだな」
私の言葉に安心したのか、リオーネの体からさらに力が抜けて、ずるずると体が沈んできた、結局、膝枕みたいな状態になる。
「次の仕事は、大巫女たちが呼びに来るので、それまで眠っていていいですか?」
「寝ときなさい。リオーネは王様なんだから」
なんとも立派になったね。これなら、普段なら私が留守をしていても何も問題ないな。留守にする予定はとくにないけどね。
こんなところをセルロトとかに見られたら、またからかわれるな。そんなことを考えながら、私ものんびりとした時間をリオーネと過ごした。
これからまだまだリオーネも私も働かないといけないのだ。
やがて、大巫女のエイヴィアが起こしに来た。
「ありがとう、エイヴィア」とリオーネが王の顔で言った。
「筆頭巫女様、とてもよくお休みになられてましたね。本当にやすらいでいたんですね」
エイヴィアもなんとなくわかるんだな。




