36 立派な国家元首
私は夜の会議を終えて、巫女の部屋――つまり、リオーネの部屋に寄ってみた。
大巫女と呼ばれるリオーネの側近的な巫女が来ていて、リオーネと話をしていた。まだ、ロクオン問題が続いているらしい。
資料の書物がかなり並んでいる。どうやら図書館から集められるだけ集めたようだ。
今は話しかけるタイミングじゃないから、離れたところで様子を見る。おそらく、リオーネにはまだ気づかれてないはずだ。
「では、次に。エイヴィア、お願いします」
イヌ耳の大巫女がうなずく。
「ラフィエット王国出身の商人から聞き取りを行ったところ、ロクオン伯爵領という土地は東西の諸侯と対立していたようです。そこで東西の諸侯による失脚作戦が仕掛けられて、想像以上に効いてしまったようですね」
やはり政治対立の面もあるんだな。政治と宗教の問題は常に混ざり合って起こるからな。そして混ざっていくうちに止められないほど大きくなっていったりする。
「東西の諸侯も、まさか信者の住人が追放されるということにまでなるとは考えてなかったようで、王国に伯爵だけの追放で済ませられないかと言っているようですが、王都ではすべて締め出すということで決定してしまったようで、変更は難しそうです」
それで国民がいなくなってしまったら、ロクオンという土地の価値も下がってしまう。東西の諸侯があわてるのも無理はないだろう。
「東西の諸侯の意見が通る可能性はどれぐらいのものなんでしょうか」
リオーネがエイヴィアに尋ねる。
「あまり望めはしないかと。というのも、王国は南部にあたる海側の地域ほど影響力が強く、北部はないがしろにされがちです。国で邪教扱いが決まった以上、これを変更するのはかなりつらそうです」
覆水盆に返らずということか。
「あの、筆頭巫女様」
リオーネはこう呼ばれるんだな。ネコ耳の大巫女が声をかけた。大巫女といっても、役職名で、その子は十五歳ほどの小娘だ。名前をティートという。
「ここは守護神様にお伺いを立てるというのはいかがでしょうか? 何が最善とにゃるのか、もはや人智を超えているのではにゃいかと……」
この子はたまに「にゃ」という音が混じるしゃべり方になる。
困った時は神様に頼るってことか。外交問題に対処したことも、ほぼ皆無の国だからつらいのはわかるけどね。歴史に学ぼうにも獣人王国にはその歴史がないのだ。
ほかの巫女二人もそれがいい、一度聞いてみていただけませんかとその案を勧めた。
頼られたら、できる範囲で救ってあげるよ。私の使命は人に試練を与えることじゃないからね。
「いえ、それはこちらからは行いません」
リオーネは毅然とした声で言った。
あれ?
もしかして私、避けられてる……? つきまといすぎて鬱陶しかった……?
「皆さん、私達はたしかに守護神ファルティーラ様のお導きによって国を作ることができました。しかし、何もかもすべての決断を神に頼るような国家に、大国となったためしがあるでしょうか?」
部下の大巫女に一人ずつ視線を向けて、教え諭すように話すリオーネ。
「本当にどうしようもなくなった時ならともかく、最初からすべてを丸投げするような方法は神を信仰しているようで侮っていることです。神を侮った時、この国に未来はありません」
大巫女達もじっとリオーネの言葉に聞き入っていた。
「これまでも、本当にどうしようもない時は神が力をお示しになり、道が開かれてきたはずです。まずは人の手でできうる限りのことを考えましょう。この国は幼いですが、幼いからこそ成長していこうという気持ちが必要なのです」
「私が間違っていました。申し訳ありません!」
ティートが頭を下げた。残り二人もすいませんと謝罪した。
「謝る必要はありません。意見を言うのがこの場における私達の仕事なのですから」
リオーネは笑みを浮かべて三人に接した。
驚いた。
リオーネ、こんなに成長していたんだ……。
神は人の成長を見守っていくもの。国というのは神が操作するものではない。これが私のスタンスだ。その考えをリオーネははっきり理解してくれている。
ううん、違う。
これは、ただ私の意見を言ったなんてものじゃない。私の考えを吸収したうえでリオーネなりの考えを言った。だから、言葉はすべてリオーネが一から作ったものだ。
どうしても私と一緒にいると、リオーネは私に遠慮するのか下手に出てしまうところがある。そんなリオーネばかり見ていたけれど、あくまでリオーネはこの国の元首なのだ。
そして、元首としてどうあるべきか、リオーネはちゃんと学んでいる。
見た目は私の「妻」という立場にあるせいで、不老不死でずっと変わらないままだが、精神的にリオーネはとても成熟している。
もう、自慢の妻ですって言ってまわりたいぐらいだな。言ってまわる相手がほぼいないけど。
その後も長時間にわたって、対応策の協議は続いた。
はっきり言ってそれが完璧な議論だったかは疑わしい。そもそも制限が多すぎる。きっと入ってくる情報も、持っている情報もそれほど多くない。持っている情報が少なければ、そこを想像で補わないといけない。その想像は必ず現実とズレがある。
たとえばラフィエット王国は北部の連邦だけでも五万以上の兵を出してくるかもしれないという見込みが立てられた。
それは過大だ。ロクオンの動員力から周囲を勘案しても、多くて一万強というところだろう。実際はもっと少ない可能性が高い。
それでも、こうやって真剣に国の問題を議論していくことは決して悪くない。
いや、どんな長期にわたって続いている大国も最初はこういう時期を経験しているはず。
兎人族を助けるということを決議しても神としては構わない、ちゃんと手を貸す――と言うつもりだったけど、それもまだ黙っていようか。
おそらくだけど、そんな急進的な無茶苦茶な案をこの国は出さないはずだ。
だって、為政者が理性的で、誠実だから。
夜遅くになって、ようやく会議は終わった。
リオーネはお風呂でお湯を体に浴びると、すぐにベッドに入った。私はその横で座って待っていた。
「お疲れ様。長かったね」
「はい、国家の大事ですからね」
リオーネは助けてくださいと言わなかった。
頑張りなさい、リオーネ。




