33 神同士でも会議
神の間でも、意見はなかなかまとまらなかった。
人間の会議終了後に私の神殿で神が集まった。
「獣人王国のためと思えば、ここは放っておくべきじゃな」
インターニュはそう結論付けた。
「うかつに触ると、ろくなことにならんぞ。それに伯爵領が消滅すれば、どのみち難民はこちらの土地に来るかもしれん。だったら、その時に逃げてきたものを保護すればよいじゃろう。今から動いてラフィエット王国に恨まれるのは損じゃ」
「そっか……。意見ありがとう……」
私が浮かない顔で答えてしまったのは困ってる人を見殺しにすることに抵抗感があるからだ。インターニュの意見ももちろんわかるのだけど……。
「ファルティーラよ、つらいかもしれんが、ここは我慢じゃ。なぜならわらわたちは獣人王国の神じゃからの。獣人王国に不利益になるようなことをするべきではないぞ。自分がどこの神かよく考えるのじゃ」
「うん、そうだね……」
明確な答えなどないから、誰かがどこかで妥協するしかない問題だ。こういう空気になってしまうのもしょうがない。
「あの……王国南の土地で移住候補がないかどうかだけでも調べておけばいいんじゃないでしょうか……。余計なこと言って、す、すみません……」
今度はオルテンシア君が意見を言う。
「なんじゃ。そなたは移住賛成派なのか?」
むすっとした顔でインターニュがオルテンシア君を見た。
「いえ……必ずしもそういうわけじゃないし、ボクの中で結論も出てないんですけど……もし伯爵領が消滅すればそこから難民も出るかもしれないわけですし、どういう結論を出したとしても、すぐに動ける準備をするのはいいことなんじゃないかな、とか……」
「なるほど。今やれることをまずやっておけってことだね。オルテンシア君、いい意見だよ!」
私はその頭をなでなでした。なかなか建設的な案じゃないか。
となると、もう一人にも意見を聞いておくか。ろくでもないことを言いそうな気がしてるけど。
「セルロト、あなたは静かだけど、何か言うことないの?」
「ふふふ、そうですねえ」
セルロトは長いもふもふ尻尾を前に持ってきて、毛づくろいをしていた。
「伯爵領にわたくしたちの信者がいれば、そこで力を発揮して、彼らを助けることができますよねえ」
「あっ、セルロトとしては人助けしたいんだ!?」
てっきり、もっと悪どいことを言い出すのではないかと危惧していたが、すごくまっとうだ。これなら私もウサ耳の人たちを助けたいと言い出せば過半数になるんじゃ。
「そこでウサ耳の獣人たちを助ければ、わたくしたちへの信仰に彼らは傾くはずです。一気にたくさんの信者を獲得できますよ。上手にやればウノーシスという神への信仰を乗っ取ることも可能ですね」
「やっぱりひどいことだった!」
ただ、放置するというのより、余計に巧妙だ。
「何がひどいのですか? 信じる者が国を追われようとしているのに何もできていないのだとしたら、ウノーシスという神はそのつとめを果たせていないということですよ。信じる価値のないものは信じられなくなる、それだけのことです」
うぅ、正論で攻められると負けそうだ……。
「し、信仰は功利主義的なものじゃないでしょ。役に立つかどうかで神は選ぶものじゃない。もっと崇高なものだと思うよ……」
「明らかに無意味とわかっているのに信仰しろというのが、神の傲慢だというのも否定できないことなのではないですか? 助けてくれるかもしれない神に祈るというのは人として自然なことだと思うのですが」
ドヤ顔で言われてしまった。
「それは、まあ、そうなんだよなあ……」
民を神が救えないなら、その民はばらばらになって、そこにあった信仰も消えてしまうのだ。古来、消滅した民族も、消滅した神もいくらでもある。
「ラフィエット王国の南端にあるような地域で政治的混乱が生じれば、獣人王国にも波及する危険はあります。だとしたら、いっそ、こっちから介入していくという姿勢自体は悪くないと思いますよ。ファルティーラさんもそうしたいんでしょうし」
「うっ……」
「まだ、ファルティーラさんだけはっきりと意見を聞いていませんよ」
「そうだね……。見殺しは悪いかなって気はしてる……」
「だーかーらー、わらわたちはあくまでも獣人王国の神じゃ! そういう何でも屋的な態度はよくないのじゃ! 優先順位を考えるのじゃ! がうー!」
インターニュの尻尾が左右に振れている。これ、かなりご機嫌斜めだな。本気で怒ってるわけではないけど、気が短いから、そこから離脱する時があるのだ。オルテンシア君の時もそうだった。
「何を正しいとするか、神としての自覚を持つのじゃ! 神が自分から助けを求めてきたのなら、考えてやってもよいがの!」
そのまま、ぷんすか、ぷんすか出ていってしまう。
「イライラしてきたから、わらわは自分の神殿に帰る! あとで頭冷やしたらまた来る!」
自分から冷やすって言うのか。そのへんは冷静なんだな……。
「インタさん、あんまりファルティーラさんと衝突すると、彼女の好感度が下がりますよー」
ちょっと、インターニュの足が止まった。
「キツネ耳の神は余計なことを言うでない!」
「ファルティーラさん、大丈夫ですよ。自分が少数派だからすねてるだけです。あの方はツンデレなだけですから、必ずまた戻ってきます」
「セルロト、インターニュに聞こえるように言うのはやめてあげて……。戻りづらくなっちゃうから……」
インターニュの顔は見えないが、尻尾の振れ方が過剰になっている。
「真剣な話の最中にふざけるな、バカ者! そっちがごめんなさいって言うまで仲直りせんからの! わらわは本気じゃからの!」
そのまま、帰っていこうとするインターニュ。
だが、神殿の出入口のあたりで、「わーっ!」というインターニュの声がした。
それから、すぐに私たちのほうに戻ってくる。
「インタさん、舌の根もかわかぬうちに戻ってきましたね。恥ずかしくないんですか?」
くすくすとセルロトが笑っていた。
「それは今はどうでもよい! 変なのが神殿の前におる!」
えっ? どういうことだ?