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29 行幸二日目

 行幸二日目。私とリオーネはモーリーの村からサイラン渓谷と入っていった。

 ここは流れの早い川が、山を削ってできた深い渓谷だ。絶景が長い区間に渡って続いている。おそらく、獣人王国一の景勝地だと言っていいだろう。


 ここが選ばれたのは一つにはリオーネを楽しませるためだ。首都にいては絶対に見られない景色だからな。


「こんな素晴らしい景色、産まれて初めて見ました!」

 リオーネは護衛の部隊に守られながら絶景を上から見下ろせる探勝路を歩く。柵とかはないから、一歩踏み外すと川に真っ逆さまなので注意しないといけない。落ちないように、当然、護衛が外側を歩いているが。


「よかったね、リオーネ。はっきりと観光旅行ができる身分じゃないから、こうやって楽しんでね」


 私とずっと会話すると、リオーネが変な目で見られるので、ほかの人がいる時はなかば一方的に私がしゃべる。


 一方でリオーネもただの個人の感想に聞こえるような内容を口に出して、私に伝えてくる。


「こんなに流れが早い川を見たこともありません。川というよりは滝ですね。とくに、あの石に川の水が当たって大きな音をたてているところなんてすごい迫力です!」


 これなんかは私への会話としての意味合いもあるし、ほかのお付きの人に言っているという設定でもおかしくない。少し不自由なところもあるけど、二人揃って旅行ができているだけで幸せだ。


 現地の担当者とリオーネは観光地化のために宿が必要だとか、迷いこむと危ない道もあるので、その危険を周知しないといけないとかいった話をしていた。

 もう少し、国が安定してきたら、観光のために国の中を回っていくという動きも増えてくるだろう。


 もっとも、この渓谷にリオーネが来たのは観光について考えるためだけじゃない。ここにはもう一つ、獣人王国の極めて重要な産業があるのだ。


 それが採石場だ。


 リオーネは採石場の一つを見学することになった。

 ただし、こういうところは事故の危険もあるので、ほぼ安全が確保されているところだけの見学になるが。


 このサイラン渓谷では軽石の凝灰岩という加工にとても向いている石がとれるのだ。かつてワーディー王国に住んでいた犬人族はこの土地に目を付け、石を切り出してどんどん運んでいった。


 では、どうやって石を運ぶのかといえば、流れの早い川を使って強引に下流まで運んでいくのだ。少なくとも陸路を運ぶよりは圧倒的に楽だ。


 このサイラン渓谷の採石場により、都市には立派な石の建築が建ち並んで威容を誇ることになった。獣人王国の発展に、今後も採石場は活躍してくれるだろう。


「採石場の中って、こんなに涼しいんですね」

「炭鉱の中もこれぐらい涼しかったりするよ。とくに夏に入ると、涼しくてびっくりする。でも、温度変化が激しいから風邪を引いたりしないようにね」


 もし、二人きりならリオーネは「はい、気をつけます、旦那様」だなんて言うんだろうけど、今は案内の人がいたりするのでそういうわけにはいかない。


 代わりにリオーネは案内の人に「ここではどれぐらいの人が働いてらっしゃるんですか?」とか、「事故は起こっていないでしょうか? 採石場で亡くなる方もいらっしゃると聞いたことがあります」などと言っていた。


 案内の人が答えるけれど、一言で言えば採石場の危険は大きい。自分を簡単に押しつぶすような大きさの石を切り出すのだ。もし倒れてきたら即死する。

 それでもみんなが頑張れるのは、お金になることもあるけれど、この仕事が獣人王国の発展に役立っているとはっきりわかるからだろう。やりがいがまったくない仕事を続けるのは、やはりつらい。


「皆さんのご活躍をお祈りいたします」


 最後にリオーネはそう言って締めくくった。


 リオーネは意識してないかもしれないけど、採石場の労働者たちは国王が見に来てくれたことで、明らかにテンションが上がっていた。

 国王が来るということはそれだけの価値があるのだ。たんなる遊覧なんてことは絶対にない。


 採石場のあるサイラン渓谷をそのまま進んで抜けて、ヘルカという村で本日は一泊。

 ここの村長もリオーネが来たことに緊張していた。


「ほ、ほ、本当に、光栄至極に存じます……。ゆくゆくは宿場的な価値もこの村に与えたいなと考えており、おり、ます……」

 狐人族の村長はまともにリオーネの顔も見れていなかった。


「村長さん、どうして、ここに村を作ろうとしたんですか?」

「わ、私はかつて、商人をしておりまして……このサイラン渓谷を抜け道で使っていたんです、しかし、住んでいる人はほぼ皆無で、野宿をせざるをえませんでした……。もし、ここに宿場があれば、きっと多くの人にとって役に立つだろうと思い……老齢になってきて商人の仕事も難しくなってきたのを機に入植に乗り出したのです!」


「そのお気持ち、本当に尊敬いたします」

 にっこりとリオーネが笑って答えた。

「光栄です!」


 村はまだできたばかりで人口も少なかったが、ここは村長がもともと商人という利点を生かして、生活雑貨を友達の商人に運んでもらっていた。それにより、不便さがかなり解消されている。

 ゆくゆくは宿を増やして、旅人の主要なルートにしていきたいと村長は語っていた。獣人王国としても街道ができるならありがたいことなので、できるだけ支援していきたいとリオーネも語った。


 その晩もリオーネのベッドに私は入っている。

 ちなみに自分の神殿を見てみたが、まだ祠といったレベルだった。あそこで眠る気にはなれない。


「あまり大きなベッドじゃないから窮屈かな」

「いえ、旦那様を近くに感じられますから、これはこれでうれしいです……」

 二日目だけど、リオーネはまだまだ照れている。

 私だってまったく照れないわけじゃないから人のことは言えない。


「私、今回、行幸をやって自分の知らないことをたくさん知れました。本当にやってよかったと思っています」

「そうだね。私も同感」

 ニューカトラの外側でも獣人王国は成長している。そういったことはニューカトラの外に出てみないとわからない。


「それと……旦那様との旅、すごく楽しいですし……」

「じゃあ、これからもどんどん行幸しようか」

「はい……」

 その日もリオーネは私の手を握りながら眠りについた。

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