27 国王行幸計画
経典も祭祀内容も整備されたおかげで、やっと国教らしさが出てきた。大変よいことだ。私たちの変な苦労もあったわけだが……自分の国を発展させるためだということで我慢しよう。
しかし、よく働いていたのは神だけじゃない。
リオーネの働きもかなりのものだった。最低でも、この大陸でリオーネ以上に働き者の君主はいないと言って間違いないだろう。毎日不眠不休と言うと、いくらなんでもおおげさだが、睡眠時間を削っての政務は珍しくない。
それだけ精力的に働ける理由は地味に私のおかげでもある。私と「結婚」したことで、リオーネは不老不死になったのだ。なので、若い元気な肉体のまま、ずっと働けるわけだ。あと、軽い病気とかなら罹患せずに跳ね返すだけの体力も備わっている。
私もやれる範囲のことで、リオーネの手伝いをした。たとえば、リオーネが探している者があれば、その探し物がある場所を導いてやったりした。
とはいえ、あくまでも手伝いだ。私がリオーネにこれをやれ、あれをやれと命令することはしない。神様はあくまでも人間を教え導く者であって、操り人形のように自在に扱う存在ではない――というのが私のスタンスだ。
これを崩す気は今のところない。
こう言うといい神アピールみたいだが、神からしてもこうする必要があるのだ。
もし、人間を強権的に支配し続ければ、必ず人間は神を恨むようになる。無論、それは信仰と真逆の行為だ。そうなれば、神の力は弱まる。神が行える幅は狭まる。
そこを他国に攻められたら、その神の支配する国は結局滅亡することになる。
長い歴史の中では自分の思い通りに人間を動かそうとした神もいたが、たいていそういう神はまったく信仰を失い、存在としても消えてしまった。
人間と比べれば、はるかにゆったりとしているが、神もまた永久不変のものではない。人間に信仰されて、神はやっと存在できる。
ただし、人間じゃなくても神によって生かされる場合もある。よく最初の神がいくつもの神を生み出す創世神話があるが、ああいうのはその神がほかの神を作っていった過程だ。この場合は人間の干渉なしに神が産まれてこれる。
話がそれたが、こうして、私はリオーネの「旦那」として、ほどほどの手伝いをしながら、日々を生きているのだ。
「ふぅ、今日の政務は終わりましたね」
巫女王の政務室に一人残っていたリオーネが机で両腕を伸ばす。机やランプは上等だが、基本的に殺風景な部屋だ。必要以上の贅沢をリオーネはしない。
「お疲れ様。毎日毎日、本当に大変だね」
私はリオーネの肩を軽くもんでやる。これぐらいのことは「妻」にしてやってもいいだろう。
「私が怠けてしまうと、国が傾くことになりますからね。それでも、だんだんと私がやらないといけない仕事も減ってきたんですよ。ほら、まだ夜十時ぐらいです」
この大陸では時計という便利なものがあって、一日を二十四時間ではかることができる。地域によっては太陽ののぼっている時間とのぼってない時間をそれぞれ分割して時間を決めているところもあるが。
「そういえば、ちょっと前は深夜十二時を過ぎてたことが多かったよね」
「ですね。王は王ですから、決裁をしないといけないことがいくらでもありました。それが今は落ち着いてきました。部下にあたる巫女や神官も成長してきましたし、王国議会も初期の頃よりよく機能しています。なんていうんでしょうか、王国全体が子供から青年になってきているというか」
「言いたいことはわかるよ」
最初のうちは右も左もわからなかった国家という生き物が少しずついろんなことを覚えて、何をすればいいかわかってきた。
その結果として、最高責任者である巫女王のリオーネに降りかかる仕事も軽減されるようになったというわけだ。
「旦那様、私、時間がとれてきたことでやってみようと考えていることがあるんです」
政務室にほかに誰も入れないのはリオーネが私と会話するためという理由もある。巫女が神としゃべって何が悪いという話だが、まだぎょっとする人も多いだろうから。
「何? 私はリオーネがやりたいことは何だって応援するよ。それが私の役目なんだから」
「獣人王国の各地をまわってみたいなって。偉そうに聞こえるかもしれませんけど、行幸というやつです。私自身がニューカトラから全然出ていなくて、この国にどういうところがあるのか、全然知らないままですから。もっと、この目で国について詳しくなれば、政務にも生かせると思うんです」
「もう、本当にリオーネは優等生なんだから」
肩を少しだけ強く押した。
「あっ、痛いです、旦那様……」
「痛いってことは疲れてる証拠だよ。やっぱり、まだまだ大変ってことは変わらないな~。けど、行幸は旅行的な意味合いもあるから悪くはないかな」
「ですよね! 私も楽しみにしてるんです」
部屋にある鏡にはリオーネと私の顔が映っている。もし、ほかの人が見てもリオーネしか見えないはずだ。
「あの、旦那様は……ついてきてくれますか?」
「もちろん。リオーネの身に何かあったら守れるのは私ぐらいのものだからね。ニューカトラの外に行くわけだから不安もあるし」
だいたい、奥さんの長期旅行で心配しない夫はよくないだろう。
「よかった……」
リオーネは心底ほっとしたようだった。神と人の関係だからしょうがないところもあるが、リオーネはまだ私に気をつかいすぎている。
「それから……もう一つ、お願いがあるんですが……」
「ほら、遠慮せずに言ってみなさい。私だってリオーネのお願いはできるだけかなえてあげたいんだから」
「一緒に行くのはファルティーラ様だけ……旦那様だけにしてほしいんです……」
「えっ? 人間の護衛とかはつけないの?」
「あっ、そういう意味じゃなくて……その……ほかの神様はお留守番いただくということで……」
それでリオーネの言いたいことがわかった。
あと、私はちょっと反省した。
「あの子たち、うるさいものね。ごめんね……」
「いえ、旦那様が謝ることでもありませんし、神様たちも何も悪くないんですが……」
「けど、二人きりになる時間は減っちゃうよね」
こくりとリオーネはうなずいた。
ほかの神たちはリオーネにとっていわば夫の同僚みたいなものだ。たまに夫の同僚が家に遊びに来るならいいが、毎日のように来たら妻はいい顔をしないだろう。そういうことだ。
「なので、旦那様と私の旅行という側面もある行幸にできたらなと……」
「リオーネがけなげすぎて、つらい!」
私はぎゅっとリオーネを抱きしめた。