22 オルテンシア君の悩み
農業神であるオルテンシア君の信仰が広まったせいか、同じ神を祀る者ということで、サトゥロス達もだんだんと私達、獣人王国にも興味を示しはじめた。
サトゥロスは明確な国家を持っているような種族ではないので、小さな集まりごとに族長が何人もいたが、そんな族長数人が巫女王リオーネと謁見する機会もできた。明らかにサトゥロスとの間で、交流が活発化してきたのだ! 素晴らしい!
ただ、サトゥロス流の謁見だったので、ちょっと不敬で私も見守っていてハラハラしたが……。
「巫女王様は美しいですなあ。こんな猫人族の方は見たことがねえべや」
「お褒めにいただきありがとうございます」
部下にあたるほかの巫女の女性達を従えたリオーネが王らしく堂々とした態度で接する。ちなみに部下の巫女にはネコ耳もいれば、イヌ耳も、キツネ耳も、普通の耳をした人間もいた。かなり多人種社会になってきつつある。
なお、男の神官だって当然いるのだけれど、今回はほかの仕事をしていたので欠席中だ。
「ほんとにべっぴんだわ~。ワシとこの息子の嫁さんに来てもらいたいぐらいだで」
このサトゥロス、そんな田舎の娘っ子みたいな態度で接してる!?
「えっ……ええと、大変光栄なお話ですが、私は神に仕える者ですので……」
リオーネもこういう対応は考えてなかったらしく、ちょっと困惑していた。
「隣村の族長、そりゃ、無理な話だでよ。王様、来てくれるわけねえべ」
ほかのサトゥロスが言った。田舎のおっちゃんの集まり感がすごい。
「あ~、そうだべよね。じゃあ、後ろにいらっしゃるほかの巫女さん、一人ぐらい来てもらえねえべかな?」
お付きの巫女も、「そんなこといきなり言われても……」という顔をしていた。
「うちの息子、酒は飲みすぎるけど、けっこうええ男でよ。頼りにはなると思うんやけど、あかんじゃろうかの……?」
「じゃから、隣村のお前! 巫女王様の前で失礼だべ! 樫の木集落んとこの娘とかで我慢せえ!」
「樫の木集落んとことは、木の実の入会権でもめてんだよなあ……」
「そんなの葡萄酒の一つも持っていきゃ仲直りできるっぺや」
なんか嫁さんの話、盛り上がりすぎてるぞ!
私は背後からリオーネをフォローすることにした。ほかの人には見えない。
「ここは神殿でも案内してあげて! このおっちゃんたち、ずっとこの話続けそうだから!」
リオーネは優等生タイプなので、こういう人らの扱いに慣れてないのだ。
「わかりました……。サトゥロスの皆さん、今から神殿をご紹介しますね……」
その後は族長達は、「すげえ立派じゃあ……」「おったまげたのう……」「わしの家なんか雨漏りしとるレベルだでよ」みたいなことを言って、ちゃんと立派さに驚いてくれた。獣人王国の威厳を見せつけることには成功した。
あとで神同士で集まった時に、オルテンシア君から聞いた話によると、嫁に来いと言うのはサトゥロスの中ではかなりの賛辞の一つらしい。
「その……サトゥロスは自由奔放な人達でして……性的にも割と乱れてるところがあってですね……家庭的な部分が崩壊してるところも多いんですよ……。なので嫁に来いというのは、あなたはまともな家庭も築けそうなちゃんとした方ですねという意味になるんです……。あんなんでも、あの人なりにリオーネさんを褒めようとしてたんですよ……。わかりづらくてすいません……」
「異文化交流は難しいね……」
ともあれ、交流がスタートしたのは事実だ。こちらの国でもオルテンシア君が崇拝されだしたことから、サトゥロスもオルテンシア君の祠を前よりは整備しようとしているという。
ただ、私達の国で女性神として祀られたせいで、本国でも女性神だという扱いになってしまい、じゃんじゃん女物の衣装が奉納されるそうだが。
「あの、このまま信仰が間違い続けると、とても困ったことになるんです……」
オルテンシア君が頬を染めて、小声で言ってきた。
「何? 悩みがあるならファルティーラお姉ちゃんに言ってみなさい」
すっかり、彼のポジションは神の中でかわいい弟(あるいは妹)になっている。
このお姉ちゃんが、しっかりアドバイスしてあげるよ。
「神って信仰の影響を受けるじゃないですか。ずっと、女の子扱いで信仰され続けると…………………………………………ボク、本当に女子に変化してしまうかもしれないなって……」
斜め上の悩みでアドバイスが難しい!
「それは大変素晴らしいですね」
セルロトがとても楽しそうにうなずいていた。
「本当に性別が変わってしまうなんて、きっと、一部の方に特別な信仰を得られることでしょう。もちろん、男でなければ意味がないと言う反対派もいるとは思いますが」
「そんな狭い信仰いらないです……」
「いいえ!!! 狭いからこそ熱心な信者がつくのですよ!!! わたくしの知っている宗教の中でもティエス教というのがありまして、これが小規模ながら息が長いのです!!!」
いつもと違ってセルロトのテンションが高いぞ……!?
やたらとキツネ尻尾が立っているな……。興奮しているのだろうか……。
「ああ、それから両性具有の神というのも存在しますしね。そういう変化を遂げていくのも悪くないのでは。世間的には背徳的と考えられることを秘教的に行う教団が生まれるやもしれません。いいですね! 夢が広がりますね!」
「ボ、ボク、さらに不安になってきました……」
「不安になることなどありません! 体に変化が起こった時はわたくしが全力でサポートいたしますから! ご安心ください!!! いやあ、やっぱりここに来て正解でしたよ。すごく楽しいです!」
セルロトのキャラが何か変わってきていた。こんながっついてくるキャラだったっけ……? キャラ崩壊を起こすほどのことなのか……?
「なあ、あのキツネ神、やはり、ちょっと問題があるぞ……。邪教を新たに作る恐れがあるのじゃ……。監視したほうがよい……」
「むしろ、私は関わりたくないんだけど……」
「何かおかしいことがあるのでしょうか?」
すました顔でセルロトはオルテンシア君を後ろから抱き締めていた。オルテンシア君は誰にでもそんなふうに扱われる。一人だけ見た目が幼いからだ。
「そもそも、多くの宗教にとって聖なるものと性的なものは不即不離の関係にあることは、皆さんもご存じのはず。拒絶するほうがおかしいのですよ。まして、オルテンシア君は豊饒の神ではないですか。無関係なほうが変なのです! 正しいのはわたくしです!」
そう言われると、反論しづらいな……。
「ううむ……しかし、いずれ、そういう神とも出会う可能性もあるかもしれんから、心構えぐらいは必要かもしれんのう……。卑猥だから全否定するというのはひどい気もするしのう……。露骨な差別はいかんよなあ……」
インターニュも本気で悩んでいた。
難しい話なので、これは今後の課題ということで!