21 ひ弱な神の才能
「お前なあ、噛んだうえにただのあいさつで終わるとかどういうことじゃ! おぬしの好きな食べ物とか興味ないのじゃ! もっと神の偉大さを感じさせる内容にせんか!」
インターニュが説教をしていた。たしかに周囲を通りかかった人も「なんか、今、子供の自己紹介聞こえなかった?」みたいなことをしゃべっている。どうでもいい情報すぎて神が語りかけていると認識されてない。
「よいな。ちょっと怖いぐらいでもいいのじゃ。もっかいやれ!」
「はい、わかりました……」
こうして二度目のチャレンジとなった。
頑張れ、オルテンシア君!
「皆さん、ボクは大きな角が自慢の神様、オルテンシアです、よろしくお願いします……。ええと、怖がらせる、怖がらせる……………………がおー、がおー。ありがとうございました」
インターニュが近づいていって、頭を叩いた。
「お前! いいかげんにせえよ! なんじゃ、『がおー』って! お前、実は女子にかわいがられたいとか思っておるんじゃろ! 『女の子にしか見えないよ~』とか言われたいんじゃろ! 本気で強くなりたいとかこれっぽっちも思ってないじゃろ!」
「そ、そんなことないです……ボクはボクなりに……」
「もう知らん! お前からは本気度が一切感じられぬ! そんなんじゃ、サトゥロスに舐められるのも当然じゃ! 誰がこんな神、信仰するか!」
インターニュはムっとしてどこかに行ってしまった。犬の尻尾が左右にぶんぶん振られているから、相当怒っている。
「ごめんね、インターニュは気が短いから」
「いいえ、ボクこそごめんなさい……。こんなんじゃ、いつまで経っても信仰なんてしてもらえませんよね……」
オルテンシア君は涙目になっている。
私はそっと彼を抱きしめてやった。
言葉だけじゃ足らない気がしたのだ。信仰や奇跡が時に言葉を超えたもので表現されるように、同じ神を安心させるのにも言葉以外の手段が必要な時もある。
「君は君なりに生きていけばいいんだよ。強くなることだけが生き方じゃないし。元気出して」
「ファルティーラさん、ありがとうございます……」
神様にだって個性はあっていい。私はそう思う。こんな気弱な子がいてもいいじゃないか。
けど、信仰されるには威厳がいるというのも事実だ。何か信仰されるに足るすごいところがあればいいんだけど。
さて、このまま神殿に帰ると、インターニュに鉢合わせする恐れがあるな。もうちょっと時間を空けておきたい。
「せっかくだし、この町の畑でも見に行こうか。何かわかることがあったら教えて」
「はい、ボクでよければ……」
私はオルテンシア君の手を引いて郊外に出た。なんか弟か妹かよくわからない子ができた感じだ。
畑では何種類もの野菜ができていた。ただ、例年より実りは悪い気がする。
「もっと、いい肥料があればいいんだけどね」
「ちょっと待ってください」
すると、オルテンシア君は畑に近寄ると、熱心に作物を見ていた。
「これ、実を間引かないとダメですよ。栄養が分散しますから、まともなものができません。それと、植えてる間隔も狭すぎますね。土地は広いんですから、もっと分散させるだけでも全然変わってきますよ」
あれ? オルテンシア君の顔がさっきと違ってたくましく見える。
「この野菜は強い日の光に当てすぎですね。この時期は布で覆ってあげたほうがいいですよ。こっちのはそもそも植える時期を間違えてます。二か月は後に植えればもっといいのができますよ。これはもう収穫してから追熟させるべきなのに、摘んでないですね」
「え? オルテンシア君……もしかして農業のこと詳しい……?」
「元々は豊穣をつかさどる神ですから……。そのせいで、かつては女性神と勘違いされた時期もあるみたいなんですが……。この畑は肥料以前に基礎的な知識が不足してます。それで大半の部分は改善できると思います」
私はオルテンシア君の手を取った。
「あなた、すごいよ! これなら絶対に尊敬されるよ!」
「え……。こんなの、ちっともたいしたことないですよ……」
褒められるのに慣れてないのか、オルテンシア君は顔を赤くして戸惑った。
もしかして、この子が不安げな顔をしているのは、人に褒めてもらえてないからじゃないだろうか?
ならば、私が褒めまくってやる。
私は彼を胸にかき抱く。
「オルテンシア君、あなたには人を幸せにできる知恵がたくさんあるよ。それをみんなに教えてあげれば、きっと喜んでもらえる。そしたら、君ももっと笑顔になれる」
「ボクなんかが……?」
「うん、大丈夫、絶対大丈夫。それまで私がついてるから。あなたのすごさに私はちゃんと気づいてるから」
「ボク……勇気が出ました……!」
これまでよりも力強い声で彼は言った。
それからオルテンシア君は農家の人を中心に、正しい栽培方法について語りかけていった。
やがて、その方法を試した農家の収穫量が明らかに上がっていき、農家の人を中心にオルテンシア君への信仰が広がりはじめた。
ついにはオルテンシア君の神殿がニューカトラの町にも建つまでになった。ただ、神殿とはいっても、丸太を組んだものに収穫した藁を使った、三角屋根の小さな小屋だ。この藁は定期的に変えられて、植物の再生を祝うらしい。
そのままオルテンシア君はニューカトラに住むことにした。今ではこの町の四人目の神となっている。
「おぬしにもいいところがあったのじゃな。前と比べても瞳が輝いておるぞ」
インターニュも彼のことをちゃんと認めてくれて、今では関係も良好だ。今もインターニュが彼のヤギ角を撫でている。
セルロトのことは、ちょっとおっかなびっくりな様子だけど、本気で怖がってるわけでもないようだし、こちらもそのうち慣れていくだろう。
「インターニュさんに怒られた理由も今ならはっきりわかります。強くなりたいなら行動で示さないといけなかったんです。でも、ボクは明らかに逃げ腰で、言葉とやってることが矛盾してたんです。ウソをつく神様はよくないですから」
「そんな言葉まで言うようになったのか。おぬしは本当に成長したのう」
インターニュも今では妹――あるいは弟――のようにかわいがっている。
「じゃが――女っぽいところは変わらんのう……」
やっぱりオルテンシア君はワンピースみたいな姿をしていた。
「…………なぜか、女性神だと思われているらしくて」
彼の神殿には女性向けの服ばかりが奉納されているのだ。豊穣の神って女性ってイメージがあるし、なかなか誤解は解けないらしい。
「あの、ファルティーラお姉ちゃん……」
ちなみに、私はお姉ちゃんと呼ばれている。
「神託でボクが男だって言ってもらえませんか……?」
「もう、民衆の間で女性神って広まりすぎちゃってるし、混乱が起きそうなんだよね……。このまま我慢して……」
「うぅ……わかりました……」
オルテンシア君はがっくりと頭を垂れた。