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15 邪神がやってきた

 しばらくして、誘拐犯人の隊商が死んだという情報が入ってきた。といっても、密偵を送り込んだりしたわけではない。

 首都ニューカトラに来たキツネ耳商人たちが伝えてくれたのだ。言うまでもなく、商人達の大半はまともに商売しているし、仮に悪徳商人だとしても誘拐までをやる人間はほぼいない。


 狐人族の商人の中でも有名なワルだったらしい。彼らは名前も知っていた。モヒルダといったそうだ。


「モヒルダは商人というより実質的な犯罪者ですよ。俺達の仲間でもあいつに襲われてみぐるみはがされた奴がいるんです」

「キツネ耳だからって、あんなのと一緒にされるのは困ります……」

「ほかの地域でも誘拐をしていましたね。そりゃ、あんなことを続けていればまともな死に方はできないでしょうよ。沙漠で骨だけになったらしいけど、いい気味ですよ」


 私たちの国はとんでもない奴に狙われたということか。

 それだけ獣人王国の勢力範囲が拡大している証拠でもあるのだが。


 同じような犯罪者が獣人王国を荒らすことはあるかもしれないが、ひとまず犯人の死亡を持って、この事件は終わったと見ていいだろう。


 結果として、私とインターニュに対する国民の熱心な信仰と、得意げになるインターニュが残った。


「おぬしが髪を切らんとあのキツネ耳も動かなかった。だから、ある意味、わらわのナイフのおかげじゃな。どうじゃ、かっこよかったじゃろ?」

 しばらくの間、インターニュはドヤ顔をしていた。

 たしかにあの時のインターニュはかっこよかったけど、そこでドヤ顔するからかっこよさが半減するんだよなあ……。


「じゃあ、これからも私を信仰してね」

「ふん、もともとお前はそれなりに信仰しておったわ。でなければ、土壇場でお前に力を貸せんじゃろうが。あの邪神の信仰はともかくとして、わらわが考える信仰というのは、そういうものじゃ」


 照れくさいのか、インターニュは顔をぷいっとそらした。

 あれ、今、すごくうれしいことを言われたような……。


「ありがとうね、インターニュ……。やっぱり、あなたは獣人王国の大切なパートナーだよ」

「ああっ、もう混ぜっかえさなくてよい! こっちも恥ずかしくなるわ! 話題を変えよ! 変えるのじゃ!」


 そこに都合よくリオーネがお茶を出してきてくれた。

 世の中には空気を読めない人もたくさんいるが、その逆で絶妙に空気を読んでくれる人もいる。リオーネは一言で言えばそういう子だ。こんな気がきく子、ほかにいないぞ。もっとも王様だから国民が気がききますねと言ったら、不敬そのものだけど。


「本当にこのたびはお二人ともお疲れ様でした。私も国王として事件の解決を心からうれしく思います」


 国王がお茶を入れるというのもどうかと思うが、巫女でもあるからしょうがない。


「うむ。今回はとことん疲れたぞ。相手が邪神であったからな……。神といえどもほかの神が相手ではちときつかった」

「そうだね……。あんな邪神とはもう戦いたくない……」

 かなりの強キャラだった。ああいう、ずっと淡々として丁寧語使ってる奴はたいてい強いのだ。


「ところで、その邪神ってすごく醜悪な顔をしてたりするんですか? いかにもモンスターっていうような」

「ううん、むしろ顔は整ってるよ。キツネ耳の女神」

「じゃあ、すごく性格が悪いとか?」

「性格が悪いというより、あれは冷淡なのじゃな。とてつもなくビジネスライクというか。ある意味、商業民族の神としては正しいかもしれんな」

「…………もしかして、この方ですか?」


 リオーネが手で示した方向にセルロトがいた。


「うあああああああああ! あんた、なんでいるのよ!」

「ここが神殿ですか。なかなか居心地がよさそうですね」

「まずは、こっちの質問に答えて!」


「一つはファルティーラさん、あなたに『信仰』されたからですよ」

 やはり、そういうことになるのか。

「百二十パーセント打算あってのものだけどね」

 意訳すると、「だから帰ってくれてけっこうですよ」という意味になる。


「たとえ、それが窮地の打開のためという打算に満ちたものであっても、あなたはその打算ゆえに実に強い心を持たれました。わたくしが重要視するものとは、わたくしにすべてを投げ出して帰依する心ではなく、わたくしに力を借りようとする際に現れる心の振幅そのものなのです」


 生まれた時から満ち足りた生活をしている貴族のように、セルロトは優雅に微笑んだ。結局のところ、インターニュとセルロトでは求める信仰の質が違うということだ。


「ええと……つまり、自分のためにどれだけ強い感情を見せてくれたかが、あなたにとっての価値になるということ?」


「そうとらえていただいてかまいません。しかし、ファルティーラさんのお気持ちがなくてもわたくしはここに来ることぐらいはできましたが」


 どういうことだろう? 信仰の実績がなくても干渉できる力があるのか?


「実は、ニューカトラでもわたくしの信仰が広まってきたのです。それで、こちらにも顔を出すことができました」

 えっ? そんな邪教みたいなのが広まるの困るぞ……。


「ほら、この町にも狐人族の商人がよく訪れるようになっているではないですか。彼らがここでもわたくしのことを信仰していますし、規律の厳しい、穏健的な結社はこの地の住人にセルロトを祀らないかと提案していたりするんです」


「えっ? ばらしたりしてその人たちはいいの?」

「結社の中での規約も違いますし、私自身の存在までは秘密にされていませんからね。秘密たるものは結社が行っている内容ですから。そもそも完璧に秘密だったら、信者が増えることはないでしょう?」

「言われてみれば、そうか……」


 教団がカルト化することと、その教団が信じる神が異形のものだったり、邪悪なものだったりすることとはまた別なのだ。

 私のいた国でもごく一般的な神を、実は特殊な力を授けてくれるものと考えて祀っていた人たちがいた。


「あなた自体が純粋な邪神なんじゃなく、邪神的な側面も併せ持つ神格だということね」

「そうですよ。わたくしが邪悪なのではなく、信者の中に邪悪な心を持つものがいたということです。わたくしはあくまでも中庸で、願いを受けて動くだけです」


 悪いのは神ではなく、人間か。


「それと、あなた方が救おうとした人々の前にわたくしも姿を見せたことがあるので、キツネ耳の神についての話も、少しは広がりつつあるんですよ。その話を聞いた商人がセルロトという名を出すこともあるでしょう」


 だったら、商人がよく来るニューカトラでセルロト信仰がはじまること自体はおかしなことじゃない。来てほしいかは別として。


「無論、わたくしとしては厳格な規律を持つ秘密結社みたいな団体がいるほうが力は発揮できますけれど。この町での信仰は、そういうものと比べればはるかにゆるいのですが、それでも信仰が広まることはうれしいですね。今なら、わたくしの信仰を弾圧すれば信仰は途切れるかもしれませんが?」

 試すようにセルロトがそんなことを言ってきた。


「はぁ……。私はこの国に多様性を持たせようと思ってるの。いろんなものを受け入れないと小さな国は大きくなっていけないからね。だから、弾圧なんてできないよ」


 これが私なりの正義の貫き方だ。平和な範囲ではセルロト信仰を許さないと、ニューカトラとこの国の未来に傷を残すことになる。


「ご理解いただきありがとうございます」

「はいはい。あまり悪さはしないでね」


 丁寧にセルロトは頭を下げてきた。

 横でインターニュは苦々しい顔をしているが、向こうが下手に出ている以上、受け入れよう。


「というわけで、今後ともこの神殿に寄らせていただきますので、よろしくお願いします」


「待って……。なんで、わざわざここに来る必要があるのかな……」

 単純に、食えない相手なので、頻繁に来てほしくはない……。


「同じ神ですし、それにファルティーラさん、あなたはわたくしを信仰しているはずですから」

「いや、あれははずみというか展開的にそうするしかなかっただけで」


 やたらとセルロトが顔を近づけてきた。


「いいえ。一度、はっきりと信仰告白をされた方にはわたくしは離れない性分ですので。どうか、今後のご用命もよろしくお願いいたします」


 なんというか押しの強い商人みたいだ……。

 だからこそ、商業民族の神なのか……。


「あと、これは私の性情の問題なのですが――」

 なぜかセルロトは私を上目づかいで見ると、どことなく淫靡な笑みを浮かべた。

「わたくし、あなたのように熱血肌の神は嫌いではないんです。諦めろと言ってもかたくなに諦めないような。そういう強い心をお持ちの方は、こう、かまってあげたくなるというか。要約すると、あなたのこと、わたくしは気に入りました」


 軽く寒気がした……。

「あなた、もしかしてわたしのこと、いいおもちゃだなとか思ったりしてないでしょうね……?」

「しばらくの間は、そばで見ていたいなという気持ちはありますよ? あなたのそばにいると、いろいろと面白いことが起こりそうですから」


 この神は慎重に使わないと危ないことになるぞ……。


「ちなみに、わたくしの尻尾、かなりのもふもふ具合なのですが、友愛の印に触ってみますか?」

 妙な提案してきたな……。

「いえ、遠慮しとく。まだ、あなたにそこまで心は許してないから」


「ああ、それとインタさんもよろしくお願いしますね」

「だから、なんでわらわの名前は省略するのじゃ! ちゃんとインターニュと呼べ!」

「あと、インタさんのイヌ尻尾よりはもふもふ感ありますよ」

「そんな要素で比較するな! しかもこっちが負けてるのは腹立つのじゃ!」


 少なくとも、セルロトがインターニュを軽く舐めているのはよくわかった。


「ああ、巫女さん、わたくしにもお茶をいただけませんか?」


「はい! 今持ってまいります!」


 リオーネも国王なのに、巫女のせいで下働き感がずっと消えなくて不憫だな。でも、リオーネの性格で威張り散らすとか無理そうだし、今のほうが本人には合ってるのかもしれない。

 そのあと、新たにできたという家一軒分ぐらいの小さなセルロト神殿を見に行ったら、キツネ耳の獣人がお祈りを捧げていた。商人ではなくニューカトラに定住している者のようだ。


 じわじわと獣人王国も多様性が出てきたな。

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