14 事件の後始末
もっとも、人質が解放されても、誘拐犯の罰はまだ終わってない。
「おぬし、こやつらの処遇はどうする? 殺すか?」
インターニュは冷たい声でそう尋ねてきた。
「神が人の生殺与奪を自在に扱うのはよいこととはされてないよね。それは神にとっての禁じての一つだから」
「なら、こんな無法者を生かすというのか? こやつらは生かしておけば、どこか違う土地で必ず同じようなことをしでかすぞ?」
インターニュが憤るのもわかる。人間の行為にわざわざ感情を動かさない超越者的な視点の神もいるが、インターニュはそういう意味ではより人間的だ。
「だから、死ぬのを待つよ」
私は砂を巻き上げ、容疑者の上に吹きかけていった。
「彼らの金縛りはきっと、ここで命を落とすぐらいまでは解けない。そのうち、夜が来て、冷えこめば凍え死ぬから。ここは街道ですらないし、助けが通ることもない。助けの手を差し伸べるのを放棄するだけで彼らは恐怖し続けたまま死んでくれるよ」
私は淡々と言った。
彼らを許すつもりはまったくない。ただし、神としての節度も守らせてもらう。
さっきから金縛りの隊商連中が助けてくれと叫んでいるが、うるさい。守るつもりのない人間の声は虫の鳴き声のように聞こえる。
「なるほどのう。そういう落としどころか。わかった、わかった」
インターニュも私なりの「罰」に納得はしてくれたらしい。
「しかし、殺さない程度ならよいであろう?」
いきなり、犯罪者達から絶叫のような悲鳴が聞こえはじめた。
「陣痛に近い痛みだけを発生させてやったわい。その程度の罰は与えてもよいじゃろう?」
「あなた、そんなことできるのね」
「出産で苦しむ者の痛みを知らなければ、それをやわらげてやることもできんじゃろ」
「わかった。これが罰ということにしよう」
痛みと恐怖に耐えて、死ぬまでしばらく過ごしてくれ。おそらく、ここですぐに命を奪われるよりつらいだろうが、神に挑戦した者の報いだ。
私の最大の目的は獣人王国の人々の幸せを守ることにある。それを真っ向から脅かす組織をのさばらせることはできない。あなたたちは慈悲の心をかけられないほどにやりすぎた。
これにて、犯罪者の処遇はおしまいだ。
「しかし、おぬし、さらわれた者達を救うためとはいえ、厄介な邪神を信仰してしまったのう。あとで、余計な事態を巻き起こさなければよいが……」
それを心配されると、私のほうも不安になってくる……。あんなのに関わったことはなかったからなあ……。
「た、多分、大丈夫じゃないかな……。あの子が求めてるものって、究極的に信仰心というよりも代価っていう意味での覚悟なんだよ。自分をより強烈に求める者を見てやろうっていう興味本位の要素が何割かあるはずだから」
「――と言って、自分を安心させようとしておるじゃろ」
うっ……ばれてる……。
「ガチ邪神と接点持ったことなんてないからなあ……」
私の中では、あいつはあくまで善悪を気にしない神なだけで、悪神ではないから、まだ大丈夫という見立てをしている――が、どうなるかは読みきれない部分もある。
「けど、代替ができる代価だったから、それ自体はどうでもいいんだけどね」
私は切って短くなった自分の髪を――再び伸ばした。
腰にかかるぐらいまで黄金色の髪がたなびく。
「なっ……? おぬし、髪の毛、伸ばせるのか?」
「うん。私はできるよ。あのキツネ耳の神が知ってたかどうかは謎だけど」
露骨にあきれたため息をインターニュはつく。尻尾もぺたんと垂れていた。
「なんじゃ、その程度の価値しかなかったのか。あの神もがっかりしとるじゃろうのう」
「価値が低いって意味にはならないよ。神様の髪なんて、すごく特別なものでしょ。セルロトが納得したのもそのせい」
「……そういうことにしておく」
その後、捕まっていた住人たちは沙漠の中をどうにか帰路目指して歩いた。これは彼らの足でやってもらうしかないのだ。不幸中の幸いなのは歩けないほど足の弱った人がいなかったことだ。奴隷要員だったぐらいだから、体は丈夫だった。
彼らはずっと私とインターニュの名前を呼び続けていた。私達の名を呼ぶ限り、希望は生まれるだろうと、託宣を彼らに与えたのだ。
事実、黙っていれば、どんどん心が弱っていくからな。
途中、恐ろしい夜がやってきた。
沙漠の冬は冷える。体で寒さがきしむし、どっちを歩いているかまったくわからなくなる。わずかに方角がずれていても、大きく帰りつくべき場所からずれてしまう。
「みんな、頑張ってね。諦めずに歩けば必ず帰れるからね」
私とインターニュは光で帰るべき道を指し示した。
これで夜の闇でも方角はわかるだろう。
「ファルティーラ様とインターニュ様のお導きよ!」
「歩こう! きっと、救われる!」
彼らの心はそれで蘇ったらしい。
そのまま、どうにか歩き続け、やがて救出のためにやってきた獣人王国の軍隊に発見されて、無事に助け出された。
村人が全員生きて帰還できたことは、すぐに獣人王国各地に広まった。そこには、私とインターニュが起こした奇跡も当然含まれていた。
私達の信仰はその事件を境にはっきりと強くなった。
とくにあとから獣人王国に編入された地域の民衆が、信心深いニューカトラの人々みたいに神殿で私たちを讃える言葉を自然発生的に叫ぶようになった。
――第一の守護神ファルティーラ、気高く、希望を与える神!
――第二の守護神インターニュ、正義を愛し、悪を憎む神!
――私達はあなた様方の下で生かされております!
そういった言葉をみんな、心から口にしてくれていた。小難しい経典にそう書いてあるから言っているというのではなく、信心から素朴に生まれた言葉だ。
自分を讃える言葉を聞くのって、どこか照れくさいけど、そのうち慣れるだろう。
今回の事件で、私もこの国もきっと一回り大きくなっただろう。
「それでも、邪神みたいなのが絡む事件は本当に二度とごめんだけどね……」
私は率直な心境をリオーネに語った。本音を話せるのはインターニュのほかはリオーネぐらいしかいないから。
「もう、邪神セルロトと会わずにすめばいいなあ……」
「あの、ファルティーラ様……そういうのことは多分あまり口にしないほうがいいと思いますよ……」
そうだね、もう邪神のことは忘れるようにしよう……。
本日も二回更新できればと思います。次回は夜の更新予定です!