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あなたのせいで

作者: 円坂 成巳

 午後9時13分、街灯もない山道の路肩に、車が一台止まっている。


「違うの。そういうことじゃないの」


「でも君が言ったんじゃないか」


「そういうことじゃない。なんで自分で判断できないの」


「僕は自分の判断で動いているよ」


「いつも私の言うなりじゃない」


「それが互いの精神衛生上一番だからだよ。僕がそう判断したんだ」


「つまり私のせいだって言うんでしょう。いつもそうだわ」


「そうは言ってない」


「言ってるわ。そうして結局、私にばかり決めさせる。今回だって、あなたが強引に沖縄に行こうって通せばよかったのよ。秘湯に行ってみたいとは確かにいったけれど、こんな山奥に来ることなくてよかったのに」


「前回それで韓国に連れて行ったときは、君は台湾がよかったってずっと愚痴を言いっぱなしだったじゃないか。あれじゃお互い楽しくないだろう。僕は君と一緒なら楽しめるから、僕が合わせた方が合理的だと思って」


「それが私に責任を負わせてるってことになるのよ。この車の色だってあなたが青がいいって言ったけど、私が赤がいいって言ったら、赤にしちゃったでしょ。今思えば青の方がよかったと思ってるのよ。でも私のせいで赤になっちゃったって思ったらあなたを責められないじゃない」


「僕は車種にはこだわったけど、色にはこだわりがなかったんだよ。いや、地味な色は避けて派手にしたいとは思ってたけど、赤か青かならどちらでもよかったんだ。それなら喧嘩になるよりは、君に合わせた方がいいって」


「それがだめって言ってるのよ。私だって、その時の気分で言ってるんだからあなたが自信もって決めてくれたらよかったのに。だから、頼りないって感じちゃうんだわ。今だってそう。まるで道を間違えたのは私のせいみたいじゃない」


「君だけのせいではないよ。君の言うとおりの道を進んでしまった僕の責任でもある」


「もうイラっとするわね。何で自分がしっかりしてなかったせいだって言えないわけ」


「そういったら、僕のせいだって責めるんだろう」


「当たり前でしょ」


「それは嫌だから、君にも責任の一端があることは主張しないといけない。僕はナビの示す道がおかしいんじゃないかって言ったのに、君がナビのとおりに進めっていったんだろう。僕の言うことが信頼できないからって」


「だからって完全に迷うまで進むことないでしょう。私のいうことは無視すればよかったのに」


「そうしないと納得しなかったじゃないか」


「無視しておれに任せろって言ってくれればよかったじゃない。自分に自信があったらそうするはずでしょう。そうしたら見直してたわよ。なのに人の意見に流された結果、こうなったんじゃないの。つまり、あなたに主体性がないからこうなったの。私にいいところを見せる最高のチャンスだったのに、あなたはチャンスを棒にふったのよ。わかるかしら」


「ううん。いや、もういいや。君の言うことには一理あることは認めよう」


「当然よ。私の言うことはいつも正しいんだから」


「それはそうとして、問題はこれからどうするかだ」


「ほら、そうやってすぐ私を頼ろうとするんだわ」


「いや、一人よりも二人の知恵を絞るべきじゃないかな」


「私が頭悪いって知ってるでしょう。せっかくいい大学でたおつむをこういうときに活かしたらいいのよ」


「そうだか、考えられるのは、車が動かない以上しかたないから、まずは明るくなるまでここで一晩を」


「ちょっとそれっておかしいでしょう。すぐそうやってありえないことを言うからいらっとするのよ。トイレもシャワーもないのよ。信じられない」


「一晩いるのが嫌なら、この暗闇の中を歩くしかないんだがさすがに危ないだろ。懐中電灯はあるから、君が歩けるというなら歩くけど」


「それこそありえないわね。そうじゃないでしょ。なんのために大学でたのよ。どうにかして車を直しなさいよ」


「僕は経済学部だったし、機械には詳しくないんだよ」


「つかえないわね」


「面目ない」


「なによめんぼくないって。ばかにしてるの」


「そんなつもりじゃ」


「すなおにごめんっていえば許してあげたのに」


「ごめんは聞き飽きたって言ってたじゃないか」


「だからって、めんぼくないはないでしょ」


「じゃあなんて言ったらいいんだい」


「だから私に聞かないでよ。自分で考えて」


「やっぱり一晩過ごすしかないよ。早く寝てしまおう。初夏だし、お菓子も飲み物もあるし、キャンプだと思おう。ランタンがあるから明かりも大丈夫だよ。後部座席を平らにできるし、キャンプよりもいいかもしれない。水のペットボトルあるから、歯みがきもできるぞ。明日は、明るくなれば車の一台も通るだろうし、いざとなったら3時間もあるけばいいさ」


「しかたないわね。クッションは私が使うわよ。あとお菓子をとってちょうだい」


◆◆◆


 午後11時34分。街灯は無くとも、空には星が明るい。虫の声、そして蛙の鳴き声が響く。


「ねえ、起きて」


「なんだよ。やっとうとうとしてたのに」


「聞こえなかった?」


「何が?」


「変な音」


「車でも通ったんじゃないか。夜はあきらめて明るくなるまで待とうって」


「そうじゃなくて。人の声なのよ。むんむん言って念仏みたいな」


「念仏だって?」


「近づいてきてる感じだったの」


「夢でも見たんじゃないか。何も聞こえないぞ」


「ねえ。外を見てよ」


「やだよ。寝させてくれよ」


「お願い。怖いのよ」


「めんどくさいなあ」


「なんですって」


「はい、今見ますって」


「きゃあ」


「どうした」


「今何かいたのよ。赤いのが。人みたいな形してた」


「動物じゃないかな。こんな山の中なら、猿とかいてもおかしくないだろ」


「違うわよ絶対。ああ怖い」


「ちょっと待って。今外を照らしてみるから。窓開けるよ」


「どう、何かいる」


「何も。見間違いだよ。さあ寝よう」


「本当に本当でしょうね。あなたの確認って適当なのよね。こないだも洗った皿に汚れがついていたし、洗濯物もシワがとれてないし、結局なんだって私がやらないといけなくなるのよ」


「じゃあ、君がみてごらんよ」


「じゃあってなによ。あなたが見なさいよ」


「大丈夫。何もいないよ。蛙の大合唱がうるさいばかりだ」


「見間違いかしら、なんだか怖いわ」


「さあ、寝よう。明日はたくさん歩かなきゃならないかもしれないしね」


◆◆◆


 深夜1時42分。草木も眠る丑三つ時が近づいた時間。虫の声も蛙の声も不自然なほどに消えている。


「ねえ、起きてよ」


「う、ん、何だよ。やっと寝れたのに」


「なにか変じゃない」


「そうか?」


「やっぱり聞こえるのよ」


「念仏かい」


「念仏かどうかはわからないけど、人の声だと思う。むんむん言ってる」


「なにか動物か虫の声なんじゃないかな。モスキート音とかさ、聞こえ方に個人で差がある音かも。こないだテレビでやってたぞ。ちょうど君にだけ聞こえる音なんだよ」


「そういうんじゃないのよ。人間が低い声でうなってる感じで、頭の中に直接に響いてくるのよ。ほら、今も。なに、許さないって。何言ってるの」


「落ち着け」


「え、何。私のせいだって言うの」


「どうしたんだよ」


「やばいわ。昼間に丸清水の神社のパワースポットを見に行ったじゃない。あの裏で、倒しちゃったじゃない。石碑みたいなやつ」


「ああ、山の神様を祀る石碑だっけ」


「あれよ。あれを倒したせいで追いかけてきたのよ。ばちがあたるの」


「おい、どうしたんだよ」


「ちょっと待って神様。あれを倒したのは確かに私だけど、そもそも、あんなところで記念撮影しようとしたこの人が悪いのよ。私のせいじゃないわ」


「君は何を言ってるんだ。あ、待て、聞こえてきたぞ。なんだ、おれのせいじゃないかって。心の臓をよこせっておい、死んでしまうじゃないか」


「よかった。あなたにも聞こえるのね」


「ひどいな、僕を巻き込んだのか。しかし、あれが僕のせいってのは言い過ぎじゃないか。どう考えても、君が石碑に寄り掛かろうとしたから悪いんだろ」


「そうかしら。あなたがあそこで記念写真を撮ろうって言い出さなければ、石碑に近づこうとすら思わなかったわ。あなたの趣味に合わせようとした結果よ。しかも、今回の旅行プランもぜんぶあなたが考えたわけだから、石碑が倒れたのは、あなたのせいと言わざるをえないわ」


「ちょっと待ってくれ。君は僕に主体性がないとかなんとか言ってなかったか。それこそ、君に主体性がなかったから、今回のプランになって、君が石碑を倒すことになったんだろう」


「だから、なんでそこで、おれが責任もって考えたプランだから全部責任持つって言えないのよ。男らしいところ見せるチャンスだったでしょ」


「おい、なんだか声が大きくなってきたぞ。時間切れだって。なんだ、おい、窓、窓に」


「やだ、ちょっと。これやばい。手、赤い」


「鬼だ、これ鬼だろ」


「知らないわよ。どちらのせいか決められないなら両方だって言ってるわよ。ああ、もう無理。いっせいので、どっちのせいか結論を言うわよ」


「わかった。仕方ない」


「いっせいので!」


「僕のせいだ!」「私のせいよ!」


「え」「あなた」


「ごめん。君がそんな風に言ってくれるなんて」


「私こそ、言い過ぎたわ。二人であの世に言っても仲良くしましょ」


「あ、おい、なんだって。え、二人の愛に免じて許すって。怖がらせるだけのつもりだったが、片方に罪をなすりつけようものなら本当にばちがあたったかもしれないだって。あ、危なかった。明日には必ずお寺に謝りにいきますから。ありがとうございます。すいませんでした」


「ほんとうよかったわ。神様ありがとうございます」


「消えた、のか」


「そうみたいね」


「助かった。しかし、君があんな風に言ってくれるとは思わなかったよ。感動しちゃったな」


「はあ。ちょろいわねえ。あなたも、神様も」


「え、どういうことだい」


「あなたがあそこで、自分のせいって言うことはわかっていたわ。だって私を愛しているもの。だから私が何て答えるかだけが問題だったのよ」


「なんだって」


「とっさに考えたのよ。昔ばなしとかでも、正直者とか欲がない人だけが助かったりするじゃない。だから、私が自分のせいだって認めるほうが確実だと思ったの」


「計算づくだったっていうのか。でも万が一ってことがあるだろう。寝る前は喧嘩もしてたんだし、僕が君のせいにしたかもしれないんだぞ」


「その場合、あなただけがあの世行きだったかもね。ああ、誤解しないでほしいんだけど、あなたを見捨てるつもりはなかったわよ。あなたが私を愛しているのは知ってるけど、私もあなたを愛してるってわかってくれてるのかしら。私、あなたなしじゃ生きていけないんだから」


「おい、エンジンかかったぞ」


「話、聞きなさいよ!あなたはいつもそう」

コミカルな感じを意識してみました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 会話だけでの演出で恐怖を表現するのは凄いですね。 ドキドキしておもしろかったです。
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