05.酷すぎやしませんか
「え? な……なに言ってるのユリ?」
玲の顔に一瞬焦りと怒りが出たことを私は見逃さなかった。
たぶん本当の玲にこの事を言ったら真顔になって、はえ? とかそんな間抜けな事を言ってくるだろう。しかし今、目の前にいる玲が現わしたのは焦りと怒りだ。これは何を表すか。私の中の仮定が確信に変わった。
「というか、間違いだっだらいいんだけどとか言っておきながら、もう私の中で確信ついちゃっているんですよ。あなたが本当は玲じゃない事。なんかごめんなさいね。すっごくノリノリであの玲を演じてくれてたから言いにくくなっちゃって」
偽玲はみるみる顔を歪ませていく。もう少し粘れよとは思うが、もともとそういうキャラではないのだろう。
というか、顔がすごく怖い。それに短気すぎる気がする。うん。そういえば鬼の形相ってこういうこと言うんだろうな。あ、でも氷菓さんには劣る気がする。あの人が怒るともうだれにも止められない。天変地異だ。綺麗でかわいい人なのに怒ると顔がもうこの世のものではなくなるもんなあ。
まあ、いつもの怒りの矛先は玲なのだけれど。
偽玲さんはもう顔の仮面も保とうとする気はさらさらないらしく、とても怒りに満ち溢れていた。
「だから? なんで? どういうこと?」
耳に届いた声もさっきの声とは比べ物にならないぐらい、ドスが効いている。しかし、私はそんなことは気にしない。無視し、真顔のまま眉を一つ動かすことなく言葉を続ける。
「えーと、あのですね、“あなた達”玲が言ってた“敵”とかいう人達でしょ? ごめんなさい、あいつもの食べるときはまず自分が食べるものを確保してから食べ始めるという癖があったりするから……そこで解ったんです」
もちろん、こんなのは嘘だ。もっと違う理由がある。絶対に言わないけれど。
「ふーん。で、俺が何らかの変装をした別人だと推理したわけなんだ」
「はい」
「そっか」
少し納得してくれたようだ。この人ちょろ過ぎないか? じゃあ、こっから一気に畳み込んでいくとするか。
そうして私は急に真顔から楽しそうに頬を緩めてから前のめりになり、取り繕うように手を大げさに振るう。
「あっそれだけじゃないですよ!!」
「え!?」
その行動にやはり相手は驚いてくれた。私は表の感情を作り変えるのは得意だ。昔は能力さんでどうにかしてしまったのだけれど、今は自分で作り変えるというスキルを身に着けることができたのでそんなのに頼らなくてもできる。よって私が超能力者だってバレない。
そして、何もないはずのところからかすかだが、物音が聞こえてきた。見つけた、二人目。私は笑顔を作りながらも周りへの警戒を全神経で行う。
しかし、表面はなるべくへらへらして、相手の注意をこの行動だけに注げるようにした。
「あのですね、あいつトイレ行って手を洗うのよく、というか皆無に近い感じで忘れて私に怒られてるから、もしかすると……てなカンジでですね! 玲じゃないとわかりました」
そして、これも嘘。言っていることは事実でも、これでは玲ではないと確信できない。
しかし、あまりにもショックだったのか、相手の人は黙り込んでしまう。
「…………」
「え、あ、うんと、大丈夫ですか?」
急に黙った相手に私は上辺だけの言葉をかける。そして、返ってきた言葉は予想したものどうりの物だった。
「そっそ……そんなことでばれたの!? え……だって、コレをするのにどれだけ歳月をかけたか!」
「デスヨネー」
もう、可哀想すぎてなんて言葉をかけていいのかわからない。
相手は落胆の表情を浮かべ、ある場所からは哀愁のようなオーラがだだ寄ってきている。私は立ち上がって二人から少し距離を取った。
「そんな……」
「ということで、お帰りいただけませんか? あと、そこにいる透明な人も」
ニコニコしながら姿を消しているやつがいるところに指を指す。しかし、それで引き下がってくれるほどの両親は彼らには持ち合わせてくれなかった。
「まだ、帰るにはやることが残ってるんだよな」
そこにあったのはもう、玲ではなく、違う人の姿だった。とても端整な顔立ちのいかにも体育系な男の人で筋肉がいい具合に服からでも見える。
おお、これ絶対モテる人だ。顔で人生バラ色の人だあ。なんとうらやましい。
「おー! やっと本当の姿を見せてくれましたか」
「でも、なんで俺のほかにこいつがいるって分かったの?」
男の人はさっきまで何もなかったほうに手を向けながら私に問う。手の方向に視線を向けると、そこにはかわいらしい顔つきの男の人が立っていた。体も見る限り華奢だから女装とかやらせてらいい感じにおどこをだませるだろう。
「それは秘密ですよ。でも、いずれわかると思います」
そう、いずれわかる。わかられてしまう。そんな感が私の身体を支配する。というか、玲の敵というのなら、なおさらだ。
「そーなんだ……。でも」
「今聞かないと、聞けなくなる」
男たちは私を哀れみ深い目で見てくる。いい心地がしない。
私は首を傾げた。
「? なんでですか」
「だって、敵を攻めるなら」
「まず身内からって言うだろ?」
あ、この人たちひどい。二(両方男)対一(女一人だけ)でやろうとしてる。まいっか、無抵抗で。どうせ、“死なないし”。
そう思いながらも私は顔をしかめ、目を潤める。
「うわー卑怯ー」
「だって」
「革命に犠牲はしょうがない」
目を潤めながら私は今の状況を楽しんで挑発するように、しかめた顔をニヤニヤ顔にかえて相手がむかつくような態度をとる。
「革命……? あんたら頭逝かれちゃってます?」
革命、とはどういうことなのだろうか。たぶん彼らは超能力者という者だろう。というか、そうなのだろう。体育会系の人が姿を変える能力で、華奢な男の人が存在と気配を消す能力。戦闘向きではないと思うが、結構使える能力だ。
それに、武器も所持しているみたいだし、私が息を引き取ってしまうのも時間の問題だと考えられるな。今回は、死ねるのだろうか。
「大丈夫、逝かれてない」
「そーなんですか、よかったです」
次に私はケラケラと愉快そうに笑う。コロコロと表情を変える私に華奢な男の人が溜息を吐く。
「調子が狂う……」
「狂ってくれたほうが私的にはうれしいのです。そして帰ってくだされば私は万々歳ですよ。どうです? お引き取りいただけるでしょうか」
「嫌だよ」
「もーちゃっちゃとやちゃいますかー」
体格がいい人がそう言った後、誰かの返事と共に何かが空気を斬る音が聞こえてきた。それと同時にわき腹に鈍い痛みが広がる。
「!? っつ……」
何だ? 今の。あ、凄い。生暖かい液体が体から出る感覚がする。
刺さったところから血があふれ出ているんだろうな。
私の体に痛みが起きる前に少しだけ見えたものを脳裏で再生してみる。あれは、銀の棒状のもので少しぎざぎざして、そのギザギザの部分は触っただけでも皮膚が切れそうな鋭利なものだった。だとしたら、抜かないほうがいいな。
私は素手で傷口を押さえる。
それを見てそれを放った本人はわざとらしく顔をしかめ、手を口の前に持っていく。顔がかわいいから妙にその反応が似合っているからなぜか感心してしまう。
「うわー! イタソー」
「いや、あんた達がやったんだろうが!」
「うーん。つっこむ力がまだあるのか。凄いな」
「普通の人ならさっきの一発でショック死レベルなのにねー」
「そーなんだ……」
この程度でショック死……。まあ、それもそうか。あのギザギザが刺さるんだからな。それなりにいたいだろう。私は、“慣れているから”そんなことがなかったのだろう。
私が相打ちをうった直後、また空気を斬る音と共に私の体に吸い込まれるように鉄の棒が刺さる。今度は一気に三つ来た。
「うっ……」
「今度はどーお?」
華奢な男の人、なめてた。こいつ絶対運動神経いいな。どこの二次元のキャラだよ。
男らはとても愉快そうに私を見ている。ムカつく。今回当たってしまったのは左肩、右胸、右足だ。まばらなところ投げてくれるじゃねえか。くっそう。
私は床に崩れるように倒れる。それを覗くように見ながら少年は楽しそうに笑う。
「おっやと倒れた。でもまだ気を失ってない……」
「ハア……ハア……」
右胸にあたったせいでどこからか空気が抜けている感じがして息がうまくできない。咳き込んだら口から血も出てきた。うわあ、グロイ。気持ち悪い。鉄の味がするな、これは自分でもどうかとは思うが、懐かしいと感じた。まあ、これに関しての思いでなどいい思い出など無いに等しいがな。
「ねえ、ロイ。どうすればいい?」
華奢な少年は体格のいい男の人に問いかける。どうやら体格のいい男の人の名前はロイというようだ。今になって名前が分かった。というか、名前効くの忘れていることを今思い出した。余裕がなかった証拠かな。
そして、ロイは少年に命令を下す。
「……あと一回同じのやって、それでもだめなら腹めがけて蹴り一発」
「了解」
……こいつら何? 鬼? 鬼の申し子なの? ひどすぎやしねーですか。あ、昔のこと思い出した。確かあいつも楽しそうに銃をぶっぱなしやがっていたな。
そうして、また銀の棒が私の体に吸い込まれていく。今度も三つだった。私が倒れているから当てやすかったのだろう。今度は左胸、右腕、右足だった。首に来なかったのが唯一の救いだろう。というか、こいつ一発で仕留める気なんてないな。
「っい……」
こいつら、確実に人間の急所狙ってきてやがる。だけれど、決定的に当たったら命取りになるところは狙ってこない。ふざけるなよ……。体が痛い。それに、両方の肺がやられたせいでさらに空気が漏れている音が体のどこかから微かだが聞こえてきている。おお、意識が薄くなってきた。やばい。
しかし、私はもう虫の息だというのに、少年は残念そうに、しかし内心は楽しそうに、呟いてきた。
「あーだめだ……気ぃ失ってくれない」
少年は私の背中に蹴りを加える。
バキバキッと、体から不吉な音がなる。体の中はもうグチャグチャだろうな。今息をしているのが不思議なくらいだ。
「あ……あいっ……」
ユリはもう声も出せないほどの状態になり、そのまま意識を失っていく。
「お前……やりすぎ」
「えだって、ロイがやれって言ったから……」
「でも、骨を折れなんていってない。あの武器で体をめった刺しにすればよかっただけなのに」
「大丈夫だよ! 息はあるみたいだし」
「……ハア。もういいいくぞ」
「あ、待ってよ」
そのあと、重いドアの音がしまる音が聞こえてきた。どうやらあの少年たちは帰って行ってくれたのだろう。良かった。
そしてその音と共にユリの意識は完全になくなった。