俺は女子高生を受け止める
〈落ちてきた!〉
落ちてくる赤音。
手足がだらんと垂れ、力なく重力に身を任せている。
そう言えば、飛び降り自殺をするときは一点を見ないと意識を失うと聞いた気がするが、本当だったようだ。
最も、赤音の場合は自殺ではないのだけど。
「あれ……結構な速さだけど大丈夫?」
人の体重に重力が加わり、どんどん速度を上げて落ちてくる。
中学生の時にそんな物理を習った気がするが、そんな法則やら理論は社会では使わない為に忘れてしまった。
こういう時の為に習ったのか……。
「ま、覚えてても役に立たないか」
着地地点で能力を発動させようとするのだが、ヘレンとキラーがさりげなく邪魔してきた。
「右右右右!」
〈馬鹿、左だ、オーライ!〉
そんな野球のフライを取る外野手じゃないんだからさ。
だけど、ヘレンとは一緒に移動しなければならない。
受け止めるにしたって、ヘレンから半径3メートル以上離れてしまえば――殺領域を発動できなければ、赤音も俺もぺしゃんこになってしまう。
「来た!」
俺は着地点を見極めて、欠陥を発動する。
半径3メートルの領域が赤くなった。
ふと、上を見ると――空中にある領域も僅かに赤く色づいていた。
「なるほど、上にも領域があるんだ。気付かなかったよ……」
今まで欠陥使った時は、戦ったり言われるまま使ってたから、全体を見ることが出来なかった。
〈殺領域は上下左右すべての範囲有効だぜ〉
要するに直径6メートルの球体を想像すればいい。
赤い領域に入った赤音の動きが鈍くなる。
動きが鈍くなると言うことは、落下の速度も遅くなる。
〈ふぁあ。あとは、受け止めればおしまいだ〉
キラーはあくびをしなら言うが、受け止める俺の身にもなれ。
「がっぁ」
受け止めた腕、衝撃を受けた足。
すべてが、バキバキと音を立てる。骨折とまでは行かないが、骨にヒビが入ったかもしれない。
「痛ェえよ! 馬鹿!」
誰に言うでもなく、俺は悪態を付く。
その効果あってか、何とか赤音を離さなかった。傷を負った直後から治るのは良いが、痛みは受ける。
良く、漫画の主人公でそんな能力を持っているが――冗談じゃない。
痛みだけで死んでしまう。
骨にヒビでこの痛み。
「身体強化してもやっぱ、落ちてくる人間は受け止めるもんじゃないな」
まだ意識の戻らない赤音を、優しく地面に下しながら能力を解除する。
「ふぅ、やったね。キラー」
呼びかけはしたものの返事はなく、もう眠ってしまったのだろう。
不定期に、長時間眠るキラー。
「眠るの早いね……」
俺も赤音の横に腰を下ろす。
「流石、生良兄ね」
「だから、ヘレンは何でそんなに偉そうなんだ」
腕を組んで褒めてくるが、もとはと言えば、ヘレンが上空に飛ばさなければこんな目に遭わずに済んだんだ。
瞬間移動させなくても勝っていたんだから――何もここまでする必要はなかっただろうに。
「やっぱ、格好いいわね生良兄は」
俺に聞こえない様に何か呟いた。
濃いわね?
何がだ?
「意味分からないこと言ってないで、赤音にはしっかり謝れよ」
「まあ、謝って上げてもいいわね」
「……しっかり謝れよ」
ちゃんとこの少女が赤音に謝るのか見届けたくもあるが、これは二人の問題だ。男の俺が割り込むことでは無い。
「ええ。所で生良兄はいなくなって一か月どこ行ってたの?」
「へ?」
「もー。心配したんだからね!」
俺に聞かれてもな。
俺は一か月前は違う世界で真面目に働いていたけど、キラーはどうなんだ?
いつから欠陥になって、どれくらい我道と戦っていたのか。
実家に帰ったのも覚えてない位だもんな。
「うーん……」
「やっぱ、そうよね。うん、なんでもないわ」
俺を悲しそうな目――雨の中捨てられている子犬を拾いたいが、親が絶対許してくれない、でも飼いたい。
そんな純粋な少女の目。
いや、何故そんな目で見る。
「とにかく! 一回私たちの家に戻りましょう?」
「私たちの家?」
キラー、アウトー!
頭の中にそんな声が聞こえた気がする。私たちの家って、まさか――少女と同棲? もしかしたら、こっちは結婚や付き合える年齢が限られてるのかも知れない。
「ヘレンちゃん。この世界の結婚は何歳からなのかな?」
「えーと、男性は18歳で女性は16歳だよ?」
「日本と同じか……。じゃあ、ヘレンちゃんは何歳かな?」
「13歳」
うん、やっぱ駄目じゃん。でも――なんで日本と同じ年齢で決められているのだろう?
俺はヘレンに聞いてみた。
「そう言った法律は全て我道 不折が決めてるわ。ていうか、生良兄……ひょっとして勘違いしてる? それは将来的にはそうかも知れないけど……私達の家って、組織――『欠楽の園』の事よ」
「『欠楽の園』」?
「欠陥者による欠陥者のための組織なのよね」
「秘密結社みたいだね」
秘密結社。響きこそカッコイイが、俺の中のイメージでは、悪い人間の集まりだと、感じてしまう。勝手なイメージではあるけれどね。
「ま、実際に来てもらった方が早いわね」
ヘレンが俺に抱き着きながら、
「チュっ」
投げキッスをする。
その顔が見れないのは残念ではあるが――瞬時に景色が変わった。
「おお」
瞬きしたら違う場所にいる。
瞬間移動とは便利だと思っていたが、いざ自分が体験すると気持ち悪い。旅は道中も楽しむと言っていたが、なるほど。案外それは的を得ているのかもしれないな。基本引きこもりの俺は、旅をしたいとは思わないけど。
「どこだ、ここは」
当たりを見回す。
目に付くのは、10階建てのマンション。
逆に言うと、それ以外は何もない。と、なるとここがヘレンの言っていた『欠楽の園』のアジトなのか?
「ヘレン……あれ?」
ヘレンに聞いてみようと思ったが、姿が見えない。恐らく、赤音を連れに戻ったのだろう。俺の予想は的中したようで、自分の体より大きい赤音を背負ったヘレンが俺の横に現れた。
瞬間移動とは分かっているのだけど、いきなり人が現れるという現象には慣れる気がしない。
「もう、いつまで寝てるのよ」
「ヘレンがやったんだろ」
ひどい言い草だな。
気絶している赤音を面倒くさそうに背負ているヘレン。
「ここが『欠楽の園』なのか?」
「そ、私たちの家よ」
マンションを持ってるって……。
組織なんて言うもんだから、てっきり地下室とか、研究室みたいな場所を想像したんだけど、いたって普通のマンションだった。
園って感じではないしな。
「さ、いつまでも外にいても仕方ないから、中に入りましょう。背中にいるこの腐れ尻軽を早く落としたいし……」
「落としたいって」
そんなことを考えている俺に、速く中に入るよう促してくるヘレン。
下すの間違いなのだろうが……。上空から落としてこうなってるのだから、落としちゃダメだろ。
ヘレンは赤音を引きずる様に歩いて、マンションの中へと入っていった。俺も少しためらいながらも後に続く。
「おじゃましまーす」
本当は俺の家であるから、そんな挨拶しなくていいんだろうが、俺にとっては他人の家だ。
『欠楽の園』
欠陥者の集まる組織の中に――俺は入っていく。