俺は女子の争いには口を出さない
この世界に来て様々な経験をした。
もう驚くことが無いと思っていたが、どうやらそれは俺の勘違いだったようで、腕を組んで仁王立ちしている少女。
お人形さんのよう、と言えば、平凡になってしまうが、しかし、きれいな少女は、作り物としか思えない。
「えーと……」
俺は何故、少女が道を塞ぐように立っているのか分からない。
いたって普通の歩道。
脇を通れば、少女を相手にしなくてもいい。
けど、その程度で俺は驚かない。
俺が驚いたのは――。
「あの子――いつからいた?」
「さあ?」
気が付いたら、一瞬目を離した刹那――少女がそこにいた。
こんな綺麗な少女が前に居たら、遠くからでも分かる気がするんだけど。
「何か、凄い形相でこっちみてるよ?」
「見られてるのは、俺じゃなくて赤音じゃない?」
さっきは人形みたいな、とは言ったけど、赤音を睨む少女の目は――鬼の目と言っても過言ではないだろう。
そんな目で俺達を見ているが、当然俺に覚えはない。
「知り合い?」
「いや、あんな可愛い子知らないわよ」
「そうだよな。変ギャとあんな純粋そうな少女が、知り合いなんてあり得ないよな」
俺と赤音は、とりあえず足を止め、少女に聞こえない様にこそこそ話しているが、その態度が良くなかったのか、
「生良兄」
と、不貞腐れて俺を呼ぶ。
「なんだ、生良の知り合いだったんじゃん」
「違う。と、言い切れないのが俺なんだよな」
頭の中にいるキラーを呼ぶが、起きてこない。
この世界での知り合いなんて、俺が知る訳ない。俺が居た世界でも知っているならばだしも。
若菜は俺でも知っていたから話せた。
でも、この少女は俺の世界でも見たこともない――金髪のハーフ美少女など、出会ったら忘れないと思うが。
「なんで、生良兄はそんな尻軽と一緒にいるの?」
「ビッチって……」
少女に相応しくない単語だ。
そんな言葉を言わせるなんて――赤音も罪な女だ。
「ねぇ、君。初対面のお姉さんに、そんなこといっちゃダメでしょ?」
頬を引きつらせながらも、優しく少女を注意する。
赤音にしては大人な対応だ。
「駄目? ビッチが私に気安く注意しないで貰えないかしらね?」
「ガキが……」
「ガキ? 私の名前はヘレン・ハイイェローよ」
「ハイエロー?」
「ちょっと、そこだけピックアップしないで貰えるかしら!」
嫌がるヘレンに、
「エロ、エーロ」
と、連呼する赤音。
全然大人じゃなかった!
流石に、小学生でもそんな意地悪しないと思うぞ。そんな子供じみた挑発に、麗しいヘレンが乗るとは思えない。
「う、ううう。うぅ」
泣いた。
可愛い少女が泣いた。
「あーあ、泣かせたな生良」
「おい」
「みなさーん、この人女の子泣かせてますよ!」
大声で赤音が叫ぶ。
昼間だったので幸いにも人はいない。このギャルは、俺達が追われてるのを忘れてるんじゃないだろうな?
「うぅううう! 私はエロくなんかない!」
萌えた。
泣き顔ハーフ美少女、萌え。
泣いたまま喋っているヘレン。
見た感じ中学生位だと思ったんだけ、もしかしたら、申し越し子供なのかも知れないな。
「どうすんだよ、赤音」
「うーん」
俺達がどうすべきか悩んでいたその時、
「生良兄~」
ヘレンが俺に抱き着いた。
「えー」
なに、この状況。
金髪の外人少女に抱き着かれるって。
「とりあえず、泣き止みなよ。この馬鹿なお姉さんの言うことなんて気にしなくてもいいって」
「うぅん、だよね」
目を擦りながら俺を見上げるヘレン――ふむ、少女趣味の無い俺だけど、このまま家に連れて帰りたい。
帰れる家がないんだけど。
「それで、ヘレンちゃんはどうして、いや――まずはこれを聞いておこう。君はどうやってここに来たのかな?」
一瞬で俺達の前に現れたんだ。
恐らくは欠陥ではあるんだろうけど、もしかしたら、この世界で俺の知らない移動方法かもしれない。
「へ? なになに、何言ってんの? 生良兄?」
「うん?」
「私の欠陥は、誰よりも知ってると思うんだけど?」
「ああ、そうか。詳しくは言えないんだけど――そうだね、僕は君の知ってる、黒羽 生良とは、別人だと思ってくれ」
「別人……?」
まじまじと俺の顔を見るヘレン。どんなに顔を見た所で、変わらないと思うんだけど。
「嘘よ。私が生良兄を間違えるわけないし……」
「そこが説明できないんだよ。同じ人間なんだけど別人なんだ」
「なーに、なぞなぞに嵌ったの生良兄?」
「そうじゃないんだって」
「はっ、これは私の愛を確かめるテスト?」
愛を確かめるって、年齢差を考えてくれ。
俺は21歳で社会人。
「大丈夫、私はどんな生良兄でも愛せるよ?」
「だから、愛さなくていいんだって」
愛とかよりも気になる単語があった。
「エロちゃんも欠陥者なの?」
俺が聞こうと思っていたことを赤音が聞いてくれたが、聞き方が不味かった。
「エロちゃん言うな!」
だんだん。
と、可愛く地面を踏み鳴らすヘレン。既に泣いてしまっているので、威厳は無いので、ただの子供の地団駄だ。
「はいはい、ゴメンね~」
「馬鹿にするな! もう起ったわよ、この尻軽!」
「もう……最近の子供は」
「うるさい! 決闘よ」!
ヘレンは、びしっと赤音を指差す。
「決闘?」
「ええ、あんたも欠陥者なら、私と勝負なさい!」
「はぁ」
めんどくさい事になった。
キラー、速く目覚めてくれ。
◆
先程休憩した公園に戻って来た。
平日の昼過だが、公園には誰もいない。ここなら、少しくらい欠陥を使っても大丈夫だと、ヘレンが決めたのだ。
「言っておくけど、私はかなり強いわよ。生良兄も知ってるように、経験に裏打ちされた確かな実力を持ってるわ」
自信満々にヘレンが赤音を挑発する。
この世界の俺を知っているなら――その言葉に嘘はない。キラーも戦闘に関しては教えてくれたしな。
昨日、欠陥者になったばかりの赤音が勝てるとは思えない。昨日も上手く欠陥を使えてなかったし。
どうにかして、この無駄な決闘を止めたいのだが――何故か赤音も乗り気なようで、
「私も強いわ。周囲に舌打ちされた――確かな実力を持ってるし」
強い奴は妬まれるけど、お前の場合はめんどくさい意味の舌打ちだと思う。そして、何故あいつはあんなに自身満々なんだ?
「三歩あるいてバンっ。と、撃てばいいんだよね?」
「何で西部劇!?」
西部劇もこの世界にあるのか。俺はそれに感心をしたが、いちいち赤音に突っ込むヘレンは良い奴なのかもしれないな。
「決闘っていったらこれでしょ?」
「それはないと思うぞ?」
俺は赤音の考えに、止めるのを諦めた。
普通に考えれば、まあ、俺が『我道自衛隊』と戦ったように、欠陥を使った勝負だろうが、流石に本気で戦いはしないだろう。
ここは大人しく見学してるか。いざとなれば――俺が止めればいい。
「それじゃあ、やろうか」
「よーし、お姉さんが胸貸してあげる!」
二人が改めて向き合う。
「なっ」
瞬間。
ヘレンが俺達の前に現れたときと同じく、姿が消えた。
「どこ見てるのよっ、尻軽女!」
赤音の後ろへと回りこんだヘレンは小さな手の平を自分の口に付け――、
「チュっ」
と、赤音に投げる。
これは所謂投げキッスと呼ばれるものだ。
〈あれ? ヘレンじゃん。なんで赤音と戦ってるんだ?〉
「キラー、起きるの遅いって」
あと、少し早く起きれば争いを止めれたかも知れないのに……。
「あのさ、ヘレンが投げキッスしたけど、あれ意味あるの?」
赤音は自分が後ろを向く前に、火の球を操り攻撃をしようとするが、大きくずれ、地面を抉るように下を這った。
〈ああ、あれがヘレンの欠陥――瞬甘移動だ〉
「キスって……」
発動条件はキラー曰く、
条件1、投げキッスをする。
条件2、飛ばしたい場所を想像する。ただし、直接目で見た場所にしか飛べない。
「それって、視界に入る場所ならどこにでも飛べるって事だよね」
〈おう、目で見たと言っても、鮮明に思い出さないといけないから、大変らしいぜ?〉
人の視野は正面に左右120度。
首を捻れば後ろまで見れる――その中を自由に移動できる欠陥。それは、ほとんどの人間は対応できないんじゃないか?
〈まあ、あいつは俺達の中でも俺に次いでの実力者だ〉
それはそうだ。
赤音とヘレンの決闘は既に勝負が着いている。
闇雲に火の球を操る赤音をヘレンは、挑発するように、ただ瞬間移動を繰り返す。いつでも倒せるだろうに……。
〈本人曰く、投げキッスしなきゃ使えないのは不便らしいが〉
「だろうね」
俺の欠陥もそうだが、能力に条件が付いていると、予想以上に使いづらい。
〈お、勝負あったみたいだな〉
キラーの宣言通り、移動をしていたヘレンが足を止めて、正面から赤音に抱き着いた。ぎゅーと抱きしめたまま、投げキッスをする。
そうする事で――抱き着いていた赤音の姿が消える。
「ヘレンの欠陥って、人にも有効なの?」
〈相手に触れた状態で条件を満たせば、相手も移動させられるんだぜ〉
「へえ」
勝負の着いたヘレンがスキップして俺の方へやってくる。
「やっぱ私が勝ったよ、生良兄」
「勝ったのは分かったけど、赤音はどこに行ったんだ?」
「えーと、私が見れる視線の限界――遙か上空へ飛ばしたけど?」
「それって……」
「放っておけば落ちてくるわよ」
放っておけば落ちてくるって――落ちてきたら、赤音は死んじゃうんじゃないか?
受け身を赤音が取れるとは思えない
「マジかよ……」
命を賭けた戦いを決闘とは言うが、ヘレンはまだ子供だぞ?
『我道自衛隊』みたいに命を狙っている訳ではない、ただの女同士の喧嘩だった。
「こんなんじゃあ……、決闘なんてさせるんじゃなかった!」
〈バーカ。安心しろ〉
「へ?」
頭に響くキラーの声は落ち着いていて、この程度問題ではないと言わんばかりだ。
〈俺とヘレンは二人一組のバディだったんだ。この程度何度も経験済みだ〉
「じゃあ、速く何とかしてよ!」
〈あー、そんな焦るなって〉
「焦るよ!」
人の命が掛かってるのにのんびりしてられない。
〈ヘレンに触れて、後は着地地点で殺領域を発動させろ〉
落ちてきた赤音を俺の欠陥で受け止める。
簡単に言えばそれだけだった。
「簡単に言うけどねぇ」
キラーにとっては、何回も経験してきたのかも知れないけどさ、俺にとっては初めてなんだよね。
空から落ちてくる人間を受け止めるなんて、どう生きれば経験できるのだろうか。
「ヘレンちゃん、どの辺に飛ばしたか分かる?」
「えー、あんな尻軽の女を助けるの?」
「当たり前でしょ、欠陥者は少ない。だったら助けねぇと」
「あ……いつもの、生良兄だ!」
欠陥者は少ない。
そして――俺達は仲間は大事にしている。
そう俺は言っていた。
〈いつもの生良兄って、ま、俺はそんな優しくねえけどな〉
「良く言うよ」
俺はヘレンから教えて貰った着地地点で――欠陥を発動させた。