俺は電車に乗るのを止められた
〈おい、電車乗るのはやめとけって!〉
俺と赤音は危険を冒して人の多い、駅へと来ていた。
道中は眠っていたキラーではあったけど、いざ、駅に入ろうとした所で、目が覚めた。
俺の視界を通じて、駅を見た瞬間に――電車は使うなと、そう言ったのだった。
「なんで? 歩いて都心は厳しいって」
〈あのな……。あいつらは、『我道チップ』で人を管理してんだ、居場所がばれんだろ!〉
「そうなんだ」
でも、待てよ?
居場所が分かるってことはさ、何もしなくてもそれは同じじゃないのか?
〈それが違うんだな。欠陥を発生した人間はチップによって管理できない――だからこそ、我道 不折は欠陥者を解析しようとしてる訳だ〉
すべての人間をその気になれば監視できるのだが、欠陥者は別だと言う。
『我道塔』からの探知には掛からないが、
〈だが、端末やこういった駅の改札で、チップを使えば場所は向こうにも伝わる〉
だそうだ。
何もしなければ居場所は、ばれないのだが、『我道チップ』を使うとアウトらしい。
キャッシュカードを盗んだ人間が、それを使って捕まるみたいなものだと、俺は勝手に納得した。
「だから、やめとけね」
しかし、人間を管理するとは、恐ろし発想だ。
地球を1つにする――それは、そう言う意味なのか?
そうだとしても、我道 不折がどんな意志で、どんな遂行な目的で、世界を1つにしようとしているか分からない。
ま、異世界の俺には関係ないことか。
〈ましてや、欠陥者は、特殊な力まで使えるようになるんだ。一番上に立つ人間には恐怖だろうな〉
「そっか。じゃあ、どうすればいい?」
〈さあな、俺の話は聞かないのに、自分だけ教えて貰うのはずるいよな〉
「うっ」
キラーが言いたいのは『我道自衛隊』に止めを刺さなかったことだ。午前中はひたすら機嫌が悪く、頭の中でぎゃんぎゃん吠えていたが、疲れて眠ったら、機嫌は直っていた。キラーは割と単純なようだ。
「だから、僕の世界では人殺しは犯罪だって」
〈この世界でも犯罪だぞ?〉
「え?」
〈うん?〉
「でも、キラーの口ぶりから言うと人殺してるんだよね?」
〈ああ。俺だって欠陥者だ、連れてかれて、死ぬまで体いじられるのはご免だ〉
俺と俺。
必ずしも同じ人間では無い。
それは分かってるけど、でも――自分が人殺しと言われていい気分はしない。
〈俺だって好きで殺してるんじゃねぇ。生きるためだ〉
「だからって……」
〈ならお前は、転生先がゲームの様な世界で、ゴブリンやらドラゴンを殺して経験値を稼ぐなら良かったのか?〉
「……やっぱ、俺は漫画とか好きなんだ」
俺も好きだ。
部屋の中に漫画とか沢山置いてあったけど、言われてみれば、イラストやタイトルも似ていた。本や小説も俺がいた世界とほぼ同じなのか?
〈これは駄目で、あれなら良い。そんな中途半端は、欠陥者には許されねぇ。死ぬか生きるか。殺すか、殺されるかだ〉
そんな……。
じゃあ、もしかしたら俺は、俺もこのまま並行世界にいたら、人を殺してしまうのか?
いや、それは絶対に――。
「なーに、怖い顔してんの? ほら、駄目なら次いこ!」
赤音が俺の手を引いて駅から出る。
駄目とは言っていないが、頭の中での会話が長いから気を使ってくれたのだろう。正直、助かった。
「熱いねー」
「日が出てるからね」
「それより、また、もう一人の自分と話してた?」
「うん」
赤音は頭の中にいるキラーを信じてくれているようで、機会があったら話してみたいとか、俺が居た世界に付いて教えてとか聞いてくる。
最初は五月蝿いと思っていたけど、明るく話してくれる赤音には、感謝している。
「もう一人の自分の話に集中すると、動き止まっちゃうんだね」
「かもね、あ、そうだ……そういえば、ちょっとキラーと話してくるね」
「また? 私ともはなそーよ! 女子高生は口から生まれてきたんだよ?」
意味分からない赤音は置いておく。感謝はしてても、だからと言って甘やかさない。
これ、社会の常識ね。
初めてこの世界で目覚めたとき、キラーは何故自分が地元に帰ってきてるのか分かっていなかった。
なら、どこまでの事を覚えているんだ。
〈そう言えば、そうだな……。何で俺実家に帰ったんだ?〉
「覚えてないのかよ」
〈うるせえな! お前が俺の体に入ったから忘れたんだ!〉
「あ、おい。人が悪いみたいにいうなよ! 何でも俺の性にすればいいなんて間違ってるからな?」
〈グゥ〉
「都合悪くなったら寝るな!〉
それだけ言って、キラーは眠ってしまう。どうやら起きていられる時間は、俺よりも短いようだが、しかし、タイミングが良すぎる。
わざとじゃないよな?
「全く」
ため息をついた俺を楽しそうに見つめている赤音。
「なに?」
「いや、もう一人の自分と話してると、怖い顔もたまにするけどさ、でも、楽しそうだなーって」
楽しそう?
そんな訳あるか。
基本別人。
俺と俺は、それは似てるところもある。否定しないけど、そんなの気の合う友人くらいならいたって普通……。
しかし、友人って気はしない。
「でも、やっぱ、常に人と一緒にいるから疲れるよ……」
「そうは見えないけどねー」
見えなくても、本人が言うんだ間違いない。
しかし、移動する乗り物が無く、都心を目指すなんて、果たして何日かかる事やら。
一日の野宿でこれだけ辛いんだ。
これ以上は、いざという時に対応できなくなる。
「赤音は元気だな……」
「いや、そんな訳ないじゃん。もうお尻は痛いし、ほら、いつもより堅いし。触ってみる?」
ほれ。
いや……。
お尻を差し出されても困る。
別に赤音のお尻がいつもより堅かろうと、柔らかろうが、俺は興味ないし、そうする事で、きれいな太ももが、割といやらしい角度で俺の視界に入るのもどうでも良い。
「触らないよ」
「嘘つけー。本当は触りたいんだろ、ほら、ほら!」
「あ、馬鹿やめろ!」
「どうだ、どうだ!」
「女子高生が、そんな破廉恥な真似をするんじゃない! そんなんだから赤音は尻軽に見られてるんだよ!」
「尻軽? いーえ、私のお尻は誰にも触られたことない――そう、純尻なのよ!」
「潔白な女子高生が純尻とか――言う訳ないだろうに……」
「嘘だと思うなら触ってみるがよい」
「言い方変えても無駄だ。やろうとしてることはお尻を触らせようとする変態行為だからな、この変態ギャル!」
「今風に言えば、変ギャルね……」
「そうなのか……?」
野宿して、疲れが抜けていないかと心配していたが、ここまで元気なら――少しやってもらいたいことがある。
俺一人で戦うのは厳しい。
どうやら、俺の能力は近くに仲間がいた方が、条件はクリアしやすい。
「赤音。女子に戦ってほしいと言うのは気が引けるけど、せめて、自分の身は守ってくれ」
朝の戦いの様に、適当に火の球を操っているだけじゃ限界が来る。
どのレベルで操れるか。
火の球を使って何が出来るのか。
それが分かれば、ぐっと、旅が楽になる。
「そうなんだよねー。ファミレスの時は割と自由に使えたんだけどさー。何か思ったように動かないんだよね」
「そうなのか?」
「欠陥に詳しい、もう一人の生良は?」
「寝てるよ……。どうやら、精神だけだと疲れがたまるのも早いらしい」
「うーん、そっか」
しかし、赤音のその顔は残念そうでは無い。
「ま、頑張ろう!」
駅からしばらく歩くと、人通りも少なく、休むにはちょうど良さそうな公園があった。
そこで休んでいた俺と赤音。
設置されていた水道水を口に含む。
「ふぅー。生き返るな。もう! お金使えないからこんな大変なんだ!」
「どこに行ってもお金は大事だね」
木陰に腰を下ろす。
しかし、公園で休むなんて久しぶりだな。
俺はそう思いながら――その木陰からちょうど見える『我道塔』を眺めていた。若菜は何事も無く、勤務出来てるのか。
そんな俺に、赤音が、
「さっきの話なんだけどさー」
と、遠慮しながら話しかける。
さっきの話?
「お尻には触らないぞ?」
「そこじゃないって! 何だ、やっぱ触りたかったんじゃん!」
「いや、だって赤音がさっきの話って言うから……」
「欠陥の話だよ!」
ふう。
顔を真っ赤にして怒る赤音。何もそんな怒らなくても……。
先に触るか聞いてきたのは自分だろうに。
「ほら、ファミレスでさ、私に突進してきた女いたじゃん? あれ……彼女?」
「若菜?」
「あ、いや、名前は知らないけどさ。別に興味もないし?」
どうなんだろう。
キラーは好きだとは思うけど、俺は別に……。
迷惑かけて申し訳ないとは思ってるけど。
「彼女と言うか……、俺は知らないよ」
キラーはこの世界の俺だろうけど、勝手にバラスのは不味いよな。
「じゃあ、彼女じゃないんだね!」
「それは確実に言える」
俺に彼女がいないのに――キラーにいてたまるか!
「本当に本当?」
「本当だ」
「よし、頑張っちゃおうかなー! 休憩おわり!」
「まだちょっとしか休んでないじゃん!」
何故か元気になった赤音は一人でどんどんと公園を出て、先に進んでいってしまう。
「ま、急ぐのには反対しないけど」
俺はその後を走って追った。