俺は自衛隊と戦った
翌朝。
俺は朝の光を反射して煌めき流れる川を見ながらキラーと俺は話をしていた。
〈なあ、あれはどういう意味だよ〉
赤音の彼氏じゃない発言。
キラーは分かっていなかったが、俺にはなんとなく分かった。多分だけど――あれは友人の話だ。
友人の彼氏が浮気をしていて、そのことを問い詰めたのだろう。見た目に反して律儀な奴だ。
〈へん。人の為に自分の人生を犠牲にしたのかよ、あいつは……〉
「だね。そう言えばキラーに聞きたいことあったのに、聞けなかったよ」
〈なんだよ、改まって〉
今、俺が聞こうとしている事よりも、優先して問うべき、知るべき疑問が沢山あった。
正直、これは聞くべきではないのかも知れないけど――でも知りたい。
「君、若菜好きでしょ」
俺は誰が誰を好きになろうと興味はない。
だけど、自分のことだからねぇ……。
〈な、な、俺は誰も好きにならねぇ……〉
「分かりやすいね、俺は」
若菜とは幼馴染だったが、俺は付き合いたいとは思わなかった。と、言うよりは、俺の世界の若菜には彼氏がいた。
中高とモテてたから、俺の入り込む余地は無い。
〈悪いかよ!〉
「いや、好感が持てるよ。少なくとも俺自身はね」
〈その俺が俺なんだろって〉
並行世界の俺は俺なのか?
容姿は同じだけど全然違う――つまり別人だよな、これ?
〈ま、俺はお前とは全く違うけどな〉
それはキラーも感じているみたいだ。
だから――何故、俺はこの世界に来ているのか。意味もなく転生するなんて、あり得るのか?
娯楽要素の強い漫画小説を参考にするのもどうかと思うが……。
実際に転生なんて――考えたこともない。
案外こんなもんあのかな。
「ましてや……異能バトルって」
幸いにも殺領域は条件はあるが強い。
まず、領域内ならば怪我が治る。回復はゲームや漫画では微妙な感じはするが、これは現実ではかなり助かる。だけど、一撃で殺されたら意味ないから気を付けよう。
そして相手の力は奪うが、自身の力は上げる効果。
まだ、一回しか使っていないが、あの領域内なら負ける気がしない。
だけど――それだけの力をもって、何故、キラーは『我道自衛隊』から逃げたのか……。
〈欠陥が発生したばかりの赤音がいたし、何より若菜を巻き込みたくなかった〉
「そうだろうなとは思ったよ」
意外にいいとこあるじゃん、俺。
戦わないでいいなら――俺もそっちがいいや。
争いは嫌いだ……。
〈それより――気を付けろ。あいつら『我道自衛隊』だ!〉
そう思っていた矢先――キラーが俺に告げる。
視界の先にはゆっくりと歩いている二人の男。自衛隊と付くだけあって、迷彩柄の軍服を着ていた。
だが、彼らは俺の知っている自衛隊とは少し違う――顔には仮面を付けていた。
白い仮面に描かれているのは王冠の様なマーク。
「あの王冠は……?」
〈我道のシンボルだ……〉
「へえ、カッコイイじゃん」
〈そこは同感だ〉
「で、どうすればいいの? 言っておくけど、俺は喧嘩とかしたことないぜ?」
〈ああ、とりあえずは、赤音を起こせ〉
「分かった!」
俺は『我道自衛隊』から目を離さないように、赤音の元まで戻る。
二人は何やら話しながら俺達の方へと近づいてくる。
「赤音!」
今の状況で全く関係ない話ではあるが、俺は自分の来ていたシャツを赤音のスカートに被せていてる。
スカートはミニのまま寝るから、見える見える。橋の下の僅かな隙間で寝ている彼女。人目に付きにくいとは言っても野外だ。もっと、恰好には気を付けろよな。
昔、そこで暮らしているホームレスを目撃した為に、こうしてここで眠っていたのだが――女子高生には辛いだろう。
「うぅ。体が痛い……」
まだまだ、眠いのだろう。
朝6時。
俺はこの時間に毎日起きているので、習慣になっているが、高校生はこの時間はまだ寝ているか。
「起きろ、『我道自衛隊』だ!」
「え、ええ!」
その言葉に跳び起きる赤音。
「え、ちょっと、逃げなきゃ!」
1人で走り出そうとする赤音を落ち着かせる。
「落ち付けって。相手は二人だ……」
〈二対二なら――勝てる!〉
◆
橋の下で向かい合うと、高校生の喧嘩のようだな。
しかし、相手は当然ながら、高校生では無い。
自衛隊だ。
仮面で顔の見えない『我道自衛隊』は――足に付いていたホルスターから、拳銃に似ている何かを取り出した。
「……柄?」
彼らが構えているのは武器なのか?
まあ、俺に向けてはいるので、武器ではあるんだろうけど。
レイピアの柄の形をした、しかし、相手を攻撃する部分である剣先は付いていない。
その構えは銃を向ける姿に酷似していた。
〈避けろっ!〉
俺はキラーの合図と同時に、両手で赤音を突き飛ばす。その反動を利用して、自分も横に倒れこんだ。
「やっぱ、銃なんだ」
〈相手までの距離はおよそ十メートルか……〉
それじゃあ、殺領域の範囲外。
「ええと、そういう場合はどうすればいいのかな?」
〈間合いに入ればいいんだよ!〉
簡単に言ってくれるが、相手の武器は拳銃。しかも、見る限り弾を補充するタイプではなさそうだ。
弾丸を入れる場所が遠目でもないのが分かる。
〈あの武器はな。『我道塔』から送られたエネルギーを濃縮して放つ武器、威力もあるからかなり厄介だ〉
気を付けろと言われてもな……。左右に分かれた俺と赤音を、それぞれ一対一で相手にしよういうのか。
『我道自衛隊』――いくら俺達が欠陥でも――いきなり銃弾を撃って来るなんてな。この分だと、赤音が言ってた事は本当なのか。
「キラー。何かいい方法ないの――領域を広げるとか!」
〈そんな機能、殺領域には付いてねぇよ!〉
「それじゃあ、今までどうやって逃げてきたの?」
〈俺は基本二人一組で行動してたからな!〉
「へえ」
二人一組か。
今の現状も一応は俺と赤音。二人いるにはいるが――赤音は自身の欠陥を上手く使いこなせていないのか、火の球を振り回しているだけ。
時間稼ぎにはなっているけど、いずれは突破されてしまうだろう。
「何とか半径3メートル圏内に入らないと……」
条件1の人に触れる。
それは既にクリアーしている。最初の銃弾を避けた時に――赤音に触れた。
だから、あとは無機物に触れれば能力は発動するが、今のこの場所は、赤音からも離れてしまっているし――『我道自衛隊』の領域内にいない。
〈全員まとめて領域に入れねぇとな〉
「分かってるよ!」
しかし、銃弾を避けながら、その行動を実行できるほど――俺は優れてなんかいない。
「何かいい方法は……」
〈俺が体使えたらなぁ〉
そこで言いにくそうに、この案はできれば使いたくないと言わんばかりに、キラーがぼそりと呟いた。
「何?」
〈気になる?〉
「そりゃあ、気になるさ。俺だって命がかかってるんだ」
〈いや、まあ、俺だったらだよ? あの銃弾、急所に当たらなければ、1、2発なら耐えられる。なら、一か八かで突っ込んで、殺領域を発動させる〉
「……」
〈おっと、だからと言ってお前はやるなよ? 戦い慣れてないお前が、銃弾を見切るなんて出来ないだろうし――なにより、お前が死んだら、俺も死ぬ〉
いや、言われなくてもやりたくないんだけど――今は手段を選んでいる場合では無いよね。
「ま、楽して助かる命は……」
〈俺は許せないな……。ま、お前は俺だ。上手くいくだろ〉
「だから、別人だってば」
少なくとも俺には銃弾を受けるなんて発想は無い。
だって、絶対痛いじゃん。
〈怯むなよ?〉
「それはやってみないと……」
〈少しでも足を止めたら終わりだ〉
「分かったよ!」
そうして俺は一直線に走り込む。
〈なっ!?〉
その相手にキラーが驚いた声を上げる。
俺が走ったのは『我道自衛隊』の相手では無く――赤音にだった。
〈馬鹿っ! 確かにあいつに触れてるから領域は出せるけどよ、それじゃあ、肝心の敵には届かねぇぞ!〉
「大丈夫……!」
俺は半径3メートルぎりぎりの位置で領域を発生させる。
その赤い円にいる間の力は何倍にも上がる。
ならば、その領域内に置いて、強化された俺の肉体を使って――赤音と戦っている『我道自衛隊』に思いっきり突っ込む。
ホップ、ステップ、ジャンプではないけど、一息に『我道自衛隊』に向かって駆け飛んだ。
俺自身の走り幅跳びの記録は分からないけど――例え領域の外に出ても、一度ついた勢いまでは消えない。
「ロケットスタートって奴だ」
左肩に銃弾が掠ったが、この程度なら耐えられる。
「条件1!」
急激な勢いで突っ込んだ俺に怯んだ『我道自衛隊』。
左肩は負傷してしまったが、右手は普通に動く。俺はその勢いを利用した右の拳を『我道自衛隊』の仮面めがけて振りぬいた。手ごたえは確かにあった。意識を失ったのか、倒れてピクリとも動かない。
「条件2!」
またも領域を発生させる。
殴りつけると同時に俺の欠陥の条件1を満たしたのだ。最初の条件さえ満たしてしまえば、無機物に触れるなど、すぐに出来る。
赤い領域が現れ江、傷が癒える。
万全な状態へと回復した俺は、さっきと同じように駆け飛ぶ。
この間、数秒なのだが、『自衛隊』と付くだけあって、即座に俺に向かって残った一人が銃弾を放つ。
しかし、そんな咄嗟に撃った銃弾が当たるような事はなく、無傷でもう一人を倒せた。
俺は、急いで赤音の元へと駆けより、腕を掴んだ。
「赤音、逃げるぞ!」
俺は走って赤音の元へ戻り、橋の下から、争いの現場から離れようとするが――俺が止めた。
〈おい、まだあいつら生きてる……とどめ刺してけ!〉
とどめ?
その必要はないだろう。動けない相手を殺す必要はない。
「命まで奪う必要はないでしょ?」
〈馬鹿! お前ら欠陥見られえるんだぞ!〉
「見られて何が悪い?」
欠陥を知られたからと言って、何が問題だというのか。
〈とにかく殺せ。じゃないと絶対後悔する!〉
「別に後悔しても良いよ、人を殺すくらいなら」
〈あ、おい。どこいく、殺せないなら俺が殺すから、体変われ!〉
キラーが何か言ってるが、俺は気にせず赤音を連れて逃げる。頭の奥で聞こえる声を聴き流す技術を――俺はどうやら手に入れた。
◆
「あれ? らしくないね、生良兄」
いつものお兄なら、ヤケクソ気味に突っ込んでいったのに。
小細工使うなんてお兄らしくないな。
気合だけで乗り越える。
そんな錆びついた列車みたいなお兄が好きだったのに。
「それに、欠陥を知られたのに、相手を生かしておくなんて――ありえない」
私は意識を失ったままでいる『我道自衛隊』の元へ行き、その首元に手を当てる。ただそれだけの動作で、二人の人間が瞬間的にいなくなる。
「こんな地方都市で欠陥が二人見つかったって言うから、もしかしたらお兄の地元だし、急いで来たけど……ビンゴじゃん」
待っててね生良お兄。
「また一緒にいようね」
私は浮き立つ気持ちを抑える事が出来ない、ルンルンと浮足軽く、その場を後にする。
ドン。
何かが、それなりの重量物が地面に落ちた気がするけど――私は気にしない。
だって、それは私がやったんだもん。
落ちてきたのは『我道自衛隊』の二人だから。
「生良兄の為になら、何でもするよ?」