俺は欠陥者だった
「ええ!?」
気合の入った雄たけびと共に、それはさながらラグビーのタックルの如く突っ込んでいった。しかし、悲しいことに、若菜のタックルにそこまでの威力はなくて、ただ女子高生の腰に抱き着く形になった。
まさか、真っ直ぐ突っ込んでいくとは思わなかった。火の球もあるのに良く突っ込めたな、と、若菜の度胸に寒心する。
「なんだ、このババア!」
「な、なにを! 私はまだ21です、若いです!」
そんな事に言い返してる場合かよ!
私服はガーリー系を好んでいるのだろうが、ゆるふわな服が火の玉に触れて燃え始める。
「若菜、いいから、もうやめろ!」
「そうは行きません。欠陥は放っておけません。それが私の仕事です!」
俺は咄嗟にコップに残っていたお冷を、若菜にぶちまけるが――当然、その程度の水では消えずに、燃え広がっていく。
これだけ火の気があるのに、何で消火設備は発動しないんだよ!
天井に付いているスプリンクラーを睨む。
睨んだところで、作動する訳の無い。
〈おい、お前!〉
「はいっ!」
自分が呼ばれたと思って思わず返事をしたが、誰も俺のことなど、お呼びでないらしく、若菜からも女子高生からも変な目で見られた。
「あ……、何でもないです」
気まずくなって小さくなる俺。
「お前、次舐めた真似してみろ、殺すぞ!」
女子高生に脅された……。
女子高生の腹にタックルをかましている若菜ではあるが、狂気であるナイフと火の玉を塞いで無いので、あまり意味はない。
若菜には目をくれずに彼氏だけを襲う女子高生。よほど浮気が許せないのだろう。女子高生がナイフを振るうと、火の球が、俺の顔の横を通り過ぎていった。
「気を付けまーす……」
両手を挙げて、椅子に座る。
そんな俺の頭の中で、また声が聞こえた。
〈色々聞きたい事はあるが――なんで、若菜がいるんだよ?〉
頭に響く声はどうやら俺にしか聞こえないようで、声に出さない様に注意しながら、声の主に話しかける。
「お前は誰だ?」
〈あん? お前こそ誰だ。大体、この体は俺の物だ〉
「何言ってる。俺は黒羽 生良だ」
〈ふざけんな。俺が黒羽 生良に決まってんだろ。てめぇ、何しやがった?〉
「…………」
〈黙ってんじゃねえよ。いいか、一刻も早く俺の体から出てけ!〉
「それが出来たら苦労しないって」
どうやら声の主は――この世界の俺みたいだった。
普通、転生とかって、入れ替わりとか、死んだ体に入るとかだよね……。
一つの体に同じ人間入っちゃってるじゃん。
居辛っ!
〈くそっ。お前が誰だか知らねえけど、とにかく! 今は若菜を助ける事と――あの欠陥を助ける事が先決だ〉
この世界の俺と言うだけあって、欠陥は知っているようだ。
だったら、何で今日一日現れなかったんだよ……。
〈『我道自衛隊』が来るまで数分――。このまま行けば、若菜は死ぬかもしれないし、貴重な仲間を失うか……〉
「俺? どうした、何かこの場を治めるいい案あるの?」
〈俺言うな。もしも仮に、お前が本当に俺なら、ああ、もう! ややこしいから、俺はキラー。それでいいな!〉
「呼び方はどうでも良いけどさ……」
〈じゃあ、決まりだ。お前に特別教えてやる――俺も欠陥を持っている〉
欠陥を持つ?
じゃあ、まさか――俺にも、あの女子高生みたいに特殊能力が使えるのか?
〈その通りだ。ただし、この世界では――欠陥は悪だぜ?〉
「ちょっと、待った」
〈何だ! 時間がねぇんだって〉
「欠陥が悪なら何で助けるの?」
〈だぁ! 話せば長くなるから、今は俺を信じるかで決めろ!〉
「……」
自分が一番信じられない敵だともいうし、一番頼れる相棒ともいうが、この場合、俺と俺は別人だもんな。
でも、人を助けらるなら、やる価値はあるか。
〈え、悩んでんじゃねえだろうな?〉
「大丈夫。信じるって」
〈それは良かったぜ――じゃあ、教えてやる〉
俺の欠陥は、
『殺領域』
俺はそう言った。
〈この力はかなり強いぜ? ただ、条件があるのが厄介だがな!〉
「じょ、条件?」
〈安心しろ、厄介だけど別に難しくない――条件1、まず人に触れろ!〉
「人って言っても……」
どんな能力かまだ説明を受けてないから、誰に触れていいものか分からない。
火の球を操る女子高生か、それとも若菜か。
〈あー、誰でもいいから。この距離なら――そこでビビってる男でいい!〉
女子高生の彼氏。
彼の周りを火の球が渦巻いてるので、移動してなかったのか。俺が自分の席に戻ったので、一番近くにいるのはこの男だ。
ドリンクバーがある位置に、若菜と女子高生はいる。
大股で5歩程度の位置か……。
「確かに隣の席の男なら、すぐに触れるけど……」
火の球がある。
下手に近づいたら、俺が喰らってしまう。
〈安心しろ、その程度なら大丈夫だ!〉
「まじか」
俺は恐る恐る男に手を伸ばして、何とか頭に触った。
手に感触は会った物の次の瞬間、火の玉が、俺の腹に直撃した。
「ごふぅ……」
熱いし、痛い。
「この程度平気じゃなかったのか」
〈ダメージはあるけどすぐに治るって事だ。誰もダメージが無いとは言ってないぜ。いいから、条件2だ。触れた人間から、半径3メートル以内にある無機物に触れろ!〉
そうは言うけど、
「それは大丈夫もう触れてる」
火の球を喰らった衝撃で、大の字で天井を仰いでいる俺。
その手は床にぴったりと張り付いていた。
〈なら、行くぜ? 俺の欠陥――殺領域〉
俺が触れた地面を中心に――赤く光る円が現れた。
〈この円は俺達にしか見えねぇ。この領域内なら俺達は無敵だ!〉
その言葉の通り、傷がみるみる治っていく。
「これは……」
〈殺領域にいる間は、怪我は治り、身体能力は何倍にもなる――そして、相手の力を奪う!〉
「これは!?」
「体が……重い?」
半径3メートルの円。
俺が触れた床を中心にして広がったその領域には俺を含めて4人。
女子高生とその彼氏。
若菜。
俺以外の人間の動きが――ゆっくりになっている。
若菜に燃え移っていた火も、ゆっくり、あくまで静かに消えていく。
〈相手の動きを遅く、自分は速くなる。相手に与えるダメージは何倍にもなり、俺達の怪我は治っていく〉
「それって……かなり強くない?」
軽くなった体で、若菜と女子高生を引き離す。
「それで、次はどうすればいいんだよ?!」
〈次は――逃げるに決まってんだろうが!〉
「へ?」
〈ほら、さっさと走れ走れ!〉
走れと言われても……。
だけど、この場に残っても良い予感はしない。
僕は、赤く見える領域から足を踏み出した。
途端、いつも通りの、平凡的な身体能力に戻った。
「逃げるって、どこにだよ!」
〈それくらい自分で考えろ。あと――若菜は置いてけ!〉
俺は右手に若菜。
左手に女子高生の、両手に花で逃げようとしたが――俺は若菜をこの場に置いていけと言う。
「でも」
この状況で若菜を置いていって――大丈夫なのか?
〈若菜は『我道塔』に勤務してるんだぜ? そんな奴が、欠陥と一緒に入れる訳ねえだろ。考えろ、馬鹿!〉
まだ、状況は俺には理解できないけど、この体の持ち主、この世界の俺が言うんだ。
俺は若菜から手を放し、そのままファミレスから出る。
〈急げよ! 『我道自衛隊』は俺一人じゃ勝てねぇ〉
頭の中に響く弱気な声。
がむしゃらに走りながら、もう一人の俺に訴える。
「さっきは俺強いとか、言ってたじゃん!」
〈色々あんだよ。こっちにもな!〉
今日一日走ってばっかだな……。まさか、軽くジョキングを使用と思っただけで、こんな目に遭うとはね……。
夜の空。
排気ガスなど無いからか、星空が綺麗に見えた。
「生良っ!」
後ろから若菜の声が聞こえたが、
〈振り返るな! とにかく走れ!〉
俺はその声を振り払う様に俺の頭で叫ぶ。
その時、俺は理解した。
きっと、キラーは若菜に恋している。
そう思うと、自分の中にいるキラーに少しだけ好感が持てた。




