俺は潜入した
〈おい……嘘だろ? 俺ぇー!〉
キラーの悲痛な叫びが俺の頭の中で響き渡る。しかし、どんなに悲痛そうに叫んだところで、俺にはそれが『悪ふざけ』だとすぐに分かる。
「いや、ちょっとわざとらし過ぎるって、キラー」
〈あ、やっぱり?〉
衝撃を受けた腹部を触ってみると――もう傷は治っていた。
「流石、生良兄の殺領域!」
いや、ヘレンも打たれる直前大げさにしてたよね?
その雰囲気に、攻撃を喰らった俺まで本当に何かやっちゃったのかと思ったよ。でも、受けた傷は既に完治した。
キラーが壁を壊そうと、俺に欠陥を発動させたままだったので助かった。
「それじゃあ、行くよ、生良兄」
「へ?」
ヘレンが咄嗟に俺の腕を掴んで自身の欠陥を使う。
「チュっ」
ヘレンに連れてこられた場所は、俺を撃った『我道自衛隊』の後ろ。
「そうか!」
先程発動させた領域から、3メートル以上離れてしまったが為に、もう解けてしまっているが、
「ヘレンに触れる事で条件1はクリアでき」
地面を触れば簡単に条件2はクリアできる。
〈な、俺とヘレンの欠陥は相性がいいんだ〉
「確かにね!」
この戦法なら、相手に触れる事も簡単だし、ヘレンにも触れている。何より、一番俺の欠陥に置いて厄介な『範囲』と言う条件を――ヘレンの瞬間移動が解決してくれる。
〈ただ、殺領域発動中は、ヘレンもこのエリア内にいるから――瞬甘移動は使えない〉
「了解!」
ヘレンは俺が能力を発動させると、動きが遅くなる。敵味方関係なく発動する殺領域。ついでに欠陥者はこの領域内での能力は使えなくなるとの事だ。
「でも、この領域内なら基本負ける気はしないから……えいっ!」
武道の達人の如き手とうを『我道自衛隊』の首へと振り下ろす。ストンと、膝から崩れ落ちたのを見て、俺は能力を解除した。
「さてと、ここで悩んでいても仕方ないし、この『我道自衛隊』が目を覚ましたら厄介だ。本当は隠密に行きたい所ではあるけど、キラーの案を採用するとしよう」
キラーの案。
壁を壊して潜入をする作戦。壁を壊して潜入って、それは果たして潜入と呼べるのか疑問には感じはするけど……。
「ヘレン、ちょっとこっち来て」
「はいはい~」
ヘレンを壁際まで呼んで、俺はヘレンの頭に触る。
だた、自分一人で解決できない条件って不便だなと思う。ヘレンの様に場所さえ見れば――投げキッスをすると言う、屈辱にさえ耐えれば、発動する欠陥。そして効果が瞬間移動だ。
なんて、使いやすいんだ。
隣の芝は青いと言うが、芝どころか庭の面積枯らして違う。
たたみ一畳分と、サッカーのグランド位違う。
「はあ、どうしたの生良兄」
頭に手を載せたままため息を付いてる俺を心配そうに見上げるヘレン。
何故かいつもより不安そうではある。
「私なにかしちゃった?」
「ああ、いや。違うよ、ヘレンの欠陥がいいなーと思っただけ」
「……?」
「ヘレン?」
「どんなに良くても欠陥は欠陥。あるよりない方がいいって」
「あ、ごめん」
「なーんてね、冗談だよ」
俺は自分の失態を誤魔化す積りではないけど、そそくさと欠陥を発動させて壁を殴る。そこまで強く殴るつもりは無かったのに、力一杯振りぬいてしまった。
〈ふー、やるねー〉
人が三人並んでも平気で通れるくらいの穴が『研究所』に空く。
その空間を見つめる俺。
拳で壁を砕く。
そんなアニメみたいな事を平然と行えることが怖くもある。加減したとはいえ、そんな力を人に使っていたのだ。
一歩間違えていれば――殺しをしたのか?
俺は……。
自分のした愚かな行為を反省しながら、俺は『研究所』の中へと足を踏み入れた。
◆
「ねー、生良兄はどっちだと思う?」
そんな事を聞かれても、分かる訳がない。
長い廊下、曲がり角の多い構造。
既に、どこから入ったのかが分からなくなる。
「これ完全に迷ってるね……」
歩いた先に、外の光を入れる大きな穴があった。それは先程、俺が開けた穴で会って、つまりは、最初の位置に戻って来たと言う事である。
〈瞬間移動のせいで位置の把握が難しかったか〉
「そうみたいだね」
中に入ったとたんにヘレンに腕を掴まれ、次々と瞬間移動を繰り返した。
次々と変わっていく視界に、若干気持ち悪くなった俺。
乗り物には弱くないけど、流石は瞬間移動とでも言っておこう。全く感覚が違う。
目を開けてれば分かるのだが、一瞬で距離を移動する――移動した分の距離を一瞬で脳が処理するから、当然と言えば当然か。
「でも、『欠楽の園』に移動した時はそんなでも無かったんだよね」
研究所の近くに来た時もそうだった。
〈あーん、この程度大したことないっての。お前はそれでも欠陥者か〉
「あんまり関係無いような……」
「ねー、生良兄聞いてるの?」
キラーと会話していた俺をゆさゆさと揺らしながらヘレンは話しかけてくる。いや、別にこの程度じゃ、怒らないけどさ、誰のせいで時間を無駄にしているのか考えて欲しい。
ふう。
と、ため息を付いた俺に、
「私が迷ったから怒ってる!?」
泣きそうな目を向けて聞いてくるヘレン。
いや……、これは反則だ。
今、俺達は顔を隠す為にフードを深くまで被っている。しかし、無法備に顔を上げることで、フードの奥に見える可憐な姿。
「ごめん、ごめんね。生良兄……」
〈はー、ヘレンはすぐ泣く〉
「そんな冷たい事言うな、キラー」
俺はヘレンを軽く抱き留めながら、
「気にするな」
と、励ました。
どんなに分かりづらい建物だろうと、構造が分かれば、むしろ移動がしやすいくらいだしな。
俺はヘレンの手を引きながら、歩いて豹太の彼女を探す。
〈急がば回れ、だな〉
「キラーにしては難しい言葉知ってるね」
〈馬鹿にすんな!〉
「怒らない、怒らない」
部屋を1つ1つ見ては行くが――おかしい。
あれだけ大きな音を立てたにもかかわらずに、建物の壁が壊れたにもかかわらずに、何故、誰も集まってこないのだろう?
〈研究者なんて、自分の興味あるものにしか関心を示さねぇんだろうぜ〉
「いや、それは流石に偏見すぎるだろ」
俺は近くに会った部屋を開ける。
しかし、当然の様に誰もいなかった。
「生良兄、今日は休みなのかな?」
「いや……、そこはヘレンが把握してくれ」
俺は着いてきただけだ。
「さてと、どうするかな」
相手が出てこない以上、どうしようもない。本当は、研究員を見つけ、欠陥を使い相手を上手く納得させる。
そう考えていたのにな。
「あ、生良兄! 今、人が見えた!」
ヘレンがそう言って、自身の欠陥を使って相手を追っていく。
「あ、ちょっと、俺も連れてってよ!」
1人で先に言ってしまったので、俺は走ってヘレンを追っていくしかなかった。