俺は後輩と再会した
ヘレンが連れてきたのは一人の男。
中肉中背。
俺と同い年くらいだろうか。この場所を知られないためにか、目隠しをされてヘレンと一緒に食堂へとやって来た。
目隠ししなくても、ヘレンの移動方法なら別に場所分からないと思うんだけど、念には念を込めたのだろう。
「付いたわよ。もう目隠し外してもいいわ」
「あ、はい」
のろのろと黒い目隠しを外した男。
あか抜けていない顔に、たれ目で自信なさげな表情。
「あれ?」
俺はその顔に見覚えがあるような気がする。
俺に見覚えがあると言うことは――俺の世界で会っているということだ。しかし、それが誰なのか分からないでいると、
「先輩!」
と、その男から声をかけてきた。
「あ、ああ」
こっちの世界でも男と俺は知り合いなようである。だけど、この顔をはっきりと思い出せないので、濁すような返事しか俺は出来ない。
先輩と呼ばれたのだから、この男は……後輩?
職場では俺が一番下っ端だから先輩なんてあり得ないし、高校の時は後輩と触れ合う機会は無かった。
となると、中学校の部活動だろうと予想を付けるが、やはり誰か分からない。
まあ、中学を卒業してから既に6年。小学生は卒業できる年数だから、覚えていなくても仕方ないだろう。
「俺っすよ、俺!」
「はぁ」
自分を指差して必死にアピールする男。どんなにアピールされても覚えてない以上、これが俺の限界の反応だ。
「中学でお世話になった、豚間 豹太っすよ!」
「……?」
名前を聞いても分からない。
中学の時の俺は自分でも驚く事に、なんと、部活に所属していた。
それも本来ならばモテる人間が集まるであろうサッカー部にだ。地方の弱小中学なんて、入部希望は、モテるかモテないかだと俺は思っている。
現に俺の中学では皆それで決めていたため、バスケ、サッカー、テニスが男子には人気だった。
「ほら、ブタマンって呼ばれてた……」
「ブタマン?」
「感じで書くと、豚の間が小さくて多いって書くんで、苗字を取ってブタマンって呼ばれてたじゃないっすか」
「トンマのチーターか」
思い出した。
ぽっちゃり系の後輩である豹太は、いつも皆から弄られていた。
「チーター?」
「あ、いや、こっちの話」
俺の方の世界では、トロマのチーターと呼ばれていたんだけど、こっちではブタマンと呼ばれてるらしい。
まあ、見た目てきにも、チーターより、ブタマンの方が似合っていた。
だけど、今の小多は――痩せていて、中々恰好いい姿をしていた。
「『我道チップ』使用の許可が下りたんで、高校入る前に、体重と顔を少し変更したんすよ」
俺が体をまじまじと見ていた為に、説明をしてくれた。
なるほど……。
俺の世界の豹太の面影はある。
「ふむ……」
こうなると、俺の世界の豹太がどう成長しているのか気になってくる。目の前にいる小多のように痩せているのか。それとも太ったままなのか。
気になっても帰れないので仕方ないんだけどな。
「あら、生良兄と知り合いだったの?」
ヘレンが俺達の会話に入ってきた。
なんだ、知ってると分かってて連れてきた訳ではないのか……。ま、目隠ししてこさせるくらいなんだから、『欠楽の園』のメンバーを容易には教えたりしないのか。
しかし、ちょっとまて、ヘレン。
「え、ひょっとして、二人は付き合ってるんすか?」
ほら、みろ。勘違いされたじゃないか。
生良兄も誤解を生みそうだけど、ダーリンと呼ぶのはやめてほしい。俺はロリコンじゃない。
「まさか……。付き合ってないよ」
「そ。だけど、予定では……。ぐふふふ」
「ヘレン。笑い方が少女じゃないぞ」
酔っぱらったオヤジみたいに笑うな。
折角の綺麗なお顔が台無しだ。
「いやー、流石、先輩っすね。部活でもモテてましたもんね」
「そうか?」
サッカー部には入部したが、3か月で辞めた。
理由は当時嵌っていたサッカー漫画が打ち切られたから。そういえば、その漫画が、ボールは友達の方でなく、二秒で切り返す方だと、分かってもらえるだろう。俺はあれの称号とかが凄い好きだった。
「そうですよ。型にはまらない剣道は、地元じゃ有名だったっすから」
「え、俺って剣道部だったけ?」
「当然っすよ。まさか、忘れちゃったんすか?」
キラーが剣道部だと?
なんだろう、この気持ち。
内心、こいつ頭悪くて根性なさそうだと思ってたのに、まさか、3Kの部活動に所属していたとは……。
剣道なんて辛い部活、俺なら一日で辞めている。
「いやー。あの頃は楽しかったすね!」
「……」
「なんか先輩雰囲気変わりました?」
雰囲気どころか人が変わっている。
「ほら、懐かしむのはその辺にして――わざわざ、この場所に来た理由を話してあげなさい」
「あ、そうっすね」
ここに来た理由?
俺はてっきり、豹太も欠陥者なんだと思っていたんだけど、それじゃあ、目隠し何かされないか。
「欠陥者の皆さんに――俺の彼女を助けてほしいっす」
◆
「彼女?」
「はい。ヘレンさんには説明したんっすけど……」
ちらりと、ヘレンの顔を伺う豹太。
「生良兄の為にもう一度説明しなさい」
ヘレンはそう言いながら、俺が座っている畳の間から少し離れた、食堂のカウンター席に座る。居酒屋風の食堂ではあるが――居酒屋にカウンター席はあったのか。ふむ、普段何気なく生活していると、細かい所は覚えてないんだなと、違う世界に来て実感した。
「まあ、いいっすけど」
ヘレンに促され説明を始めた。
「実は、一週間前、俺の彼女も欠陥者になっちゃって――先日、『我道』の研究所に連れてかれちゃったんすよ」
「そうか」
「で、たまたまその場にいたヘレンさんが、色々教えてくれたわけっす」
「ヘレン、自身の欠陥フル活用してるな……」
能力が瞬間移動だからって出没率高すぎだろう。
「ほら、私ずっと生良兄探してたから――」
探してもらえていたとは光栄だな。
俺じゃなくて、キラーだけど。そのキラーを探している際に出会った豹太。
欠陥者になった彼女は、普通には生活できない。そんな二人の終わろうとしている『愛』をヘレンは放っておけなかったようだ。
「愛に生きる私は、愛をないがしろにできなくて……」
欠陥者になった彼女には『欠楽の園』に来るように声をかけたそうなのだが、これから結婚を控えた豹太と、離れたくないと断られたらしい。
「え、豹太、結婚するの?」
「はいっす」
薬指に光る指輪。
「自分の安全より、愛に生きる――。これこそ、私の求めていた愛よね!」
うん、子供らしく気持ちのいい勘違いだ。
「私も、いつか……」
「豹太、続けて」
「あ、はいっす」
ヘレンは俺に出会うまでの一週間。毎日のように豹太と彼女を気にかけていたのだが、昨日。
俺が赤音と出会ったその日に、豹太の彼女は消えていってしまった。
「すぐに、ヘレンさんに頼んだんだけど、大事な用事が出来たって……」
「それはそうよ。生良兄かも知れない欠陥者が出たんだもん」
豹太達より、俺を優先したが為に――対応が遅くなってしまった。
「それに、生良兄と私は、最強に相性のいい、二人一組――『我道』の研究所に行くにはちょうどいいかなって」
「ちょうどいいって……」
俺が呼ばれた理由が分かった。
豹太の彼女を助けに行くため――『我道』の研究所へ救出に向かう。そのメンバーに選ばれたと、そういうことか。
「頼みます、先輩!」
「いや、頼まれてもな」
助けられるなら助けたい。俺だって人の子だからそう思うけど――『我道』の研究所。恐らくだけど『我道自衛隊』が何人もいるだろう。だからこそ、ヘレンも一人では無く俺を呼んだんだ。
「ヘレンの欠陥で、ひょひょっと助けられない?」
「無理よ。どこにいるかもわからないし、研究所の内部なんて私も入ったことないもの」
「だよね……」
そんな裏技できたら、俺になんかに頼らないか。
「もう連れてかれて一日たってるの。急いで行かないと――手遅れになる。生良兄が行かなくても私は行くわ」
「それは駄目だ」
折角誰も殺させないよう約束させたんだ。その誓いを破らせる可能性が高い場所に単身乗り込ませる訳には――いかない。
「分かった、俺も行くよ」
どうなるのか分からないけど、でも、放っておくよりはマシか。
「ありがとうございます!」
俺の気も知らないで……。
豹太の元気な声が――食堂に響いた。