俺は食堂を訪れる
「このマンションってさ、どう区切られてるの?」
〈えーとだな。一階が犬飼の研究室だろ? 二階は多目的ホール。3階が食堂や、娯楽室。で、4、5階が男子用で、6、7階が女子。後の上はリーダー区域だ〉
「はあ……」
マンションと言ってもそんな大きい敷地ではない。
各フロア、6つの部屋で構成されている。
つまり、多くても30人程度しか欠陥者はここにいない事になる。世界を相手にするには寂しい限りだ。
〈まあ、ここだけじゃなくて他にもいくつかある。一番でかいし、リーダもいるのがここってだけだ〉
「あっそ」
俺は三階にある、玄関に稚拙な平仮名で書かれた『しょくどう』の文字を見つけて足を止める。
「この字は?」
〈食堂は米山親子が経営してるんだ――つっても、あいつらは欠陥は持ってないけどな〉
「じゃあ何で……」
〈あいつらにも事情があるんだよ。つっても、今日は確か食堂は休みの日だった気が〉
食堂の定休日は水曜。
休んでていいのかと思うが、そのスタイルで長年やっているとのことで、本人たちがそれでいいなら別にいいか。
〈事前にメニューは作ってあるから、予約しとけば定休日でも食えるしな〉
「その辺はしっかりしてるんだな」
腹が減っては戦ができぬ。
それが米山親子のモットーだとか。
〈あいつらの料理は最高だからな、中でも俺の大好きな――〉
「天丼?」
〈なんで分かった!?〉
「俺も好きだからひょっとしたら、そうかなーと」
〈正解だよ。なんだ、お前も好きなのかよ……〉
「当たり前だ、あのサクサクの衣、野菜と魚介が甘いタレと絡み合い、ご飯がそれを支えている。天ぷらをただ乗せただけで、別の料理へと進化する」
〈海老と茄子は譲れないな……〉
「俺は旬な食材ほどたまらないな」
〈旬……?〉
好きな食べ物が同じで話が弾んだ俺とキラー。
しかし、ここで僅かな差が生まれてしまう。
「ああ、四季によって食材の味は変わるだろ?」
〈おいおいおい。確かに四季はあるけどよ、食材の味はいつでも一緒だろ?〉
「へ?」
〈正直、『我道塔』のそこは俺も認めていいと思っている――我道塔から送られるエネルギーは養殖場や、畑が、最適な環境へとなるよう調整されている〉
それによって、安定した食料、味を確保できるのだと言う。だから、ファミレスで食べたハンバーグは美味しかったのか。
なるほどね。
環境すらも調整できれば――すべての環境で食糧不足は無くなるかもしれない。
〈ほら、いつまでも玄関先で突っ立っても仕方ねぇ。早くいかないとヘレンが怒るぜ?〉
「ああ、そうだった」
ここに来た目的を忘れてしまっていた。
〈んじゃ、俺は一眠りするわ〉
「またかよ……」
〈はっ、しょうがねぇだろ。ま、何かあったら起こしてくれ〉
「起こしても起きないだろ……」
キラーが眠りに入った。
まあ、色々教えて貰ったんだから、休んでもらおう。
食堂に入ると、俺達に与えられている部屋より広い。5つの部屋を繋げられてるだけあって、食堂としては十分の広さを誇っている。
広さは申し分ないが、俺が思っていた食堂とは少し違っていて――ここは食堂と言うよりも居酒屋のようだった。
そんな居酒屋――ではなく、食堂の角にある畳席にヘレンはいた。
「遅いわ、生良兄」
「悪いな、ちょっと話し込んでて……」
「離すって、まさかあの尻軽? ちゃんと千里さんに欠陥の使い方を教えて貰うよう言っておいたのに……」
赤音は意識が戻ったのか。
千里さんが俺にしたように『欠楽の園』について説明してくれてるのか……。その場に犬飼博士がいないといいな。
女子高生にめっちゃ興奮してたから。
「ついでに、負け犬も嗾けたから、ひどい目に遭ってると思ったのに……」
「ヘレンって、見た目に反して非道だよな……」
「将来、障害になりそうな人間は早めに排除しないと――出る杭は打たないとね」
俺は畳の上に胡坐をかいて座る。
「そうだ、最初にヘレンに謝っておくよ――」
「謝る?」
「そ。俺の為に『我道自衛隊』殺しちゃったんでしょ?」
「いいわよ、それくらい」
「よくないって!」
俺は思わず声を荒げてしまう。
怒っているのはヘレンにではないのだが、今この場には二人しかいないので、ビクリとヘレンが怯えた。
「え、えっと……生良兄は何を怒ってるの?」
「ゴメン、何でもない」
「そうなの? いや、でも良かったわ。生良兄が深刻な顔してたから、振られるのかと思ったわ」
「そうか……」
いや、待て俺。
そうか。
じゃ、ないでしょ。
ヘレンがキラーを好いているのは理解している。でも、振られるってことは二人は付き合ってるのか?
「当たりまえじゃない! 『欠楽の園』で一番お似合いの二人と言われてツーマンセルを組んでたじゃないの!」
「ああ、その話ね」
二人一組で行動するのが『欠楽の園』の基本なんだよね。
なるほど、ヘレンは俺のパートナーが赤音に変わるんじゃないかと危惧をしていた訳か。
俺も赤音も欠陥は使えないんだけど。
「ツーマンセルだけじゃないんだけど……」
ヘレンがぼそりと言う。
時々、ぼそぼそしゃべるのはヘレンの癖なのか?
「え、なに?」
「ああ、とにかく謝る必要はなし!」
「それは分かったんだけど、最後に一つお願いがあるんだけどいいか?」
俺は正座へと座りなおして姿勢を正す。
「もう、人を殺さないでほしい――できれば、ヘレンにはもう二度と……」
まだ若い。
若人の未来を守るのは大人の役目。
その大人が、ヘレンに尻拭いをさせてしまったんだ。
「……ヘレンは俺が守るから」
だから――戦わないでくれ。
「――分かったわ」
俺の気持ちが通じたのだろう。ヘレンは目に涙を浮かべながら了承してくれた――泣くほど嬉しいのか。
やはり少女。
戦いなんて――嫌に決まってる。
「それは、契約でいいのよね?」
契約?
契約と言えば契約だけど――俺的には単純にお願いしたつもりだ。でも、それでヘレンが戦わないならそれでいいか。
「あ、ああ。構わないけど」
「いやったぁ!」
年頃の少女が表す喜び方でなく――中年男性が応援していた、プロ野球のチームが優勝した時を彷彿とさせるはしゃぎよう。
立ち上がって、机に片足乗せちゃってるもん。
「ちょ、ヘレン?」
「やった、やった。いや、最終的にはこうなると思っていたわよ? でも、それは自分から出会って、まさか生良兄から、こんな形で契約できるなんて思わなかったわ。もう、いなくなって心配したけど、やっぱ愛は時間を超えるのね」
早口にまくしたてるのでなんといって居るのか聞き取れない。
「ヘレン? これで俺の用事はすんだんたけど、お前もなにか用事があったんじゃないのか?」
「あ、そうだったわ。今となってはどうでもいいけど――受けちゃったもんは仕方ないわね」
はしゃいで着かれたのだろうか、息切れしているヘレン。そんな喜ばなくてもいいだろうに。
カードの端末を取り出し、なにやら電話をし始めた。
「もしもし、今から行くから、例の場所でまってて」
それだけ言うと、電話を切って、
「ちょっと、迎えに行ってくるから待ってて? 生良兄――いいえ、生良兄?」
「ダーリン?」
俺が首を傾げてると同時にヘレンがその場所からいなくなる。
電話の相手を迎えに行ったのだろう。
瞬甘移動。非常に有能な能力ではあるのだけど、一緒に移動できるのは二人と言う条件がある。
その程度の制約、関係ないんだろうけどさ。
「これでヘレンは大丈夫だけど……」
問題は俺が戦えるかどうか。
殺領域の効果があれば十分いけると思うし、俺にはキラーが居る。一人だけど一人じゃない。
そう思うと、少しだけ――気が楽になった。