俺は現実を知る
映し出された画面には3人の顔写真。
何故か一人だけno imageと書かれていた。
顔が写っている二人の内の一人は、今まさに俺の目の前に居る千里さんであり、もう一人は外人なのだろうか。彫が深く、整った顔立ちをした男性。
顔写真を見せられるのはいいが、何て答えればいいのだろうか?
「これは……?」
「『欠楽の園』のトップだ。リーダーと呼ばれているがね」
この3人がリーダー……。
なら、
「千里さんもリーダなの?」
「まあ、一応はね」
『欠楽の園』は欠陥者が少ないだけあって、所属している人間も少ない。だからこそしっかりとしたリーダーが必要だと言う。
「人数が少ないから、犠牲者は出せないからな」
「それはそうなんでしょうけど……」
「それに、ほとんどの人間は我道 不折のために、世界の為に自分が犠牲になることを誇りに思っている。欠陥者も例外ではない」
「そんな……」
研究所に連れてかれ、死ぬまで体を弄ばれる。
それを避けるためにこうして組織を組んでいるだろうが、普通の人が見れば、悪なのは――欠陥者なんだ。
「しょうがない。それが普通だ」
「普通って……」
犠牲になるのが普通なんておかしいだろ。
だけど、俺の世界でもそうだった――日本が平和であって、世界は平和じゃない。ただ俺が知らなかっただけだ。
「身を捧げられなければ――私達のような反逆者になるしかない」
自分から身を差して綺麗なまま死ぬか、『我道自衛隊』に捕まって反逆者として汚く死ぬか。
私たちに与えられる選択肢はその二択。
どっちに転んでも死ぬんだがなと、妖艶に微笑む千里さん。
「私たちは死ぬのではなく生きたいのさ――だから、生きる道を開拓している」
「開拓……」
「その為に戦う」
余りにも――俺の住んでいた世界と違う。
世界が違うなんて言葉では片付けられないんだろうけど――。
少しでもこの重い空気を壊したくて、千里さんの隣に映し出された彫の深い男性に付いて名前を聞く。
「アレス・コングランスさんは、ここにいるの?」
リーダーならば、挨拶位はしておいた方がいいだろう。もしかしたら、キラーもお世話になっているかもしれないし。
「彼はいないよ。今も恐らく我道 不折に交渉を求めている」
「交渉?」
「ああ、彼は異常なほどの平和主義の持ち主だ」
「平和主義……」
平和主義だからこそ――自らトップに立ち、トップである我道に交渉しているのかもしれない。そう考えれば、俺の世界に近い考えを持っている筈だ。アレスさんの名前と顔を記憶の片隅に記憶した。
「変わり物の彼の考える事はわからんさ」
どうやら変わり物ではあるそうだが、俺から見れば、今の所、この世界に来て変わり物じゃなかったのは若菜くらいだ。
「はあ。じゃあ……一人だけ画像が無いのは?」
「彼はね」
画像の下には名前だけ書かれていた。
宗次戒。
名前からすると男なのだろう。それもきっと怖いタイプの男に違いない。俺は名前からそう判断した。
写真が無いのも顔が怖いからだ。そうに違いない!
「とてもシャイな人間だから」
「そんな理由なのかい!」
しかし、かくいう俺も写真は苦手で、高校の時の卒業アルバム。
俺はそのアルバムの中で一枚しか映っていない。クラス紹介に掲示される一人一人の写真。それしか映っていない。
なので、クラスメイトが、ひそかにウォーリーを探せを、やっていたのを俺は知っている。
流石にその時は悲しくなったけど。
「主に一人で『我道塔』の破壊活動に勤しんでる変わり物さ」
シャイである癖にやることは大胆だった。
「リーダー変わり物ばかりなんだ……」
『我道塔』の大きさを目の当たりにしているので、一人で破壊など想像もつかない。だけど、もしかしたら欠陥者なら普通なのかもしれない。
「『我道塔』の破壊。普通の欠陥者ならばあり得ないが、宗次は一人で行える。彼は『欠楽の園』の中でも1、2を争う力の持ち主だ。因みにそのライバルは……」
「千里さん?」
「まさか、私は戦闘派ではないのでな。普通にアレスだ。だが、トップを争う二人が単独行動をしているので、基本『欠楽の園』は、私が仕切っている」
千里さんは俺に椅子を蹴り渡し――自分は机に座っているので、必然的にその形になったのか。
俺はその椅子に腰を掛け、『欠楽の園』に付いて詳しく聞く。
「普段は『欠楽の園』は何をしてるんですか?」
この場所は機械的な物が多く、どっかの研究室みたいではあるけど……。
欠陥者の研究とかかな?
「そうなだ。主には欠陥者になった人間の勧誘、そして『我道自衛隊』の妨害」
「妨害? それは――」
キラーも言っていた――人を殺していると。
それが妨害活動なのか?
「『我道自衛隊』を――殺すってことか?」
「私たちも人間だ。好き好んで殺しはしないさ。ただ――そういう場合もある」
事なさげに千里さんは言うけど、俺にはその感情が分からない。邪魔になれば殺すなんて、そんな引き算みたいに人を考えられない。
「何を君は言っている。現にヘレンは今日も君の為に人を殺しているぞ?」
「な、そんな……。大体ヘレンとは今日会ったばかりで」
合ってからは、赤音とひと悶着あった物の、死人なんて出ていない。
ならば、考えられるのは――。
「君が気を失わせた自衛隊二人。あの二人を君の為に殺してる」
千里さんが俺を嘲笑う様にそう言った。
キラーが殺せと――俺に言っていた二人だ。俺がやらなかったから、顔を見られたから、ヘレンがやったのか?
このタイミングで、キラーが目を覚ます。
〈はあー、良く寝た。って、千里……。気を付けろ、こいつは人の心まで覗こうとするからな〉
千里の目で手毬に取る女。
俺達の中ではそう呼ばれていると、キラーが警戒する。
「キラー……」
良かった。
いいところで目が覚めてくれた。俺一人だったらこの罪悪感に押しつぶされてしまう。千里さんの様に淡々と言うのではなく――怒るでもいいから、とにかく感情を俺にぶつけてくれ。
〈はっ、だから言ったろ殺せって〉
しかし、頼みの綱であるキラーも、何てことなさげに俺と話す。
それがこの世界に置いて普通だから。
普通だから平気なのか?
けど、俺にとっては普通ではない。
「できるかよ……」
〈だから、出来るとかじゃねえんだよ。俺達はもう、そうなってるんだ。なるしかなかったんだよ〉
何回も言わせるな。
お前は俺だ。
ならば、お前もやれるさ。
「やれるか……馬鹿」
〈誰が馬鹿だ。今の現状、馬鹿はお前だぜ?〉
「かもね」
〈ま、お前は俺じゃないんだっていいたいんだろうが、〉
「ああ」
〈なら好きにしろ。そして早く俺の体を俺に返せ〉
「俺だってそうしたいよ、殺人者の体なんてまっぴらごめんだ」
頭の中で会話をしている俺達を見て、千里さんが、
「それが後遺症か?」
と、俺に聞いてきた。
そう言えば犬飼博士もショックがどうしたと話していた気がする。
「後遺症?」
俺はその意味を聞こうとするが、それより先に千里さんが話の流れを断ち切ってしまった。
「ああ、いや何でもないさ。とにかく、あの負け犬も言っていた通り、今はゆっくり休め。このマンションの4階にあいている部屋がある。まあ、最初から君の部屋なんだけどね」
「はあ」
「当分は君は『欠楽の園』でお世話してあげる……、その間にたっぷり知ると思うよ?この欠陥者の扱いを」
千里さんはそう言うと、部屋の鍵を俺に投げ渡して出ていってしまう。
その場に残された俺。
〈ま、お前も色々あったろ、とりあえずはゆっくり休め〉
キラーの不器用な優しさが嬉しかった。
ゆっくり休め。
皆が言っていたが、確かに今はそれしか出来ないのかもしれない――俺の精神的にもな。
俺は与えられた部屋の鍵を見つめていた