俺は転生したかも知れない
「さてと……、この違和感の正体を突き止めるか」
一歩、たった一歩外に踏み出した途端に俺は感じた。
何か――違うと。
朝起きた時は、机の上にあったのに、仕事から戻るとないとか――そんな些細な違和感だ。
ある物がなくて、ない物がある。と、言えば、体の変化だと思われそうだが、最初に行っておこう。俺は男で体に変化はない。
胸は無いままだが、俺はそんな疑問を胸に空を見上げる。
「まずは空を見てみよう。今日の天気は晴れだったけど、曇ってる。OK、天気予報は外れてなんぼだ」
これは普通。
じゃあ――やっぱ、あれだよな。
いや、分かってたんだけど、あえて触れなかった。大きすぎる間違いには、触れてはいけない。それは人間も同じだ。
とにかく、俺の住む町には無かったのも――。
「あの巨大な塔は何だよ……」
その塔はゲームに出てきそうな形をしていた。スカイツリーや東京タワーよりも、複雑な形状をしている。
なに、あれ?
ダンジョンか何かですか?
魔王とか住んでそうな外観だ。
「見上げると電線がないのも、気になるんだよな」
塔を見ていて思った。
住宅街に電線がない。
電線がないと言う事は、電灯も無くて――町全体がすっきりして見える。どんなに町がすっきりしようと、俺の気持ちはモヤッとしたままだ。
「久しぶりにこの町に帰って来たから、大幅に変わってても別に変じゃ……いや、変だよな」
昨日の夜、実家に戻って来た。
夜とはいえ、流石に、どんな暗くても、あんなでかい建物に気付かない自分ではない。一夜にして、あれほど巨大な塔を建設できる。そんな技術があったら、東京オリンピックの会場も、すんなり建っているであろう。
国を挙げてのイベントで無理なんだ。
恐らく、それほどの技術は――今の日本は無い。
「えーと、家の中は普通だった。塔があるとは言っても、この景色を俺は知っている」
町並みは、ほぼ変わって無い――俺が住んでた場所だ。
そして、自分の部屋も変わって無かった。
「朝起きてからも、特に何もなかっただろ?」
朝、食べたものはフレンチトースト(昨日の夜から付けていたのでプルプルだった)。
歯磨き(折角戻って来たので新しくした結果、歯茎から血が出た)。
そして、軽くジョキングをしようと思い、外に出て――現状に至る。
「玄関前で足止め喰らうとは、思わなかったぜ」
しかし、変わった事があるからと、家に戻って両親を起こすのも気が引ける。
俺は社会人なんだ。
いつまでも親に頼ってられない……実家に戻って甘えに来た俺ではあるが。
しかし、それも、有休を2週間、会社がくれたからだ。
今まで頑張ったからと会社からのご褒美。だが、どんなに頑張ろうと、俺の心から虚しさは消えない。
休みを貰えるだけ有難くはあるけど。
「あーあ、仕事の事――忘れたくて戻って来たのにな」
この2週間は仕事を一切考えない。
そう決めて戻って来た。
俺は自分の頬を両手で叩いて、自分に気合を入れる。
「気持ちをスッキリさせるには走るのが一番か……」
俺はなんとなく巨大な塔に向かって走る。
近くで見れば、何かが分かるかも知れないと思った。
◆
「遠いわ!」
大きき過ぎると、距離感が分からなくなるとは言われるが、ここまで遠いとは思わなかった。
「それに、通り過ぎる車、どれもスタイリッシュすぎるだろ……」
道路を走る車。
地方都市だろうが、昼間だろうが、多少車は走っている。
その光景は普通だ。
だけど――車の種類が一つも分からない。
車に興味は無いけど、あれ? あの車見た事あるなー。とか、それくらいはあっても良い筈なんだ。
未来的な車を前に、俺は一つの予想を立ててみた。
「まさか、俺……コールドスリープしてたとか?」
目覚めた先は未来であった!
うん、だとしたら、俺の布団凄いな。ベットでなくて布団なのがポイントね。夏は暑くて寝れないのに、コールドスリープって……。
「そんな馬鹿な話ないか……」
改めて真下から見上げると――マジででかい。
東京タワー位あるんじゃないの?
初めて都会に出た子供の様に口を開けて、見上げていると――1人の女性が、後ろから話しかけてきた。
「あの……、違ってたらごめんなさい。ひょっとして黒羽 生良くんかな?」
「あ、え……」
俺は振り返ると――見覚えのある顔があった。
「若菜 比奈……だよな?」
良かった。
知っている顔を見て、俺はほっとした。
「そうだよー。高校卒業以来? どう、仕事は?」
「ああ。まあ、普通かな……」
若菜 比奈。
俺の幼馴染だ。
小さい頃は一緒に遊んだが、高校卒業後は会っていない。
確か、俺でも知ってる名前の大学に入学したと聞いたが――何で、こんな場所にいるんだ?
「若菜こそ、大学はいいのか? 今日は平日だぜ?」
花の月曜日。
学生も社会人も皆、働く時間帯になっていた。
「大学?」
きょとんとして首を傾げる。
淡い栗色の髪の毛を左右でお団子にした彼女。首を傾げると当然お団子も付いて来る。
俺の知っている若菜は、黒髪ストレート。
お洒落な性格では無かったんだが――まあ、大人に成れば、人は変わるか。
「何で分からないんだよ……。あ、今21だから、もう卒業したのか?」
そう言いつつも、大学って何年生だったけ?
高校よりも一年多いのか?
俺はそんな常識を考えながらも、若菜の返事を待つ。しかし、帰って来た言葉は――俺が想像していなかった言葉だった。
「何言ってるのよ。私は大学なんていってないよ?」
「へ?」
今度は俺がきょとんとして、首を傾げる番だった。俺の場合は首を傾げても、何も付いてこないので、少し寂しい気もする。男なので当然、お団子ヘアーは出来ない。
「やだなー。私も高校卒業して、すぐ働き始めたじゃん。ここでさ」
若菜が指差したのは巨大な塔。
ここで働いてるって、馬鹿言うなよ。これは昨日までは無かったんだぞ?
その事を俺は若菜に告げたが、
「どうしたの、生良? これは私たちが生まれる前からあったじゃない」
と、俺のおでこに手を置いた。
「うん、熱はないね」
俺が可笑しな事を言っているのは、熱のせいだと思ったらしい。
心配してくれるのはありがたいが、分からない事が多すぎて――本当に熱が出そうになる。
「あのさ、じゃあ塔は何なの?」
俺は頭が痛いのを堪えて聞く。
「え、これは『我道塔』じゃない。知らない訳ないでしょ?」
そんな当たり前みたいに言われても、分からないから聞いてるんだから、もっと詳しく教えて欲しいかな。
「我道塔?」
「そ。社会を支えるエネルギー供給システムを管理してるのが『我道塔』」
若菜は流石に職場だけあって、俺に分かりやすく説明してくれた。
現在、世界に3本。これよりも巨大な塔――『真我道塔』と呼ばれる、エネルギーを作っている塔があるらしい。
そこで作ったエネルギーを人々に送るため、管理地点として建てられたのが――『我道塔』だと言う。
エネルギーを目に見えない無線の様な物で送っている。
しかし、この塔がエネルギーを発信している以上、受信する者が必要になる。
「私たちの脳に、受信用の『我道チップ』が埋め込まれてるじゃない」
若菜は何食わぬ顔でそう言った。
しかし、そんなもの、俺の体に埋め込まれていない。『我道チップ』なんて変わった名前が体に埋め込まれているなら、今まで一回は耳にしている。
「えー、そんな訳ないよー」
「いや、マジだって」
「本当に?」
若菜はそう言って俺に一枚のカードを渡した。
スマホに似て、液晶の様な画面が付いているが、大きさは一回り小さく、どこにもボタンは付いていない。
どうやって電源を入れるのか、分からず苦戦していると、
「付けって念じればいいんだよ」
と、教えてくれた。
優しく教えてくれるのはいいけど、流石にね。もう驚かないよ。
大体こんな薄くて電池がどこに入るんだよ。
「あのな。そんな念じて付いたら、世の中もっと……えぇえええええ! ええぇーい!」
俺が言葉を言い切らない内に付いた。
嘘だろ……。
しかも、画面には何故か、俺の個人情報が並べられている。
・性別 男
・年齢 21歳
・身長 172cm
・体重 62kg
・職業 製造職
「なんで!? これ、俺の端末なのか!?」
「違うって、個人に埋め込まれてる『我道チップ』を読み取って、表示させるただの端末。もう、『我道チップ』が埋め込まれてないなんて、ある訳ないじゃない」
あれ?
そもそも、我道って何だ?
塔の名前も『我道塔』だったり、メインの塔も『真我道塔』だったりと、とにかく我道が付いていた。
「我道博士は、小学校で一緒にならったと思うんだけど?」
「いや、そんな面白い名前を、俺が忘れるとは思えないね」
「へー。じゃあ、何か覚えてる事行ってみなよ」
むむ。
小学生で習うことなど、社会に出たら意味など無いからなー。
大体、小学校で遊びに行ってただけじゃん?
そんな事言われても覚えてる事なんてないしー。
「はあ。だとしても、我道博士を知らないのは、馬鹿すぎるでしょ……」
我道 不折。
この世界に置いて――唯一不老不死を許されている人間。
彼の頭脳は永遠の価値があると称され、我道博士が生まれてからを、我道暦として数える事になったと言う。
凄いね。
たった、この二行の間に突っ込み満載だもん。
まず――不老不死。
永遠の人間の夢とか言われてんのに、そんな、あっさり紹介されたから、危うく聞き逃す所だった。
きっと、風呂敷って言おうとしたんだろう。
世界で唯一許された風呂敷。
どんな風呂敷だ……。
「不老不死はやろうと思えば、皆出来るよ?」
「出来るかっ!」
「まあ、まず国からの許可が下りないんだけどね」
「許可の問題なのっ?」
「え……他に問題あるの?」
目を大きく見開いた若菜。
どうやら許可の問題らしい。
分かった、不老不死には目を瞑ろう。目を瞑ってもチラチラと頭に入って来るけど、気にするな。
次の突っ込み――我道暦って、何?
「今って、西暦だよね?」
「西暦? そんな暦ないって」
「そんな訳あるか。西暦2015年6月25日でしょ!」
「月日は合ってるけど、今日は我道暦215年 6月25日だよ?」
「我道さん200年も生きてんの!?」
化け物か!
我道暦の前は紀元前だとか。
もう駄目だ……。
着いていけないよ、俺。
「あのさ、もしよかったら、後でまた会えない?」
取りあえず、一回頭を休めよう。
俺の処理能力を次から次へと超えてくる……。
「いいよ! 私ももうすぐ仕事だしね!」
仕事が終わったら家に来てくれると若菜が言うので、その言葉に甘える事にした。
塔の中に入っていく若菜を見送った俺は、ゆっくり歩きながら、情報を整理する。
今までの会話で分かった事。
・若菜は俺を知っていた。
・西暦は無い
・我道博士は我が強い。
この三つだ。
最後の情報はどうでもいいとして、上二つの情報から考えられるのは――。
「異世界……?」
未来の世界かとも思ったのだが、西暦が無くて、若菜が俺を知っていた。
なら、考えられるのは異世界しかないよな……。
異世界に転生した……のか?
だけど、俺は別に死んでもいないし、神様にあった訳でもない。
大体、今朝、鏡で見た俺は、俺だった。つまり、見た目は変わっていないんだ。
転生しても自分とか――それこそ我が強すぎるだろ。
「ああ、もう駄目。考えるの止めた!」
俺は長い道のりを再び走り始めた。