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「人間はね、いつも苦しがっているの。短い時間しか生きれないのにね、いやなことが後から後から次々とわいてきて、自分で自分を殺してしまうときがあるの」
「むちゃですよ」
「苦しむのが生きること、みたいなことになっちゃってて。こんなんなら、何も知らないままのほうがよかった。生まれてこなきゃ、何も知ることないもの。楽しいことも最初から知らなきゃ、何も感じることないし」
「そんなぁ」
「ほんと、つまんないことなの。こんな、問題にもならないようなことで悩むなんて、どうかしてる。でもね、それがつらいの。それが私たちを一番苦しめていたの。でも、そんなことで悩むぐらいなら、いなくてもいいじゃない。あんな巨大な生物がいるのなら、私たち人間がいなくったって、宇宙は何の支障もないわ」
「でも、それでは、私は生まれてきませんでした。セリナ、あなただって」
「もしね、私たちが何も知らない、感情すら持たないで、進化もしないでいたら、こんなことしなくてすんだかも。地球最後の日が来ても、特に何もしなかったかも」
「それでは、死んでしまうじゃないですか」
「だとしても、私たちはシアワセだったかも。ふふっ、ごめんね。長々と。これだけしゃべったら、眠くなってきちゃった」
セリナは目を閉じた。
また、夢を見ているみたいだ。
わかるのは、これはコンピューターが見せているものではなく、自分で見ているもの。
視界はぼんやりしていた。
明るさはわかるが、それだけだ。だが、声が聞こえる。
「うおおお、可愛いなぁ。これが俺の子か。君にそっくりだなぁ。美人になるぞ」
「あなた、ほめすぎよ。目元あたりはあなたに似てるんじゃない?」
「何言ってるんだよ。俺が似ているのはせいぜい目と髪の色ぐらいさ」
聞き覚えがある声だ。
「晴香、よくがんばったね。すごく嬉しいよ。いま、俺は世界一の幸せ者だ」
「グレールったら、大げさよ」
「いや、ほんとに嬉しいんだ。この世界の俺と君の命を受け継いだ子供が生まれるんだよ。俺たちにとっては宇宙にひとつしかない宝物じゃないか」
「えぇ、大切にしなくちゃ」
「ところで、名前は」
「もう考えてあるのよ。セリナ。ギリシャ神話の『セレネー』からとったんだけど」
「そうか、産まれたのは満月の夜だったな」
「あ、見てみて、笑っているわ」
「ほんとだ。可愛いなぁ。将来は映画スターだな。頭もよさそうだ、こりゃ世界一美人なノーベル賞受賞者になれるぞ。スポーツでもいいな。種目は何でもいい、金メダルでも取れば世界のアイドルだ」
「何でもいいじゃない。この子が幸せになってくれれば。……どうしたの?」
「嬉しくて、涙が……」
「パパ、ママン……、私」
24時間は早かった。
生命体はまったく動かない。
自分でも驚かずにはいられないぐらい、簡単に離れることができた。
立ち上がった。既に通り過ぎてしまった巨大生命体に視線を向けた。
手を伸ばしても掴めない雲のように、それは宇宙空間に浮かんでいるだけだった。
抜けました、とコネクターの喜びの声が耳に響いてくる。
「ねぇ」
なんです?
「ありがとう」
コネクターは照れくさそうに笑っていた。
生命体から遠ざかっていくが、そうとは思えない。
生命体の大きさが変わらないからだ。
「本当に気がつかなかったのかな。もしかして、気づいてた? 私たち、生かされたの?」
歩き出す。当面の危険はなさそうだ。
ふと足を止め、コネクターを呼んだ。
「どこが出入り口かわからないんだけど」




