1-6
耳元で叫ばれたような大声だった。
驚いて両目を開き、声の方向を向いた。
「Euh. quoi? Ou somes‐nous?(あ、あれ? ここはどこ?)」
「なに言ってるの、セリナちゃん」
目の前には不機嫌顔のユキがいた。
学校からの帰り道でしょと言われ、周囲を指し示した。
セリナは左右を見回した。
―あれ、変だな? どうしてユキちゃんと会話中なの?
セリナの手には荷物が握られていた。
いつ帰ったのか、ぜんぜん思い出せない。
ユキに肩をゆすられる。
「どうしたの? 本当に大丈夫なの?」
セリナの声は喉の手前で引っかかっているかのようになかなか出てこない。何度も瞬き、気を静める。
さっき夢で見たことは忘れよう。
「あ、あぁ、ごめん、大丈夫、だから」
セリナはユキの手を振り払い、彼女の前を歩き始めた。
「あ、ちょっと、ちょっと待ってよ」
ユキがあわてて追いかけてくる。
セリナは歩きながら考えた。
夢のことがまだ頭から離れない。
―なんだったのかなぁ。なんか、妙にリアルだったけど、あれは夢ね。はっきりしたわ。
ほとんどの夢が、目が覚めたらすぐに忘れてしまうのに。これだけは今でも鮮明に思い出せる。宇宙空間に放り出されそうになったときのことや、ワイヤーで縛り付けられていたときの感触までくっきりと。
背後からユキが呼びかけてきているが、セリナはまったく気がつかない。
―でも、私は、今まで何してたんだっけ?
歩きながら顎に手をあてる。なんだか変な一日だった。勉強した記憶もないし。いつものことだけど……。
「セーリーナッ!」
「わあっ」
ユキに後から背中を叩かれ、驚いてしまった。
それからユキは後ろからセリナに抱きついてきた。顔を少し横に向けると、親友と目が合った。
「ユキちゃん、ちょっと……」
ユキはじっとセリナを見つめていた。
「ノーマルでいきましょ、私たち。ねっ、ねっ」
セリナはユキの腕を引き剥がそうとした。
しかし、ユキの腕はびくともしない。
「今日のセリナちゃん、変だったよ。授業中はよく寝るし、誰が話しかけても上の空だったしね。歩いていたってボーっとしてたし。本当に何もないの?」
セリナの動きが止まった。
冗談を言っている場合ではなかった。
ユキの手を握り、その手に力を込めた。
「ごめん、でも、もう大丈夫だから」
目頭が熱くなってきた。セリナはうつむき、気づかれないようにさっと涙を拭いた。
「ユキちゃん、お願いがあるんだけど」
セリナの声は真剣だった。
本当はユキの気遣いが嬉しくて『ありがとう』と言いたかった。しかし、照れくささが先にたち、別の言葉でごまかそうとしている。
「何?」
セリナは手をおろし、下を向いていた顔は空を見上げた。日が傾きかけ、西日が強く照りつけてくる。
「そろそろ放してくれないかな」
「あっ」
ユキはあわてて体を放した。すると急に涼しくなった。
セリナは振り返り、動揺しているユキを見て大きく息を吐いた。そして、ユキの肩を二度三度と軽く叩いた。
「ユキちゃん、彼氏いるんでしょ。私にじゃなく、彼にやってあげなさいね」
それだけ言うと、セリナは一人でさっさと歩き出した。
「ま、待ってよ!」
背後からユキがすがりつくように肩をつかんできた。後ろに強く引っ張られ、危うく倒れそうになった。ユキはセリナが何か言う暇を与えず、
「か、か、彼って、だ、誰のこと?」
「ユキちゃん、落ち着いて。もう隠さなくていいのよ」
ユキは赤面している。耳まで真っ赤だ。
「セリナちゃん、いったい誰から」
「みんな言ってるよ。見てたらすぐにわかるしね」
「相手が誰かも、知ってるの?」
ユキはその場に立ち尽くし、低く押さえ込んだ声で言葉を詰まらせながら問いかけてきた。
セリナは『うん』と言い、霧沢和人君だと名前を挙げた。
「うう」
ユキは子供のころから隠し事が下手で、嘘をついても顔に出てしまう。今、セリナが言った名前で、ユキはすぐに反応してしまった。
セリナはユキの隣に立ち、肩を叩いた。
「よかったじゃん、ずっと好きだったんでしょ?」
「でも」
意味もなく笑いがこみ上げてきてしまう。腕を組んで何とか答えを探す。
「う~ん。なんと言ったらいいのやら」
自然と笑いが出てきてしまう。ふと目を戻すと、ユキは真剣な表情でたたずんでいた。
笑っている場合ではないと気づくが既に遅く、再び二人の間に気まずい空気が漂った。
「セリナちゃん、ごめん。黙ってて」
ユキがつぶやく。そんな彼女の腕をセリナは引っ張った。
「行こうよ。歩きながら話そう」