5-7
レイAのブレイン、セリナは目を覚ました。
といっても、見えるのはコケが生えた宇宙船の表面と、星がちりばめられた宇宙空間、そしてまったく数の減らないグロテスクな生物たち。
――起きなきゃ、戦わなきゃ、いたたた……。
背筋がひどく痛む。腰から下の感覚はない。
力を入れるとあちこちに痺れを感じる。立てるだろうか。
「翼は、大丈夫みたい」
腕で体を支えようとした。
掌の中でグチャッという不快な音が聞こえた。
頭が痛い。
目眩もする。
右手に力が入らなくなっている。ずっと武器を握ったままだったからだ。
強い圧迫感が胸にある。
あわててその箇所に手をあてた。ひびでも入っていたら、どうしよう。
顔を上げると、強い光が目に飛び込んできた。
赤く輝く巨大な恒星だった。
光をしばらく見つめていた。
痛みが急激に和らいでいった。冷えた体を温めていくように、背中や翼や頭や腕にも浸透していき、疲労感が取り除かれていく。
――なんだろう、これ。
強い光を浴びた途端、体の底から力がわいてきた。
武器を握り締め、全身に力を込めた。
コケを何とかしたかった。
このままでは食い尽くされそうだし、なんといっても気持ち悪い。レイAは激しく身震いした。
一瞬にして、コケが消滅していった。
上を見ると、さっきの宇宙生物がいた。
体が透き通っていて、まるでミジンコを巨大化させたようだ。
レイAは翼を一回羽ばたかせ、跳んだ。すれ違いざまに武器をふるう。簡単に切り裂けた。体液も出なかった。
レイAは宇宙空間の一点で静止した。
攻撃力が格段に上がっているのに気がついた。
――まさか。
信じられないが、これと同じことを一度だけ経験したことがある。
レイAの体が細かな粒子を放出していた。それにつれて、不要な装甲が剥がれていく。
ヘイルは驚き、絶叫した。
「レイ・エンジェルの鎧が!」
レイAの体が白くなり、大きな亀裂が入った。
二の腕や上腿部の装甲はすぐに砕け、小手とブーツ以外の部分もそれに続いた。顔と頭はひびが入るだけに留まった。
装甲の下から現れたのは、真っ白な体だった。
ロボットのそれではなく、人間の肉体のようにみずみずしい、柔らかな質感が感じられる。
豊かな胸とくびれた腰を持ち、理想的な若い女性の体型を持っているといえるだろう。
裸身ではあったが、ヘイルの性欲がかきたてられることはなかった。
翼は二対ずつとなり、ひとまわり大きく広がった。
特に目を引いたのは、孔雀か鳳凰のような尾羽根であった。
破片となった装甲はレイAの鎧を再構築した。
ほとんど前と同じ装飾の鎧だったが、今度はレイAの全身を覆うようなことはなかった。
人間が鎧を装着するときのように、関節には何もつかなかった。
動きの機敏さを確保するためだろう。
また、以前は赤を基調としていたのに対し、今度は赤と白が均等に配色されている。
よく見ると、装飾は微妙に変わっていた。西欧風の特徴を持つ、繊細で非常に凝った紋様が見つけられた。
レイAの周囲にはいまだに光の粒子が漂っていた。
やがてそれらもレイAに取り付き、大きく変化する。
光の粒子は白く輝きながら、レイAを包み込んでいく。
光は明るさを落とし、後には布のような物が残った。
薄いシルクのように柔らかくて軽そうだ。
長い一枚布は鎧の一部を外に出しただけで、体を覆う羽衣になった。
頭部に入ったままの亀裂が、さらに大きくなった。両目が輝いた。
レイAは頭を振った。
頭部の装甲がはがれ、兜とひさしを除く全ての装甲が粉々になった。
ひさしに緑がかった金髪がたれてきた。
背中にもウェーブヘアがふわりと舞った。
同時に、レイAの顔の下からは白い肌の人間の顔が現れた。
周囲を漂う破片の残りは杖の先端の飾りに集まり、惑星のリングのように銀色の光の輪を形成した。
ヘイルはその姿を見て絶句した。
「セリナが……」
宇宙空間にその子がいた。今、軽く頭を振り、閉じていた両目を開く。真っ白で、瞳のない目だった。




