4-16
二人が部屋に入ると、まず見えたのはレイAの両足の裏だった。
「早く頭へ」
コネクターに重力を操作してもらい、レイAの巨体を大回りし、頭に向かった。
――うひゃあ、大きいなぁ。
今、セリナはレイAのすぐ近くを走っているが、そうしているとロボットの大きさがよくわかる。
セリナが出てきたときのままだった。
レイAの頭部の兜のひさしが上下に二つに割れ、コクピットが開けっ放しになっていた。
そこから先端がベルト状になっている黒いコードが、何本も外に垂れ下がっている。
コクピット内部は陰になっていてよく見えない。
息が荒くなっていた。ほんの50メートル少々を走っただけなのに。
「長い間カプセルに入っていたから、運動不足になっているのかな」
激しく動いている心臓を落ち着かせるため、何度も大きく息をはいた。
息は白くなり、床に汗が数滴落ちた。
喉から変な音が聞こえていたが、すぐに治まった。
コクピットはセリナの背より高い位置にあったが、手を伸ばせば届きそうだった。意外と簡単に中に入ることができた。
「座りましたか? まだですね。座ったら全自動で起動しますから」
「あなたはどうする気なの?」
セリナは問い返した。
大声を出したためか、声がコクピット内で反響する。
「私はエデンに残り、あなたに色々と指示を出します」
「わかった」
セリナは座席に座った。
鈍いモーター音が聞こえ、同時にコクピットハッチが降りてきた。
完全に閉じてしまうと全ての音が消え、真っ暗になった。
狭いと思っていたのに、どこまでもつづく広い世界にいるように感じていた。
両腕と両足、そして胴体に何かが絡みついてきた。
「ワッ、何? 蛇でもいるの?」
慌てて振り払おうと手足をばたつかせた。しかし蛇のような何かはすばやく動き、セリナの四肢を締め上げた。
痛みで思わず叫び声をあげてしまった。
体のあちこちに厚く焼けた刃物が突き刺さったように、体の内側にまで激しい痛みが食い込んできた。
思い出した。体を締め付けているのは、さっきの黒いコードだ。
「な、なに、これ」
コードはセリナが考えている以上の圧力を加えてくる。
胴体を座席に固定させようとしているらしいが。
両腕両足、頭部も同じだった。
荒い息と苦痛の声を漏らしながら抵抗するが、コードの力には勝てそうもない。
逆らえば逆らうほど圧力は強まり、皮膚がはがされると錯覚してしまう。
「くっ、うっ……」
痛みに耐えることしかできなかった。が、痛みはますます強くなってくる。
大丈夫。
頭の中に声が響いてきた。確かに聞いた。空耳ではない。
「だ、だれ」
次に聞こえてきたのは、力を抜いて、だった。
「ちからを、ぬけって」
疑いながらも、言われたとおりにしてみた。抵抗するのに疲れてきたところだ。でも、大丈夫なのかな、不安は募っていくばかり。
「コネクターなの?」
その通りだった。
足が生ぬるくなってきた。
足元から液体が入ってきたのだ。ものすごい勢いだった。体があっという間に沈んでいく。頭の上まで来るのも、時間の問題だった。
中途半端に暖かく、あんかけのような、滑りのある液体なので、変な感触だ。
セリナの下腹部までが液体に沈んでいた。
しかし、コネクターの説明は続く。
安心して、溺れないから。
この液体、ブレインミューカスはセリナの身体に及ぼすダメージを緩和し、彼女の意思を正確に電子信号に変換する役目があるそうだ。
当然、溺死の心配はない。
それに、セリナの体にまきついているコードは、痛みを伝えるためだそうだ。
「どうして、そんなことするの?」
痛みというのは、体に危険を知らせる信号。
痛みがないと、たとえば、多量の血を流していても死ぬまで気がつかない、ということになってしまう。
ブレインミューカスはセリナの口にまで上ってきた。
一口の見込んでしまうと、後から後から押し寄せてきて、食道や気管に入っていく。
しかし、途中から空気を吸うのとなんら変わらなくなった。
液体がセリナの体を全て埋めてしまっても、すぐに慣れてしまった。
セリナは眠気を感じた。今度は、痛みはなかった。




