1-5
ゴゴゴ、と床に響くような音が聞こえてきた。
壁が左右に開いていく。壁だと思っていたが、扉だったようだ。
誘われるように、そちらへと歩き出した。
体が大きく変化しても、行動には何の支障もなかった。
いつもと同じように動ける。痛みを感じるということは、もうない。
向こう側にも、もうひとつ扉があった。重くて頑丈そうな扉だ。今のセリナが殴っても破れそうにない。
考え方を変えよう。
覚めない夢なんてないのです。この扉の向こう側にいったら、きっとこの夢は消えてしまうでしょう。
足取りがしっかりしてきた。
セリナが進み、扉の前に立つとすぐに後ろの扉が閉まった。
「あっ、閉じ込められちゃった!」
数秒後、目の前の扉が閉まった。
外は暗かったが、豆電球のような小さな光が点々としていた。扉が開ききると、それらは星だと気がついた。
「ここは、宇宙?」
片膝をつき、身を乗り出す。
視線の先には無数の小さな輝きが見えた。立ち上がろうと体を伸ばすと、床から足が離れてしまった。体が軽い。
セリナは外壁に爪を立て、その場に留まった。
体がフワフワして、水の中にいるときのようだ。少し力を加えただけで動き出し、そのままその方向へ動き続けようとする。
上と下がわからなくなった。
姿勢を保つのがやっとだ。
うかつに動くと、宇宙の果てまで飛ばされてしまいそうだ。
セリナの体はゆっくりと下降し、銀色の地面に降り立った。見回す。
光沢を放つ磨き上げられた金属の平面がどこまでも広がっていた。
今、セリナが出てきた出入り口以外、何も見えなかった。
爪を引き抜き、立ち上がる。
頭上には暗闇に輝く無数の星の他には何も見えなかった。足場を少しでも蹴ったら、たちまち限りない宇宙空間の中へと放り出されてしまうだろう。
静かに足を動かし、出入り口に近づく。
中に入らなければとそれだけを考え、膝を曲げ、出入り口のワクをつかもうと手を伸ばす。
目標に手が届くと、そこからは早かった。無重力であるため力はそれほど入れなくても、簡単に全身が入った。
しかしその後、体があらぬ方向に引っ張られた。
中には重力がちゃんと存在していた。
「うあっ」
セリナは背中を打ち付けた。
背中の翼がクッションとなり、痛みを和らげた。
―宇宙で翼? 何に使うんだろう?
動け、と思うだけで翼は動いた。
完全に体の一部になっているようだ。
違和感なく容易に動く。何度か羽ばたいているうちに、セリナの体が浮かび上がっていた。
「そっか、この翼で推進力を作り出し、宇宙空間を移動するんだ。反重力だっけ? それをこの翼で作り出すのか」
感心しながら、セリナは床に降り立った。
今度は落ちないように気をつけ、再び外をのぞきこむ。さっきは気がつかなかったが、金属の平面は左右に短く、縦に長い。
巨大な長方形の何か。端が見えないほど大きな箱らしい。
「おっき~い」
周囲の景色は一向に変わらない。
セリナは顔を引っ込めた。
「ハッチを閉めるスイッチとかないかな」
こういう場合、たいてい扉の横の壁についているものだが、見つけた。
四角いボタンだ。押してみると、やはり扉は閉まり、少し間をおいて、もうひとつの扉が開いた。その先にはさっきの場所がある。
「なによ、何も変わってないじゃん」
あきれてというか途方にくれてというか、うなだれ、部屋に入る。
その中で小さな扉を見つけた。
しかし、それはセリナでは通れない。とても小さいのだ。セリナは膝をつき、頭を床にこすり付けた。
爪を引っ掛けて開くと、真っ暗な道路が続いている。
「何、この人形の家みたいなドアは」
セリナはふと思い立ち、立ち上がると自分の姿を改めて見直した。どこかで見たことがあると思ったら、夢で見たあのロボットになっている。
「ということは、ここはロボットの格納庫?」
セリナは座り込んだ。
「どうしよう」
頭をたれ、目を閉じた。急に眠くなってきた。
本当に、あのロボットになっているのだとしたら、体の大きさは今までの数十倍になっているはずだ。
足元の扉は人間用のものだったのだ。
何も考えたくなかった。なんだか、とっても疲れた。
耳元で誰かがささやいている。
「……、……ナ」
遠かった声が近くなってくる。よく知っている、とても身近な人の声だ。
揺り動かされるように目がうっすらと開く。
なに言ってるんだろう。
声が時々聞こえなくなる。話しかけてくるあなたは誰?
「セリナちゃん!」