4-12
ヘイルはセリナを抱えたまま、指示通りの道順をたどった。
「ちょっと聞いてくれる?」
「ん?」
ヘイルが耳元でささやいた。彼の両手が震えている。
「僕は、みんなをカプセルから出そうと思っていた。だって、本当のことを何ひとつ知らされず、ごまかし程度の夢を見せられ、それが現実だと思い込んでいる」
「言っていることがよくわかんないよ」
「標本のビン詰めみたいに並べられて、君はレイ・エンジェルに知らないうちに乗せられている。まるでイケニエじゃないか。僕らを守るための……」
セリナは今まで以上に強い力で抱きしめられ、声を漏らしそうになった。
「きっと、いや絶対に君の前にもレイ・エンジェルに乗せられた奴がいる。そいつらはどうしている? でも、現実にそんなこと無理なんだよなぁ……」
ヘイルの声は大きく震え、語尾が聞き取れないほど弱々しくなっていった。
セリナを抱く力はますます強まった。
思わず痛いと呟いた。男の肉体だけあって力が強く、筋肉が硬い。
ヘイルの鼓動が背中で感じ取れそうだった。
体温が伝わってくる。
とても温かい。
誰かが近くにいる、誰かと触れ合っているという事実が心に刻み付けられていくみたいで、とても心地よかった。
レイAから出てきて以来、一番欲しかったものではないだろうか。
二人の目の前に扉が見えてきた。
その扉の前で赤い線は途切れている。
体が降下していく。少しずつ重力が強くなり、扉の前に立ったときには、標準どおりの重力場に戻っていた。
「ここかな?」
扉は二人が見上げてしまうぐらい大きかった。
それに、とても頑丈そうだ。黒い金属板は鈍い光を放ち、静かにたたずんでいた。
コネクターの声がとこからともなく流れてきた。
「来ましたね」
扉は音もなく、左右に開いた。
二人は部屋の中にコネクターを見つけた。
「いつの間に……」
二人はおそるおそる部屋に入っていった。
扉は音もなく閉じられた。
最初にセリナの目に入ってきたものは、部屋の中央の太い柱だった。
柱は銀色の金属製で円柱状、表面には縦横無尽に金色の線がひかれ、ところどころに赤や緑やオレンジの光が点滅していた。
金色の線は金属を溶かして流し込んでいるようだった。
その線は天井を伝わり、周囲の壁にも三色ぐらいの電飾が組み込まれていた。
壁が張り出している箇所には小さなモニターがあり、たくさんのボタンが並んでいた。操作盤のようだ。
電子音が聞こえず、とても静かだった。
セリナは中央の柱を見つめたまま、一歩足を踏み出した。
そのとき、ヘイルに手を握られ、反射的に振り返った。彼の顔には悲壮なまでに不安げな表情が浮かんでいた。
セリナはここにくる途中での、ヘイルの言葉を思い出させた。握られた手を強く握り返し、にわかにうつむいた。
「大丈夫」
再び声をかけ、力強く言い放った。
「私が死ぬとは、限らないよ」
ヘイルは彼女に笑いかけるが、笑顔はすぐ曇っていった。
コネクターが声をかけてきた。
「こちらへ」
二人はコネクターのほうを向いた。
入り口から見て右手の壁にも扉があった。
コネクターは扉に向かわずに、反対側の壁に向かって手を差し出した。床の一部が開き、そこから正四角柱がせりあがってきた。
それはコネクターの胸の辺りで止まった。
彼女はそれに手をかざす。四角柱の上に灰色のノイズが走った後、何もない空間に黒い直方体が現れた。
「これがこの船のレーダーです。中央の白い棒が見えますか?」
セリナは言われるままに黒い直方体を覗き込んだ。黒は徐々に透明感のある青に変化していった。確かに、中央部にそれらしきものが見える。
「これがエデンです。そして、周囲を包む青が宇宙空間を表しています」
そのとき、白い棒の少し下方に茶色の球体が無数に見えた。
よく見てみると、それはごつごつしていて、凹凸も目立ち、平べったいものや角ばっているものなど、いびつな形のものばかりだった。コネクターによると、それらは小惑星群らしい。




