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細身で、体の線はセリナのボディラインとほとんど同じ。服を着ないで、肉体を金属に変えてみるとこんな感じになるのか、と妙に納得してしまった。
鏡を見たくなった。
もうセリナ・ジュレ・ブランシュではなく、別の何かに変化しているのだろう。だが、どんな姿なのか気になった。
―ちょっと……。
頬に指先を当てた。
硬かった。
金属板が重なり合い、装甲のようになっている。
手触りだけではよくわからない。それが不安だ。見当はついている。しかし、何とか自分の姿を見て確かめてみたい。
―私の、体……。いやだよ、こんなの。
泣き出しそうだ。
―どうしちゃったの。元の体に戻してよ。
セリナは自分の両足がふらついていることにも気がついていない。
ヨロヨロとした頼りない足取りだ。何かにつまずいたら簡単に転倒してしまうだろう。
セリナの頭の中は考え事でいっぱいだった。
目の前もろくに見えていない感じだ。自分がこの姿のままでいるのだとしたら、これからどうやって生きていけばいいのだろうか。
またみんなと一緒に生活できるのか、このまま一人ぼっちで死ぬまで生きていくのか。
足を踏みおろすたびに、重たい金属音が耳に入ってくる。
―いやだよ、一人なんて。だれか、だれかたすけて。
孤独に耐えうるほどの精神力を持ち合わせている自信は、セリナにはなかった。
ふと、中学での生活が頭に浮かんできた。
セリナの学校生活は可もなく不可もなくで、成績はほぼ真ん中。身体的特徴でどうしても目立ってしまうが、それ以外でそういうことはない。
テニス部に所属し、レギュラーをとったがチーム全体が弱く、大会に出てもすぐに負けてしまった。
楽しかったが、高校でも続けるかどうかはわからない。
片思いの相手もいた。
同じクラスの、ユキの彼氏がそうなのだ。
一年の頃から同じクラスで、何かと親切にしてくれた。よく会話も交わした。日数を重ねるごとに彼のことを考えるようになっていた。
今年のバレンタインデーのことだった。セリナはキレイにラッピングしたチョコレートを持って霧沢和人を探していた。
土曜日である上に、学校の都合で部活がすべて中止になったのでセリナにとってはちょうどよかった。
学校中探したが、どこにも見当たらない。
歩き回ってやっと体育館の裏で見つけた。だが、セリナはあわてて隠れた。和人と一緒にユキがいたからだ。
いけないと思いつつも事の成り行きを見守ることにした。なにを話しているのかはよく聞こえない。
だが、ユキの手に何があるかくらいはわかる。バレンタインのチョコレートだ。ユキは和人にそれを渡そうとしていた。セリナは先を越されたのだ。
―まさか、ユキちゃん?
ユキと和人がニ、三言葉を交わした。ユキは顔を赤くし、とても嬉しそうに顔を伏せた。そして、ユキが顔を上げると、持っていたチョコレートを胸元に持っていく。ユキは和人に近づいていったが、石につまずいて転びそうになった。
「あ、危ない」
と、和人は駆け出し、ユキを抱きとめていた。
チョコレートは地面に落ちた。
偶然にも二人は抱き合う様な姿勢をとっていた。
セリナはこれ以上、その場にいることができなかった。せっかく作ったチョコレートは鞄に入れられた。
帰り道は一人だけで、ずっとうつむいて走った。
帰ってから部屋に閉じこもり、鞄を投げ捨てると着替えもせずに泣いた。
直接言われたわけじゃないけど……。
泣くのをやめたいが、涙が止まらなかった。
ふられたんだよ、と何度も自分に言い聞かせ、諦めようとした。
気持ちの整理がつくまで、ずっと泣き続けた。
首を振り、思い出を消す。
―こんな姿をみんなが見たら……。
ここから先につながる言葉を、セリナは必死に否定した。
「目が覚めるのならいいけど、覚めなかったらどうなるんだろう。朝、ママンが起こしに来たら、私は死んでいたなんて……。そんな、いやだぁ、う、うっ、ママン、ママン……」
ゴゴゴ、と床に響くような音が聞こえてきた。
壁が左右に開いていく。壁だと思っていたが、扉だったようだ。
誘われるように、そちらへと歩き出した。
体が大きく変化しても、行動には何の支障もなかった。いつもと同じように動ける。痛みを感じるということは、もうない。