3-10
どれだけ泣いたかわからない。
頬をぬらしていたはずの涙は筋だけを残し、乾いていた。声だけはまだむせいでいた。
もう、どうしていいかわからなかった。
「ん?」
足音が聞こえた気がして、目を開けた。
背後から物音がした。
門を開けたときのキィというきしんだ音だった。確かに聞こえた。
「誰かいるの?」
振り返り、門のほうを見つめた。
人影があるが、涙でかすんでよくわからない。
空耳ではなかったので安心した。
セリナは涙を拭き、改めてその人影を見た。
「セリナちゃん、久しぶり」
門の外に知らない少年が立っている。
彼に自分の名前を馴れ馴れしく呼ばれてしまい、セリナは喜ぶどころか、戸惑った。
「忘れたかな。声変わったから」
そういえば、誰かに似ている。
年はセリナと同じぐらいで、身長は彼女より少し高いぐらい。よく見たら、セリナと同じ学校の制服を着ている。
セリナは何度か瞬いた。
「トシくん?」
少年は大きくうなづいた。
確かに、ユキの弟の俊也だ。彼が中に入ってこようとしたとき、セリナは既に走り出していた。
「うわっ」
セリナはトシに抱きついた。
「あの、ちょっと」
トシは抵抗しなかったが、困惑し、照れくさそうに呟いた。
「人がいた、よかった……」
涙声になっていた。もう誰にも会えないと思っていた。嬉しかった。いま、両腕の中にあるぬくもりを離したくなくて、セリナはさらに力を込めて抱きしめた。
「もう、泣かなくていいよ」
セリナの背に腕が回された。トシの声がいままでの疲れを癒していくかのように、優しく響いた。
抱き合ったまま、トシはセリナの耳元でささやいた。
「僕は、原因を知ってるんだ。君があの夢を見始めてから、周囲に変なことばかり起こっていることの、ね」
「えっ!」
セリナはトシと顔を見合わせた。
トシの表情は自信に満ち溢れていた。まるで全ての答えを知っているかのようだ。
「いったいそれは」
セリナの言葉は途中でさえぎられた。
「それは、ここではまだ。いきなり真相を言っても驚くだろうし、何より信じられないよ」
「お願い、教えて、何でもいいから」
セリナは食い下がる。
トシは視線をそらしたが、すぐにわかったと呟いた。
「でも、ここでこうして話すのもなんだし、近くの公園まで歩こうか。セリナちゃんが、少し落ち着いてからのほうがいいと思うから」
トシはセリナの体を引き離し、門の外へ出た。セリナも慌てて後を追う。
「どうしたの?」
「真相を説明する前に、言っておきたいことがあるんだ」
「何?」
「僕は今でも、セリナちゃんのことが好きだ。あ、いまはセリナ先輩か」
トシは照れて、下を向いた。
どんな表情をしているか、後ろを歩いているセリナからは見えなかった。セリナは今、とても落ち着いていられた。冷静に対応することができた。
「うぅん、前からの呼び方で呼んで」
トシはこちらを振り返る。
「中学に入って、セリナちゃんを見つけたとき、すごく驚いたんだ。とても可愛くなっていて、話しかけられなくて。なんであんなことできたんだろうって、恥ずかしくなった」
「あんなことって、私とキスしたこと?」
「うん」
「あれは、私も意味がよくわかっていなかったから……」
「そのときからなんだ。初めてだった。セリナちゃんのことばかり頭に浮かんできて。それが苦しくて、何日も続いて、一緒にいたいなって漠然とだったけど、だんだんと強く思うようになった。話したかったけど、きっかけがなかったし、照れくさいし、先輩だし」
セリナは頭を下げ、礼を言い、そして謝った。
「ごめんなさい。実は、昨日までトシくんのことすっかり忘れてて」
「いいよ」
セリナは腰を曲げたままで、上目遣いでトシを見上げた。
彼は笑っていた。
「やっぱり、年上の彼女って、いや?」
セリナは言ってしまった後で、しまったと口をつぐんだ。こんなときに何を言ってるのかしら。自分でも、どういうつもりなのかわからない。
「そんなことないよ」
トシは自分と目を合わせた。
「行こう」
これだけ言うと、トシはセリナの手を引き、歩き出した。
「ちょっと待って、どこへ」
「とりあえず、近くの公園でいい?」
「うん」




