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父は先に仕事に行ってしまったらしい。
「セリナが早く起きてくれて助かったわ」
「何よ、私がいつも寝過ごしているみたいじゃないの」
「ほんとのことでしょ」
「そうだった?」
「昔から、あなたは朝起きられない人だったから」
「ごちそうさま、行ってきます」
朝食を終えるとすぐに荷物を持って玄関を出た。
背中ごしに『行ってらっしゃい』という声が聞こえてきた。
鏡のことが気になったが、いくら考えても答えなど出てくるわけがない。
歩くうちに、制服たちが見えてきた。
見慣れた後ろ姿があった。セリナは笑顔で走り出した。
相手は自分に気づいていない。それをいいことに背後から近づき、背中をたたいてやった。
「わあっ!」
その子はかなり驚いていた。その子の反応で、逆にセリナがあっけにとられてしまった。
「あ、ごめん、ユキちゃん。大丈夫?」
「うん……」
「ユキちゃん、リアクション大きい~クスクス」
「セリナちゃんか~。おどかさないでよ」
その子はふり返り、ずり落ちたメガネをかけ直していた。
セリナが声をかけたのは、彼女の親友だった。
名前は雪村弥生といって、セリナは『ユキちゃん』と呼んでいる。
大人しく、成績もいい真面目な女の子だ。ただ、セリナと違い、運動はまったくダメだが。
ユキとセリナは幼稚園からの友達である。
「行こう行こう、ユキちゃん」
「うん」
ユキの肩を叩き、セリナは歩き出す。
「あーあ、今日も退屈な授業聞いて、一日過ごすのかなぁ」
セリナはぼやいたが、ユキにたしなめられ、空を見上げた。灰色の雲が空の半分を覆っている。
二人並んで歩いていると同じ部活だった生徒やクラスメートたちともすれ違った。その度に二人は彼らと挨拶を交わした。
セリナの学校、雷ヶ丘市立霙華中学校はもうすぐのはずだ。
いつもの見慣れた風景が通り過ぎていく。違うのは人だけだ。
それに、天候や気分によっても見える景色は、その日によって違っているのはなぜだろう。
「えっ……?」
セリナは目を瞬かせた。
いつの間にか違うところに立っていた。
どこだろう、ここは。
友達は?
町の人たちは?
それらは一切、どこかに消え去っていた。
銀色の壁で囲まれている。非常に広い部屋だ。
足元も凹凸のない、まったいらな床で、天井もかなり高い。
足で感じていたアスファルトの質感が、別のものに変わっていた。
セリナは息を呑んだ。
ここは、どこ?
目を凝らし、見慣れぬ金属の壁を見回す。
背後をふり返った。何者かに見られているような気がしたからだ。とても強く心臓が鼓動した。
肌からはうっすらと汗がにじんできた。吐く息も弱い。
声を上げそうになり、口をふさいだ。体中の汗も一瞬にして引いてしまった。
そこにいたのはSFアニメに出てくるような巨大ロボットだった。
赤を基調とし、要所を白で装飾された、細身のフォルム。腰は細くくびれ、腕や足は長い。指先はとがっていた。
関節部にジョイントなどは見えず、流線型のパーツが鎧のように体を覆っている。
背中には翼があり、折りたたまれていた。アニメの主役ロボットにありがちなシャープで細面な顔で、セリナにも『かっこいい』と思わせてしまうような外見だった。
全体的に、女性のような優美な雰囲気が漂っていた。
「きゃっ!」
セリナは頭を抑え、しゃがみこんだ。
天井からズゥゥゥンという低く響くモーターのような音が聞こえてきた。 セリナは顔を上げ、天井を仰いだ。
白いカプセルが天井に吊り下げられ、ロボットに向かって運ばれてきた。
照明らしきものは見当たらないが、視界は不思議とはっきりしていた。カプセルは天井を移動し、ロボットに向かう。
その額が上下に割れているのに気がついた。
「あの中に入れるのかな」
急に目眩を感じた。頭が重くなり、両膝から力が抜けていく。
「セリナちゃん!」
ユキに大声で呼びかけられ、セリナは正気を取り戻した。
「あ、あれ?」
周囲はいつもの景色に戻っていた。
セリナは辺りを見回した。生徒たちはセリナに目もくれることなく、歩いていた。
肩をゆすられ、ユキに視線を戻す。とても心配そうな顔をして、セリナを見つめていた。
「大丈夫?」
「う、うん。もう平気」
なるべく平静を装って応対した。