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『生命反応、多数確認』
コンピュータールームのモニターにこのような一文が浮かび上がった。
そこには誰もいなかった。
文章は消え、画面いっぱいに人の名前らしき単語が並んだ。
表示された名前をカーソルが次々と示していき、それにしたがって画面がスクロールしていく。
やがて、カーソルは停止。
『Serina G. Blanche』
この名前を示した。
画面が変わり、数行の文章が並んだ。その最後尾には全て
『OK』
とついた。
「う……、ん……」
母の『起きなさい』という声が聞こえてきた。
ベッドから手を伸ばす。机の上に目覚まし時計があったはずだ。
布団から顔を出し、時計を探す。
カーテンの隙間から差し込んでくる日の光は彼女の金髪に反射し、さらに彼女の顔に降り注いだ。
ようやく時計を手に取り、文字盤を見ようとうっすらと目を開けたとき、彼女はベッドから転げ落ち、フローリングで額を打った。
「イタタタ……」
掴んでいた時計を見ると、まだ慌てるような時間ではなかった。
下から母が呼びかけてくる。
「セリナ、おきたの?」
「ウィ、ママン」
セリナは立ち上がり、目覚まし時計を切ってから机の上に置いた。
「鳴る前に目が覚めるなんて」
壁にかけてある中学の制服を取り、埃を払った。
荷物は昨夜のうちに用意しておいた。今日は遅れずにすむだろう。
手早く着替え、鏡の前に立つ。
小さめの長方形の鏡で、壁に吊るしている。もう少し大きな鏡台がほしいが、まだ中学三年生のセリナにはまだ早いし、予算がない。
「太ってきてないかな? 大丈夫みたいね?」
部活を引退して二ヶ月経った。最近、運動不足気味なので、気になっていたのだ。
次にセリナは鏡に顔を近づけた。
セリナはフランス人との混血である。だから日本語とフランス語の両方が話せるし、金髪で肌が白く、瞳は青い。
鏡を見ながら髪を結い上げ、団子状になった髪をまとめる。
先端の髪が外はねを起こしてしまうが、案外見栄えが良いので、そのままにしている。
他の髪型にしようと思うこともあるが、慣れのせいか、いつも同じにしてしまう。
髪が整った。校則はそれほど厳しくないし、金髪のおかげで少々違反気味の髪留めをしていても目立たず、怒られることはなかった。
セリナはそのまま鏡を見つめ、ちょっと笑顔を作ってみた。
―よし、カンペキ!
白人の血を引いているためか、それなりに特徴がある。
目もパッチリしていて色白。顔のつくりは母親譲りである。白人としての特性は父親譲りだが。
クラスには自分よりも魅力的な女の子が大勢いるが、セリナはコンプレックスには感じなかったし、自分の顔が気に入っている。
「セリナ! 何やってるの?」
「あっ、ハーイッ」
急いで荷物を抱え、部屋を出ようとした。
そのとき、パシッと音がした。
部屋の中からだ。セリナは不思議に思って踵を返した。
中を見回し、異常を探す。
「あっ……」
鏡にヒビが入っていた。
破片は飛び散らず、形はそのまま維持されていた。しかし、この鏡はもう使えない。
「なんで、いきなり」
セリナは鏡に指を伸ばす。が、途中で腕を引っ込める。ため息交じりで、気に入ってたのになぁ、と肩を落とす。
―何かやなことでも起こるのかしら。
再び顔を上げた。
「えっ!」
セリナは驚き、何度も瞬いた。
鏡が元通りになっていたのだ。
―目の錯覚だったのかな? あ、いけない!
下の階で母を待たせているのだ。何か言われると面倒だ。セリナは急いで階段を下りていった。
「ママン、bonjour」
「Bonjour、セリナ」
セリナは微笑みながら席に着き、朝食のパンをかじった。