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No.3

***********


 振る舞われたご馳走を散々飲み食いした後、二人は酒場の主人に教えられたとおり、村から少し離れた林にあるという、盗賊のアジトに向かっていた。

 現地につく頃には日が大分落ち、辺りは少しずつ薄暗くなってきていた。

 早く秘宝を取り戻さないと、祭のラストには間に合わない。


 盗賊がアジトにしているという、廃墟の入り口が見える茂みで、チェリーはヒソヒソと、声を潜めて言った。


「さっ、早く秘宝を見つけて帰ろうっ」


 ライラックは、ニコニコとヤル気満面な顔のチェリーを上から見下ろすと、静かに肩を潜めた。


「……で、あんたは何が出来るんだ?」


 その言葉に、チェリーはムッとする。


「あんた、じゃなくて『チェリアーナ』って名前があるんですっ!相棒になったんだから、名前で呼んでよね!」


 プンプンとふくれて見せると、ライラックは少しの間を置いて言った。


「……いやあんた、名乗ってなかったし」

「えっ?」


 自分からパーティー組もうと言って誘ったのに、今の今まで自分は名前すら言ってなかったことを恥じて、チェリーは赤面した。


「ご……ゴメン!」

「いいさ。で、……チェリー。あんたは何が出来る?」


 改めて名前を初めて呼ばれ、チェリーの胸は何故かドクン、と鼓動した。


「あ……わ、私は妖精使い(フェアリーテイマー)。少しなら妖精の恩恵を受けれるよっ」

「戦闘は苦手そうだな……。了解。俺の後ろにつけ」


 ライラックは、そういうと茂みの中をガサガサと移動し、アジトの入り口へ一気に移動した。

 チェリーも、慌てて後に続く。

 廃墟は、崖に半分埋まっているように建っている石造りの二階建ての建物で、ドアや窓は木で出来ていた。

 建物全体が、蔦や茂みに覆われていて、生物の気配すら感じられないのだが、ドアや窓でその蔓が切れている形跡があるため、間違いなく最近も使われているようだ。

 ライラックは、古く隙間だらけの木製のドアの前に立ち、腰から右手で中剣を抜く。

 左手でゆっくりとドアノブを回すと、一気に扉を開け、剣を構えて中に飛び込んだ!

 突然のライの動きにチェリーは焦ったが、急いで細剣を抜き、ライラックの後ろで回りを警戒した。

 飛び込んだ部屋は、廃墟のエントランスホールのようで、吹き抜けの天井が高く、扉を開け放った音だけが響いていた。

 室内だというのに、床は埃や瓦礫、外からの蔦の一部が散乱し、歩きにくそうなことこの上ない。

 しかし、人の気配はない。

 ライラックは、辺りを見据えたままでチェリーに言った。


「……今の音で、盗賊達はこっちの進入に気づいたはずだ。急いでカタをつけるぞ」

「う、うん」


 ライラックは、チラリとホールを一瞥すると、真っ直ぐに二階へ向かった。

 チェリーも後を追う。

 ギシギシと軋み、今にも抜けそうな樹の階段を上がりきり、二人は足を止めた。

 ライラックは、二階のホールを見渡すと、奥の通路へと進む。


「どうして場所がわかるの?」


 後ろから問いかけるチェリーに、ライラックは、そんなこともわからないのか、という表情を見せた。


「……埃や足跡。手すりの汚れ。最近出入りが激しい場所は、わかりやすい」

「そうなんだ……」

「特に、一階からここまでが、一番使われている形跡がある。……チェリー、そろそろ身構えろ」

「そうだよなぁ!」


 突然、目の前のドアが急に開いて、中から見るからに細すぎる男が飛びだしてきた!


「ヒャーッハッハァ!」


 まるで、蛇のような細い男は、湾曲剣をライラックに突きつけて来た!

 しかし、ライラックは軽々と自剣で受け止める。


「わざわざお出迎えとは、ご丁寧なことだな」


 ライラックが嫌味を投げ掛けると、蛇男は、それこそ蛇のように長い舌舐めずりをして、チェリーをギョロッと見た。


「男に用はねぇ。女で楽しむんだよっ!」


 そのために、まずは邪魔なライラックを排除しようと、蛇男は剣打のラッシュを浴びせて来た。


「下がれ、チェリー!」


 細い通路では、蛇男の剣を捌くのも精一杯。ライラックが少しずつ後退してくるため、チェリーは二階のホールまで下がる。

 しかしそこには、見たことのある顔の男が待ち構えていた。


「またあったなぁ、チビアマぁ……!」

「……あっ…蛸坊主!?」

「あぁん? まだ蛸だのイカだのぬかしやがるかぁ!」


蛸坊主は、前のように顔を真っ赤にさせ、チェリーに向かって鎖鎌を振り下ろしてきた!


「わっ!」


慌てて飛び退き鎌を避けたチェリーは、細剣を斜めに構えると妖精語で呟いた。


『風の妖精よ、あの敵を切り裂いて!』


チェリーの周りからフワリと巻き上がった風の刃が、一直線に蛸坊主に向かっていく。


「な、なんだぁ!?」


突然の突風に驚いた蛸坊主は、思わず両手を顔の前で交差し、防御態勢をとる。

鎌鼬は巨体の周りを無数に旋回しながら、皮膚の表面を次々と切り裂いていった。

しかし、その風の刃も、蛸坊主の強靭な肉壁と皮鎧の前に、数本の傷を負わせるのがやっとだった。


「…ったく、驚かせてくれたもんだなあ!」

「あっっ!!!」


蛸坊主が威勢よく声を上げた瞬間に、チェリーに投げつけた鎖鎌が、その細い足を捕える。

そしてそのまま、蛸坊主は思い切り引っ張り上げた。


「そぉーれぃ! そのまま落ちなぁ!」

「きゃあ!」


足に繋がれた鎖ごと、蛸坊主の上に持ち上げられたチェリーは、そのまま後ろの吹き抜けに、身体ごと思い切り放り投げられた。


「チェリー!」


前から迫りくる蛇男の剣撃をかわしながら、反撃の隙を狙っていたライラックだったが、後ろでチェリーの悲鳴が聞こえたため、蛇男からチェリーの足の鎖へ狙いを変えた。


「ハァッ!」


ライラックの居合と同時に、チェリーの鎖が切断されたが、そのまま吹き抜けから一階へ落ちそうになるチェリーの腕を、ライラックは寸前で掴むことが出来た。


しかし、右手にはチェリー、左手一本で剣を握り、ライラックは窮地に陥った。


「ゲッヘッヘッヘ…」


嫌な笑いを浮かべながら、蛇男と蛸坊主は武器を持って近づいてくる。


「ライ…」


自分が落ちればライラックは攻撃できる。

『手を放して』と、チェリーは言おうとした。

しかしその前にライラックが、盗賊達の更にその後ろに立つ人影を見つけて、顔色を変えた。


「…誰だっ!?」


そう叫んだライラックの声で、盗賊達も後ろを振り返る。

盗賊の仲間が増えたか、とライラックは舌打ちしたが、そうではなかった。

盗賊達の顔からも薄ら笑いが消え、青い顔をして震えだした。

そして、蛇男のほうが、誰に言うでもなく呟いた。


「か、…黒烏団の…ネオス……!?」


その言葉を聞いた蛸坊主は、急に態度を変えて、ネオスと呼ばれた男に話しかけた。


「と、頭領さんよぅ…どうしたんでぃ? もしかして、鼠駆除の手伝いに来てくれたんですかぃ?」


ゲヘヘヘ、と下品な笑いをしながら媚び諂う蛸坊主の前に現れたのは、長い黒髪に金色の目をした、細みの黒装束の男だった。

盗賊たちが動揺している隙に、ライラックはチェリーを二階の踊り場に引き上げた。

そして、ネオスという男を睨む。


(盗賊の仲間が増えたのなら、不利だな…)


チェリーは魔法が使えても、近接戦闘になると弱い。そのため、ライラックは建物の中という悪条件で、チェリーを守りながら逃げるべきか、考えた。

しかし、ネオスはライラックの予想だにしなかった言葉を発した。


「…お前たちは、俺の支配領域内で許可なく窃盗を行った。…それがどういうことか解るな?」

「ひっ、ひぃぃ!」


いち早く逃げようとしたのは、蛇男だった。

それを許さず、ネオスは素早い動きで、蛇男の背に刀の一閃を入れた。

刀身が全く見えないうちに、柄に戻された刀の鍔鳴と同時に、蛇男はその場に崩れ落ちる。


「こ、こんちくしょおおおお!」


仲間が倒され、自棄になった蛸坊主が鎖鎌を頭上に掲げて突進すると、ネオスは左手を突出し、何やら呟いた。

その途端、左手の先から迸る雷に全身を打たれ、蛸坊主は身体中から黒煙を上げながらのた打ち回る。


「うわあぁぉぉぉぉぉおおぉおぁ!!」


床に転がり、悲鳴をあげる大男に止めを刺そうと、ネオスが刀の柄に手を掛けると――


「待って!」


声を上げたのは、チェリーだった。

盗賊から、村の秘宝のことを聞けるのなら、殺さないで欲しいーー

そう思っていたのだが、その声を聞いて、目だけでチェリーを見た、ネオスの表情が変わった。

驚いたような顔を一瞬見せたネオスだったが、すぐに刀を鞘に戻し、蛸坊主から身体を離した。

命拾いしたと思われた蛸坊主だったが、ネオスに喰らった魔法のあまりの衝撃で、気を失ってしまったらしく、ゴロンと床に伸びた。

思惑が外れてしまったが、願いを聞いてくれたネオスに向かって、チェリーはお礼を言った。


「あ、あの……助けてくれて、ありが……」


少しの笑顔をネオスに向けたチェリーと、それに対して視線を向けたネオスとの間に入り込み、ライラックはネオスに剣を構えた。


「……あんたは誰だ?」


その問に、不敵な笑みで返したネオスは、通路のずっと先を指差して言った。


「……お前達の探している物は、突き当たりのドアの部屋にある。早く持っていかないと、手遅れになるんじゃないのか?」

「あっ、そうだった! 時間が!」


思い出したように、チェリーが大声を上げる。しかしライラックは、ネオスを用心深く睨んだままだった。

そんなライラックの目の前で、ネオスは口笛を甲高く吹いた。


ピュィィィィーー


ハッとしたライラックは、チェリーの手を掴み、通路の奥へと走り出した。


「えっ! な、なに?」


転ばないよう、慌てて駆け出すチェリーの背に、ネオスは言葉を投げ掛けた。


「……また会おう、チェリー」

「えっ?」


一瞬の言葉で、聞こえたか聞こえないかわからないくらいの差で、ネオスは吹き抜けから、一階にヒラリと飛び降り、そのまま姿が見えなくなった。

チェリーは、ネオスの言葉を思い返す余裕もなく、ライラックに引かれてとにかく走った。


「ライ、どうしたのっ!?」

「ネオスは此処を消しに来ていた。この建物は恐らく、吹き飛ぶぞ!」

「ええっ!?」


指示された奥の部屋に着くまでにある、左右の扉の開いた部屋のなかには、ネオスに倒されたと思われる盗賊達が、何人も倒れていた。


「いつの間に……!」


走りながら、チェリーが顔を青くする。


「俺達も仲間にも気づかれないうちに、たった独りで乗り込んでたのか……!」


ライラックも、各部屋を横目で見ながら、最奥の部屋に駆け込んだ。

部屋のなかには、やはりネオスに殺られたと思われる盗賊が何人か転がっていたが、ライラックとチェリーは、急いで依頼の秘宝を探した。


「あっ、これかな!?」


チェリーが机の上にみつけたのは、立派な装飾が施された、スイカほどの大きさの銀色の箱。


「箱を持て、チェリー!」


その言葉で、箱を慌てて胸に抱え込んだチェリーを、そのままライラックは両腕で抱き上げ、マントでくるんだ。

そして、一息で窓枠に足をかけ、そのまま外に向かってダイブした。


「えっ、ここ、にか……ッ!」


チェリーが言う言葉を遮るように、ライラックは胸の中に思いきり抱きしめた。

刹那、ドンッ!という衝撃とともに、地上に着地したライラックは、そのまま直ぐに建物から離れる。

十数メートル離れたところで……


『ドオオオン!』


突然爆発が起こり、その爆風で、ライラックとチェリーは一緒に吹き飛ばされた。

ゴゴゴゴ……という、建物が崩れる音が響き渡り、爆発で飛んできた建物の残骸からチェリーを守るように、ライラックはチェリーに覆い被さる。

風が弱まり、抱かれた腕の隙間からチェリーが覗きこむと、先ほど二人がいた建物の半分が、吹き飛んで燃えていた。


「あ……危なかったぁ……」


汗で額に絡み付いた髪を手で掻き分けようとして、至近距離のライラックの顔を見て、初めてずっと抱きしめられていたことに気づく。


「あ……あわわわわ!」


改めて意識して顔が真っ赤になりつつも、チェリーは慌ててライラックの腕の中から離れ、立ち上がった。


「ライ……ライ、大丈夫 ? 怪我とかない? 火傷してない?」


自分を守るために怪我なんかさせてたら……と心配するチェリーに、ライラックは目だけを向けて返事をした。


「……何ともない」

「良かった! ……ありがとう、守ってくれて!」


そのチェリーの言葉に、ライラックは意外な返事をした。


「……いや別に。あんたがトロすぎて、待ってられなかっただけだから」

「え゛っ」


チェリーは硬直した。

すぐそばで燃え上がる炎が、二人を赤く、熱く照らしていた……。


※to be continued


挿絵(By みてみん)

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