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八章 狐窟への招待



 二日後。


「どうだユアン、進んでるか?」


 朝から自室に引き篭もる相棒へ、半獣半人に変化した俺は特製カフェオレを差し入れざま、そう進捗具合を尋ねた。奴は地図から放した手で眉間を揉みながら答える。

「正直芳しくないな。暗号化されていた座標は解読出来たが、どうもお前の住処のあった“碧の星”の物ではないらしい。かと言って何処の星系か、地図に情報は一切書かれていないときてる」

 背凭れに身体を預け、猫背で凝り固まった背筋を伸ばす。そうやって緊張を解きつつカフェオレを一気飲み。バリバリバリ!浮いていた氷も噛み砕く。

「故郷について本当に心当たりは無いのか?」

「父さん達でさえ知らない事を何で俺が知ってんだよ?あ!今役立たずとか思っただろ!?」

「フン、自覚はあるのか。―――惑星は七、衛星を含むとなると百近い。とても全部は調べられんぞ」

「取り敢えず“黒の星”辺りは除外していいんじゃね?赤狐は夜目利かねえし」

 提案にバリバリッ!相棒は苛立たしげに頭を掻く。

「そんな調子で絞り込んでいったら何時まで経っても終わらんぞ!?くそっ!」

「まあまあ、一日中部屋に閉じ篭ってるせいで閃かないんだよ。いつもそうだろ?もうすぐ夜だし、偶には外で何か食ってこようぜ」

 こいつ、完全に小晶さんへの報告で頭が一杯だな。不首尾は意地でも伝えられない、って所か。

「一理あるな。―――シャワーを浴びてくる。その間に店を決めておけ」

「あいよ」

 ユアンが階段を降りる足音を聞きつつ書棚へ。一番下の段から『“白の星”お勧め飯処・七百五年版』(ショナに貰った)を取り出し、瞑洛のページを開ける。在住でも結構知らない店が載っていて、見ているだけでも楽しい。

(あいつ、どうせ戻ったらまた深夜まで作業だろうし、頭の回らなくなるような重い物はパスだな)

 俺も父さんがあの状態だ、豪勢に焼肉を食い散らかす気分じゃない。元々殆ど飲まないけどアルコールもパス。となると静かなダイナーか、久し振りに和食もいいな。七月だからもう鰻が出されている筈だ。うん。スタミナも付くし、それでいこう。

 結局馴染みの鰻屋に決め、俺は自分の財布の中身を確かめた(基本的に外食代は個別の払いだ)。―――良し、充分ある。久し振りにお銚子も頼んじゃおうかな?


 コンコン。「ネイシェ、ちょっと」「ヴァイア?ああ、今行くよ」


 ドアの前にいた愛人は出て来た俺をサッと抱き上げ、やや急ぎ気味に階段を降り始めた。

「急にごめんなさい。今、下にあなたのお母様が来てて」

「母さんが?」

 調査の進捗を訊きに来たのか?それとも姉ちゃんみたいに俺を連れ戻しに?何れにしろ四年振りの再会だ。喜ばしい事には違いない。

(ついでに家の住所も訊いとこう。折角同じ街に住んでるって分かったんだ。どんな家か一回見に行かないと)

「お母様はネイシェと同じ赤狐なの?傍目には上品な人間の御婦人にしか見えなかったけど」

「いや、母さんは銀狐族。だから変身は俺よりずっと得意なんだ」

 だからその血を色濃く継ぐ姉ちゃんは、体毛こそ赤いがほぼ終日人型を保てる。一日の使用制限がセックス五回分の俺とは雲泥の差だ。


「母さん!」「久し振りね坊や。どれどれ、また少し大きくなったの?」


 カウンターに悠々と座って待っていた母、ニース・ミーヌがそう言って腕を伸ばす。抱き締められ、頬をふにふに。

「何時までも子供扱いするなよ母さん。俺もう大人だぜ?」

「坊やは坊やだよ。あぁ、また少し大きくなったねえ。もうお父さんより重いかも……」

 綺麗な丸いボブに切り揃えた銀髪に、チェーン付きの金縁眼鏡。服は如何にも高級そうな白のフリルのブラウスと、スミレ色の絹のスカートだ。別れた四年前より一層貴族的雰囲気に拍車が掛かっている。彼女は住処でも常に人の姿だった。正直な所、本体の姿は朧げにしか覚えていない。

「折角会いに来てくれて悪いんだけどさ、これからユアンと食事に行くんだ。だから昔話はまた今度に」

「あら、それなら丁度良かった。私、二人を夕食に招待しに来たのよ。今夜はミリカもいるし、偶には家族水入らずもいいでしょう?」

 予期せぬ提案に、喜びつつも一抹の不安を口にした。

「俺はいいけど、ユアンが何て言うか……」

 ただでさえ神経のピリピリし切ったあいつが、お喋りな母達との会食に同意するとはちょっと考えにくい。

「うちのシェフの腕は“白の星”一よ。今晩は格別脂の乗った鰻を用意させたの」

「う、鰻!?」

「ええ。トレジャーハンターは身体が資本でしょう?だから皆に精が付く物をと思って」

 ヤバ!想像だけで生唾出てきた。

「で、でもさ、やっぱ一応相棒に訊かないと」


「私なら構わんぞ」ガチャッ。カウンター奥の扉が開き、Tシャツ姿の当人が現れる。


「あら、良かった。断られたらどうしようかと思っていたの」

「そちらこそ丁度良い所に来てくれた。私もお前等に訊きたい事がある」

 タオルで濡れた髪を拭きつつ、のっけから無礼な発言をかます。だが肝の据わった母は余裕綽々に微笑んだだけだった。

「着替えてくる。後五分待っていろ」

「急がなくていいわ。ゆっくり待っているから」

 右手を優雅に振り、階段を昇る相棒を母は朗らかに見送った。




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