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七章 相棒の資格



 住処へ帰還した俺達は、未だカウンターで姦しく話す女性陣を尻目に階段を昇る。

 二階の自室に入るなり、ユアンは卓上に積んである資料をガッ!左端へ寄せた。奥に置いてあった拡大鏡を手元に引き寄せ、一辺約十センチの紙片をピンセットで丁寧に広げ始める。

「お、やる気出してくれたのか」

 邪魔にならないよう肩から床に降り立ちながら言う。

「お前のためではない」舌打ち。「貸し一つだぞ、いいな?」

「いいじゃんか、小晶さんと話せる良いダシだろ?ちゃっかり自宅の番号までゲットしやがって、この色男」

 足首をうりうり。

「止めろ、暑苦しい―――いつもの通り、解読が終わるまで貴様の仕事は無い。コーヒー」

「ああ、頼む」

 態度はともかく、文書解析能力はこいつの方が圧倒的に上だ。凡人の俺は精々邪魔にならないようフォローに回るとしよう。


「ああ、それとネイシェ」「ん、何だ?」


 部屋を出て行こうとした俺に、顔を上げないまま奴は声を掛けてきた。


「―――家族、全員無事で良かったな」「あ、ああ」バタン。


(そっか。あいつの父親、確か……)

 聞いたばかりの言葉を反芻しつつ、四本の脚で階段を降りる。 

(―――四年も一緒なのに俺、全然ユアンの事知らないんだな)

 本名ですら知ったのはつい最近。もしかして俺、信用されてない?


「あ、ネイシェ君!」


 一階に到着した俺を、アムリお姉さんが椅子から立ち上がって手招き。

「早かったのね、付き添い。何かあったの?あの子、随分急いでいたみたいだけど」

 尋ねてきたお母様へ、俺は手短に病院での事を話した。すると彼女は、まぁ、お父さんが……?それは大変ね、色っぽい困惑の声を上げた。やっぱしモロタイプ!どうにか相棒に内緒でお近付きになれないだろうか?

「一族に伝わる不治の病、かぁ……で、もうあの子が最後の希望って訳なの?」

「まぁな、でも心配はしてないぜ。あいつならきっとすぐに見つけ出してくれるさ。ヴァイア、悪いけどコーヒー二つ」

「二人共お昼は?余り物でサンドイッチでも作りましょうか?」

「大丈夫。病院に行く前に立ち食い蕎麦寄ってきたから」



『美味しいですね、とろろ蕎麦』

『だろ?ところで小晶さん、好きな食べ物とかあるの?』

『そう、ですね――――強いて言うならスイーツ、でしょうか。和菓子でも洋菓子でも、甘い物なら全部……』

 見る見るトーンを落としながら、とても辛そうな表情を浮かべる彼。その細い肩をドンッ!相棒はかなり強めに叩いた。

『わっ!?』

『ボケッとするな。蕎麦が伸びるぞ』

『あ、済みません……でも、もうお腹一杯で』

『チッ!大方そんな事だろうと思った。―――貸せ、食ってやる』



 あの時もそうだ。二人の間に流れた微妙な空気の中、事情を知らない俺は一人蚊帳の外で。

「……駄目だな、俺。パートナー失格かも」

「?そんな事無いよ。ネイシェ君、さっきあの子の怪我の手当てしてたじゃない」

 お姉さんは俺を抱き上げ、耳から背骨に掛けて毛並みを撫でる。

「シャーゼ、昔から意固地なんだよね。大怪我しても平気な顔しちゃってさ、医者の私にも絶対触らせてくれなかったの。―――だからネイシェ君は凄いよ。あの子が心開いてるもの。もう立派な親友だって」

「親友……俺が?」

「そうそう。と言ってもあの子、他の友達は白鳩の子達しかいないんだけどねー」サラッと酷い告白をかます。「あ、大家さん。私持って行きます。―――よいしょっと」

 俺の腹を掴み、弟がするように肩へ乗せ直す。女性は肩幅が狭くてどうも体勢が安定しないのだが、足裏に力を入れてどうにか踏ん張った。

 カップに沸いた湯を注ぎ、インスタントコーヒーを二人分作ってトレーに乗せる。お土産に用意してくれたらしきクッキーの袋を横に置いて、いざ二階へ。

「色々迷惑掛けると思うけど、これからもあの子と仲良くしてあげてね」

「はい、勿論。あの、ところで」

「ん?何?」

「お母様って、今付き合ってる人いるの?」

 数秒の沈黙後、彼女は危うくトレーを落としかねない程ケタケタ笑った。

「あーそう!大家さんが言ってたけど、ネイシェ君って未亡人としか付き合わないんだっけ?確かにあの人とお母さん、タイプ似てるよねー」

 一旦脚を止め、冷静さを取り戻すために深呼吸。

「うーん……特にはいないみたいだよ。ボランティアの友達も女の人ばっかりだし。でも流石に手を出したらあの子が怒るんじゃない?」

「まあ下手すりゃお義父さ、ゲフンゲフン!」

 わざとらしい咳払いで誤魔化すも、お姉さんが一層ニヤニヤしただけだった。

「へー、じゃあ大家さんも既にお手付きだったり?」

「お姉様の御想像にお任せします」

「ネイシェ君、まだ二十代なんでしょ?先が思いやられるなあ」

 他に九人も愛人がいるって話しても、笑いながら普通に質問してくる気がするなあこの人。うちの姉ちゃんはそう言う所潔癖だから新鮮な反応だ。


 コンコン。「シャーゼ、入るよ?」「アムリか。勝手にしろ」ガチャッ、キィ。


 出て行った時と全く同じ姿勢で拡大鏡を使う弟を、机の隅にトレーを置いて興味深そうに覗き込む姉。

「それが宝の地図?随分ちっちゃいね」

「まあ、こいつに仕舞われていたぐらいだからな」

 奥に置いたペンダントを示す。するとお姉さんは躊躇いも無く手を伸ばし、くるくる回転させて観察し始めた。ダイヤに爪を掛けて取ろうとしたり、小さな穴で向こう側を覗こうとしたり、随分好奇心旺盛だ。

「解けそう?」

「まだ調査を開始して半時間だぞ?こんな短時間で解読出来るなら、とっくに女狐共がやっている」

「小晶さんと約束したんでしょ?頑張ってね」

 愛しい人の名が出た瞬間、椅子の上の身体が数ミリ浮く。耳まで真っ赤にし、奴は実姉を睨み付けた。

「も、もう用は済んだだろう!?さっさと帰れ、気が散る!おいネイシェ、古代語の辞書を取ってくれ」

「あ、教えてくれたら取ってあげるよ。登ったり降りたり大変でしょ?」

「ありがと。えっと―――」

 俺の案内に従い、女医さんは壁の書棚の三段目から朱色の分厚い一冊を取り出した。そのまま渡すかと思いきや、ぱらぱら捲り出す。

「うーん。古代語は授業を取らなかったからサッパリね。基本的に魔術方面だけだもん、使うの」

 元通り閉じ、弟の手元へ。

「よく使うの?」

「週に一度はな。お陰で最近は多少引く頻度が減ってきた」

「昔から勉強良く出来たもんね、シャーゼ」

 ぱさっ、ぱさっ。左手で辞書を捲りつつ、右手で解読した言葉を白紙に書き写していく。何時見ても機械のように精確で無駄の無い動きだ。

「―――じゃあ定期船の時間もあるし、私達はそろそろシャバムに帰るね」

「ああ、そうしろ」

 片手を挙げたお姉さんがドアを開け、廊下へ出ようとした時だった。


「アムリ」「何?」


 意外そうに振り返る彼女に、弟は顔を上げないまま言葉を続けた。

「公転の関係で、今年の“黄の星”は記録的な猛暑になるそうだ。母さん共々、体調を崩さないようにな」  

「―――うん。シャーゼとネイシェ君もね。じゃあバイバイ!」バタン。




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