六章 奇跡
「あなた、本当にパパを元気に出来るの?」
姉ちゃんことミリカ・ミーヌは疑わしげに小晶さんを一瞥した後、後ろで腕を組んだまま睨むユアンへ舌を出した。
「ネイシェ、まだこんな奴と一緒にいるの?ママが心配してるわよ。一緒に帰りましょう」
「藪から棒に言うなよ。今何処に住んでいるんだ?」
「街の西側の高級住宅地よ。あんた達は―――ふーん、商店街の宿屋。私の勝ちね」
この様子、どうやら完全に相棒をライバル認識したらしい。やたら競争心の強い所は別れた時とちっとも変わってないな。
「勝ち負けなんて無えだろ。トレジャーハントの収入でんなトコ住めるか。って言うか姉ちゃん達こそどうやって家買ったんだよ?それに父さん、一体何の病気なんだ?」
ベッドの上でぐったり横になる中年の赤狐に視線を向けて問う。俺より二回り以上大きな身体を丸め、枕に幾分毛の薄くなった頭を沈めている。胸板にはテープで固定された栄養剤と思しき点滴の針が突き刺さっていた。
「おいネイシェ」
「何だよ?今取り込みちゅ―――みぎゃっ!!?」
耳を思い切り引っ張られ、激痛からあられもない声が出た。
「お前等の家庭事情などどうでもいい。後にしろ」
「何!?」「何ですって!!?」
姉弟揃って上げた抗議にも、奴は涼しい顔で鼻を鳴らしただけだ。
「午後の診察開始まで後二十三分だ。治療を受けさせないなら、私達はとっとと次の病室へ行かせてもらう」
「シャーゼさん、そんなに焦らなくても……あの、娘さん。ちょっとだけお父さんを診せて頂けませんか?今より少しでも楽になれるよう、精一杯頑張りますから」
「でも『シュビドゥチ』の薬も無いのに、あなたに何が出来るって言うの?」
「?シュビ、ドゥチの薬?それが特効薬なんですか?」
シュビドゥチとは俺達赤狐一族の名前だ。待てよ、そう言えば母さんから聞いた事あるぞ。確か十人に一人の確率で発症する、一族特有の不治の病があるって。
「そうよ。あ、ちょっと勝手に!?」
小晶さんは父の毛むじゃくらの首筋に触れ、かなり氣が衰弱しています、痛みはあるんですか?本人に直接問う。しかし目は開いているが返事は無かった。
「無理よ。病気が進行したせいで、パパは喋れなくなってしまったの。意識はあるけれど、しばらく前から全身がだるくて、瞼以外は動かせなくなって……こうして入院はしているけれど、医者も原因不明で打つ手が無しらしいわ」
「そうですか……済みません、辛い事を言わせてしまって」
誠実そのものの謝罪に、頑なな姉は僅かに強張った表情を変えた。
「では、始めますね。すぅ……」
深呼吸の後、先程と同じように光を帯びた手を翳す。するとどうだろう!ピクリとも動かなかった唇が、ゆっくりではあるが開き始めたのだ!!
「ネイシェ……お前、生きていたんだな」「父さん!!」「パパ!?」
五年振りに聞く父親の声は、病のせいか酷く皺枯れていた。
「治ったのパパ!?」
「いや……身体が重だるいのは相変わらずだ。この人から流れ込んできた温かい何かのお陰で、どうにか舌だけは回るようになったようだが……」
「あぁ、奇跡だわ!私、ママに電話してくる!!」
姉ちゃんはそう言ってポケットから携帯電話を取り出し、バタンッ!勢い良く病室を飛び出して行った。
父は動かない首の代わりに目を伏せ、小晶さんに礼を言う。
「ありがとうございます……まさかもう一度喋れるようになるとは、夢にも思っていませんでした」
「いえ、そんな。私は氣を回復させただけで、病状自体は未だ何も変わっていません。とても珍しい病気のようですが、治す方法は無いのですか?」奇跡を続けながら質問する。「娘さんの話では、薬がどうとか」
「ええ……伝承に因れば、我々シュビドゥチの故郷に『シビリアン・ブルーロビン』、通称『小瑠璃遺跡』と呼ばれる霊廟があるそうです。かつて一族の病を治した僧の住処だったとか……」
瞼を閉じる。
「儂がこうなって以来、ミリカと母親はずっとそこを探しています。薬のレシピを手に入れるため、随分危ない橋も渡っているようで」
彼は眼球を僅かに動かし、渡したい物がある、ネイシェ、下にある儂の鞄を開けろ、と言った。俺がベッドから飛び降りようとすると、ユアンがサッと手を伸ばして引き摺り出す。
ジジジ………カチャッ、パサッ。「これは箱、か?」
取り出されたのは、父が森でいつも身に着けていた五センチ四方の黒い宝箱が付いたペンダント。よく見ると、留め金の所に米粒大の金剛石が嵌っている。更に接近すると六面共に十数箇所、直径〇・数ミリ単位の小さな穴が空いていた。空気穴?
パカッ。宝探し屋は本人達の承諾無しに開け、茶に変色し折り畳まれた紙を広げる。「地図か」
「代々族長へ伝えられる、霊廟への地図だ。―――儂はもう長くないかもしれん。話せる内にお前へ渡しておく」
「ちょ、ちょっと待てよ父さん!跡目を継ぐなら母さんか姉ちゃんの方が……大体勝手に諦めんなよ!!この遺跡さえ見つければ病気は治るんだろ!?」
「そうですよドラットさん。シャーゼさん達は優秀なトレジャーハンターです。きっと調合法を見つけて薬を完成」
「おい!」
全幅の信頼に悲鳴を上げる相棒。
「しかし、今まで一族の誰も見つけられなかった場所だぞ?コピーを預けているニースやミリカでさえ、四方八方探して何の手掛かりも掴めなかった」
溜息を吐く父に、俺は不敵な笑みを返してやる。
「何だよ父さん、俺達の腕を信用してないな。なあユアン?」
「こらネイシェ!私は手伝いなど」
「シャーゼさん。私に協力出来る事なら何でも言って下さいね」
言いつつ、彼はポケットの財布から名刺を取り出した。
「慰問の時以外は大体執務室にいるので、何かあったらここへ連絡して下さい。そうだ。ペンありますか?」
「あ、ああ。―――ほら、こいつでいいか?」
ベッドサイドに置いてあったシャープペンを渡すと、小晶さんは例の蕩けそうな笑みを浮かべた。うぅ、このエロスを感じさせない無垢さ、恐るべし!
「ありがとうございます。ええと―――はい。裏に家の電話番号を書いておきました。夜はこっちに掛けて下さいね。どうぞ」
「お、おい!だから私は」
「ありがと小晶さん、恩に着るよ」
肩の上から受け取ろうとすると、横から奴の手がふんだくる。勿論計算の内だ。
「じゃあ俺達、早速鳳凰亭に戻って調べたいんだけどいいかな?」
「はい、一刻も早くお父さんを治してあげて下さい。―――それと二人共、今日は付き添ってくれてありがとうございました」
深々と頭を下げ、完璧な造形の唇でトドメの一言を放つ。
「―――シャーゼさん、どうか宜しくお願いしますね」