五章 衝撃の慰問
「どうぞ、お入り下さい」
まだ四十代だと言う瞑洛病院の院長は、至極丁寧な態度で俺達を診察室へ招き入れた。
「にしても、あの高名な聖者様にうちみたいな小さい病院へ脚を運んで頂けるとは。感無量です」
「そんな事はありません。スタッフの皆さんはとても患者さんに親切ですし、大きさに関係無く立派な病院だと思いますよ?」
謙遜には慣れているのだろう。小晶さんは極自然にそう褒めた。
「ありがとうございます。後三十分で午後の診察時間です」白衣の袖を捲り、腕時計を確認する。「本当にこちらへ案内するだけで宜しいのですか?」
「はい。今は六人の患者さんが入院中なんですよね?―――ええ、では先にそちらを訪ねてきます。あ、案内は大丈夫。病室は―――三階ですね、分かりました。ありがとうございます」
一礼し、後ろにいた俺達を振り返る。
「シャーゼさん達はどうしますか?アムリさんはああ言っていたけれど、ここからは私一人でも」
「折角だから横で見学させてくれよ。な、ユアン?」
病院に入って以来渋面の取れない相棒へ話を振る。するとそこで院長が首を傾げた。
「そう言えば、どうしてトレジャーハンターのあなた方が付き添いを?聖者様とお知り合いなの」
「ただの腐れ縁だ」ギロッ。「何か問題でもあるのか?」
「いえいえいえ!頼もしい限りで助かります!何分うちはスタッフも少なく、充分な案内も出来ないので!!」
元政府員の眼光に震え上がりながら、黙ったら命を刈られるとばかりに必死で弁解した。
「あ、そうだ。院長先生、彼に白衣を一着貸してくれませんか?」
そうか、流石にTシャツとジーンズで診察は無い。小晶さんは以前と同じ不思議なデザインの黒服だから、そのまま患者に会っても大丈夫だろう。
「ええ。少々お待ち下さい」
三分後。パリッと糊の効いた白衣に袖を通し、ユアンは胸のボタンを留める。研修医に見えなくも……いや、目付きが悪過ぎてとても無理。外科医は外科医でも安楽死専門、みたいな。
院長を残し、俺達は廊下へ。昼休み中なので、ロビーに診察を待つ患者の姿はまだ無かった。
「小晶さんはやっぱシャバムに住んでるの?」
「ええ、弟と二人暮らしです。ところでネイシェさんも家出中なんですか?」小首を傾げる。「あの大家さんがお母さん、ではありませんよね?」
「うん。洪水で住処の森から流されたんだよ。戻ろうにも頭を打って記憶が曖昧でさ」パタパタ前脚を振る。「あ、けど大丈夫!俺こう見えても二十歳過ぎた大人だし、一人でも何とか生きていけるから」
「で、やっている事と言えば未亡人共の夜の相手か」鼻を鳴らす。「良い御身分だな」
「手前!!」
ぽかぽかぽか、ぎゅーぎゅーぎゅー!奴の頭を後脚で三発蹴る間に、同じ数だけ尻尾を引っ張られた。いたいけな狐に何て野郎だ!!
くすっ。「それだけ仲良しなら平気そうですね。でも御家族はネイシェさんを捜しているかもしれませんよ?政府館に戻ったら、捜索願が出ていないか探してみます」
親切な提案に、思わず涙が出そうになる。何処かの動物虐待者とは雲泥の差だ。
「こんな色惚けのためにお前が労力を使う必要は無い。本人がいいと言っているんだ、放っておけ」
「でも……向こうはきっと、離れ離れになって凄く心配している筈です。昔、私達が“黒の星”へ戻っていた時みたいに……」
辛い過去を思い出したのか、心臓の上へほの白い手を置く。
「まさか。お前とこのお気楽能天気性欲獣が一緒なものか」
階段を昇りながら白衣を纏った腕を組み、華麗なる毒舌コンボを決めるDV男。
「大体、私が拾ってやって丸四年だぞ?隠れ住んでいる訳でも無いのだ、普通ならとっくに捜し当てている筈だろう?―――いや、流石に死んではいない筈だ。何せこいつの血縁だからな。恐らくこちらのケダモノ同様、深刻になど考えていないのさ。だからお前は何も心配するな」
「そうそう。それに俺、結構今の生活が気に入ってるんだぜ。森の住処はホント何も無くってさー」
周囲は見渡す限り森林ばかり。時々人里へは降りていたが、総じて若者には退屈極まりない場所だ。母と姉がよく連れ立って別の星へ出掛けるのを、いつも羨ましく思いながら父と見送っていた。
「ネイシェ?お前、記憶が戻っていたのか?」
「ボチボチはな。けど駄目だ」
思い出してすぐの頃に住処へ戻ってみたが、俺同様両親と姉も既に森を離れて久しいようだった。変化の苦手な俺と違い、きっと三人は巧く人里に紛れ込んで生活している事だろう。そう説明して嘆息。
「人に化けてるのを見たのはほんの餓鬼の頃だ。多分今、道でバッタリ会っても気付かないだろうな」
「しかし向こうは覚えている筈だろう?生憎私には狐の区別など付かんが」
「まあな」
話が一段落した所で三階へ無事到着。小晶さんの提案で、一番奥の病室から訪問する事にした。
「事前にカルテを見ておかなくて大丈夫だったのか?」
「ええ。私はあくまで患者さんの氣を回復させる手伝いをするだけですから。傷病自体はお医者さんと本人の治癒力頼みです」
つくづく謙虚な人だ。この朴念仁がうっかり惚れちまうのも無理は無い。
「そうか。ならとっとと始めるぞ」
三〇六号室のドアの横の名札には、マジックで『ドラット・ミーヌ』とあった。俺の苗字と同じ?って言うか!?
「親父!!」「え?」「何?」
俺の上げた叫び声に、病室内から反応があった。
ガラガラッ!中から現れたのは、俺の毛色と同色の髪を肩まで伸ばした二十代中盤の女。知らない顔だが、その好戦的な黒目だけは変化でも誤魔化せなかったようだ。
「ネイシェ!?」「姉ちゃん!?」
再会に驚いた拍子にピョン!スカートから赤毛の長い尻尾が飛び出す。「きゃあっ!!」姉は悲鳴を上げ、慌てて術を掛け直した。