三章 不機嫌な宝探し屋
カラカラ、バタンッ!「おいネイシェ!!」
血の止まりかけた傷の横にくっきり青筋を浮かべ、パートナーは怒り心頭に俺の名を呼ぶ。
「よう相棒。まあ座れよ、手当てしてやるから」
「そんな事は後回しだ!貴様、一体何人に『あの事』を喋った!?」
慌てふためく奴にニーッ、最大級の底意地の悪い笑みを返す。
「何の事だよ、『あの事』って?俺頭が悪いから、はっきり言ってくれないと困るなあ」
「小晶の事に決まっているだろう!?それ以外にあるか、この破廉恥狐!!」
バンッ!カウンターを割らんばかりに拳を叩き付ける。
「道理で最近、街の連中の目が妙に生温かった筈だ。全て貴様の仕業だな!?」
まあ同性愛者はただでさえ珍しいし、しかもそれが身分違いの恋なら尚更だ。でもいいじゃないか、きっと同意してくれる奴は多いぞ?
「でも俺、お付き合いしてる女性の方々以外には言ってないぜ?そこから広まったのは完全に責任の範疇外だ」
「言い逃れは赦さん!おい、他に余計な事は言ってないだろうな!?」
「あ、うん。お前の本名がシャーゼ・フィクスで、前職が政府員で現在家出中ってのは本当にまだ誰にも言ってないぞ」
「あら、そうなの?」カウンター内にいたヴァイアが口元に手を当てる。「家出って、御家族が心配なさっているんじゃ」
「ぐぐぐ……!!」
歯噛みする奴に女主人は椅子を示し、話は治療しながらにしましょう、病院に行かなくて大丈夫?優しく尋ねた。
「ああ、これぐらい何ともない」舌打ち。「ネイシェ」「おうよ」
カウンターから飛び降りる俺。奴は丈夫な編み込み靴を脱ぎ、靴下を取る。患部は予想以上に赤く腫れ上がっていた。前脚で触るとかなり熱い。
「折れてるかもな。一応病院行った方が良くないか?」
「まさか。普通に歩いてここまで帰れたんだぞ?この程度、冷やせばすぐに引く」
「人様の数倍痛覚鈍い奴が言っても説得力無えよ」
取り敢えず様子見で冷湿布貼っとくか。特に傷も無いみたいだし、消毒は要らないな。
「こっちも拭き取りますよ」「済まん」
呼び掛けに見上げると、ヴァイアがお絞りで額の血を拭っていた。切り傷は五センチぐらいか。意外と危険なんだな、あそこの書棚。俺も時々登るから気を付けないと。
「にしてもあの小僧め。一体何処から情報を仕入れてきたんだ?」
「あれ、言ってなかったか?ショナのお袋さん、もう三年も俺と良い仲だぞ」
「何?そうなのか」目を丸くする。
「つーか昨日三人デートで出掛けてただろ、俺。戻って来てバーガー差し入れしたじゃん」
すると奴はポカンとし、それから首を捻った。おい、まさかこいつ……。
「そうだったか?」眉根を寄せる。「調べ物に集中していたせいで何も覚えてない」
「俺の気遣いと並んだ時間と金を返せ」
瞑洛で今話題のバーガー屋で、三人で三十分掛けてやっと手に入れたのだ。牛ロース百パーセントパティの上、有機野菜でお値段も結構な物。勿論、そんじょそこらのファーストフードとは比べ物にならないぐらい美味いんだぞ!熱っぽくそう説明したが、ユアンは浮かない面を全く変えなかった。
「……駄目だ、矢張り記憶に無いな。何か口にしたのは覚えているが、味までは」
つくづく友達甲斐の無い奴め。今度から差し入れは出来るだけ安物にしよう、そうしよう。
「湿布張るぞ。よっと!」
床から椅子、更にカウンターへ登って開いた薬箱を覗き込んだ、丁度その時。
カランカラン。「どうぞどうぞ、こっちです」
図書館の制服のままのショナが出入口を開け、二人の女性を鳳凰亭へ招き入れる。三十代と五十代、どちらも銀髪で似た顔立ちと雰囲気。どうやら親子のようだ。
そのお年を召した方の、年齢を感じさせない無邪気な微笑みを見た瞬間。ビリッ!背筋に電流が走った。間違い無い!この女性、百パーセント未亡人だ!しかも俺の好みドストライク!!
「へー、中々綺麗な宿屋だね。あ、シャーゼ久し振り!」「アムリ!?母さんも」なぬ?お母様だと!?
案内役は一礼し、じゃあ俺は仕事があるんで、そう断って開けたばかりのドアを潜って出て行く。
「五年振りね。思ったより元気そうで良かった」
妙齢のお母様はそう言って、両腕に抱えたビニール袋をカウンターへ置く。
「どうせお部屋には殆ど何も置いていないんでしょう?そう思って、今年咲いたばかりのセントポーリアを持って来たの」ピンク色の花弁の鉢を取り出し、又も笑む。
「まあ綺麗!」
愛人が掌を胸の前で合わせて喜ぶ。
「ありがとう。水やりは土を湿らせる程度でいいわ。後は偶に液肥をあげて頂戴。元気なら年に何回も咲いてくれるわ」
ガーデニングが趣味とは聞いていたが凄え。葉っぱもつやつやで、店に売っていても全くおかしくない代物だ。
「ありがと。枯らさないように大事にするよ。ところでお母様、お名前は―――ぎゃっ!!?」
尻尾を思い切り引っ張られ、思わず奇声が上がる。掴んだままの加害者はわなわな震え、突然現れた家族達に向かって叫んだ。
「な、何故ここが分かった!?住所が分かる物は何も家に届いていない筈だぞ!!」
「そうそう。五年も手紙一つ寄越さないなんて、私達がどれだけ心配したと思ってるのよ。ねえ小晶さん?」
「!!!?」
その瞬間、思わず相棒の鋼の心臓が止まらないか心配になった。―――うん、大丈夫。ショックは豪く大きいが、生命活動には全く支障無いようだった。




