表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/22

十八章 二度目の家出



 数日後。


「じゃあ行って来るね、パパ、ママ」

「父さん、病み上がりなんだから身体には気を付けろよ」


 俺がそう言うと、わざわざ玄関へ見送りに来てくれた父は微笑んだ。母の胸に抱えられた彼は豪邸中をガンガン掛かった冷房に当てられないよう、彼女お手製の藍の浴衣に身を包んでいた。

 ユアンと袂を分かった日の朝。寝不足気味の小晶さんに電話を掛け、件の薬屋を紹介してもらった。住所に従い早速訪れた天宝商店は、一見ただの骨董店にしか見えない佇まいだった。


『よく来たの。話は既に聞いておる。早速見せてもらえるか?』


 茶器の並んだ店先で待っていたのは、還暦過ぎた一人の爺さん。促されるままレシピを渡すと、何と僅か半日で特効薬完成!俺達が店の隣に聳え立つ龍商会ビルでショッピングしている間に、だ。

 しかも感謝してもし切れない彼に姉ちゃんが謝礼の話をすると、『礼はいい。珍しい調合法を見せてもらっただけで充分じゃよ』良い人過ぎる。誰かさんにも是非見習って欲しいぐらいだ。

「ああ。お前達もユアンさんに迷惑掛けるんじゃないぞ。特に」

 釘を刺そうとする夫へ、シルバーフォックスの現役長は朗らかに語り掛ける。

「いいじゃない、あなた。まだ三人共若いもの、多少は喧嘩もしないと。―――じゃあ二人共元気でね。近いんだし、また何時でも帰って来てね」

 姉ちゃんと、彼女の肩に乗せられた俺は揃って一礼。その後決然と市街へ歩き出す。


「パパ、ママ!バイバーイ!!」


 初の親元離れを果たした姉は、精一杯声を張り上げ大きく手を振った。

「でも良かったのか姉ちゃん?何もあいつの所でなくたって、母さんに言えば修行先の一つや二つ斡旋してもらえたんじゃ」

 小瑠璃遺跡以来、彼女はすっかりユアンの明晰さと行動力に惚れ込んでしまったようだ。恋愛感情は……まさか、ね。純粋に尊敬の一念で弟子入りしたと信じたい。でなきゃ幾ら何でも趣味が悪過ぎる。

「他なんて駄目。私はユアン・ヴィーから学びたいの」

 空になった小瑠璃の石像の他、身の回りの物を詰め込んだトランクを手にキッパリ断言。

「あいつのスキルは凄いわ。将来ママの後を継ぐのに絶対役立つ筈よ。それに」

「?」

「―――初めてだったの、家族以外で対等に扱ってくれた人間。組織の連中はママから絶対服従を言い付けられてるし、正直ずっとつまらなかったの」

 ブンッ!皮製のトランクを縦に思い切り一回転。

「だから三分の一は家出。もう三分の一が修行よ」

「じゃあ残りは?」

「勿論、あんたのお目付け役に決まってるでしょ!」

 痛い!本気で耳を引っ張られる。

 調合薬を手に帰宅した翌日。頓服したばかりの父も交えた家族会議の結果、仕送りを止めるのは流石に可哀相だから、当面は母が出すと言う結論に達した。

『私達からすれば可愛い孫だもの。ネイシェ、今度紹介して頂戴ね』

 電話が入ったのは我が子を飢えさせずに済んでホッと一安心し、腰を据えて再就職先を探そうとした矢先の事だった。


『ネイシェ、私だ』


 数日振りに聞く相棒の声は、何故か酷く苛立っていた。

『どうした?パンツならクローゼットの一番下だぞ』

『―――戻って来い』

『え?』

『あの糞ババア……いいからつべこべ言わず帰って来い!持ち物は全部そのままにしてある。女狐の部屋もさっき主人に用意させた』

『ちょ、ちょっと待てよ!?コンビは解消じゃなかったのか?』

『ああ!貴様の母親があんな脅迫をしてこなければ永久にな!!』

 ガンッ!カウンターの椅子を蹴り上げる音。

『とにかく明日にでも戻って来い!いいな!!』

 一体何言われたらああも慌てるのやら。ま、大方小晶さん絡みだろうけど。

「ママは赦したけど、これ以上不純異性交遊の範囲を広げたら許さないんだからね?」

『いいじゃない、最近は少子化が進んでいるって言うし。あなたも孫は沢山いた方がいいわよね?』

 寛容な母と違い、未だ男性経験の無い姉はかなりそっち方面に厳しい。二股でも噴火物なのに、俺の場合は十股だもんな。勿論誰一人手を抜いているつもりは無いが、健全なお付き合いに見え辛いのは理解出来る。

「いや、実は今一人気になってる人が……」

「何ですって!?―――ユアンの母親?そんなの駄目に決まってるでしょ!!?」

 ガツンッ!手加減無しに脳天を殴られた。一瞬割れたのかと思うぐらいの激痛が走った後、昼間だと言うのに目の前をお星様が飛ぶ。

「で、でも本当に良い人なんだぜ?この間宿屋に来た時も、自分で育てた綺麗な花を持って来てくれたし」

「いい訳無いでしょ!あいつが機嫌損ねて、私まで追い出しにかかったらどうしてくれるの!?」

「心配なのはそっちかよ!?」 

 姉弟漫才を繰り広げる間に、無事目的地へ到着。数日振りの鳳凰亭の玄関先には、見慣れない軽トラが一台停まっていた。ヴァイアが呼んだ業者だろうか?


「ただい」「人の宿に押し掛けて来ておいてギャアギャア騒ぐな!この大女が!!」


 相棒の怒鳴り声が外まで響き渡り、後ろにいた通行人達が一斉に振り返る。

「な、何だ一体?」

「開けるわよ」コンコン。ガチャッ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ