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十七章 裏切り



 彼にわざわざ船着場まで見送られた数時間後。最終便に乗り込んだ俺達は、無事“白の星”への帰路に着いた。

「うーん、やっと到着ね」

 瞑洛の街へ降り立つと、既に深夜一時を回っていた。通りに人影は無く、明かりが灯った居酒屋もまばらだ。

 ペコッ。突然俺達の前に回った姉は、頭を深く下げた。

「ユアン。今日は、もう昨日だけど、本当にありがとう」

 顔を上げ、心底嬉しそうに微笑む。

「未熟でも一応トレジャーハンター。弟を連れ戻すのはキッパリ諦めるわ。この通りお調子者だけど、これからも宜しくお願いね」

「姉ちゃん……」

 肉親の言葉に、目の前のお月様が歪む。

「ネイシェ。さっき戦ってたあんた、凄く格好良かったよ。もうすっかりベテランね」

「いやぁ、それ程でも」

 照れ臭さからバリバリ、頭の毛を掻く。ところが、


「―――何故だ?」「「へ?」」


 相棒は腕を組み、私に異論は一切無いぞ女狐、気兼ねせずに連れて行くといい、そう冷淡に告げる。

「お、おいユアン、何言ってんだ!?昨日俺がいないと困るって言ったばっかだろ!!?」

 沸き上がる厭な予感に、背筋を冷たい汗が伝う。


「ああ、昨日はまだ調合法を手に入れてなかったからな。あいつにうっかり出くわして、お前の事をピーピー訊かれたら説明に困ると言う意味で言ったんだ。それ以外何がある?」

「な、な、何ー!!?」


 怒りのまま飛び掛かり、渾身のパンチを脳天に食らわす。だが二撃目の最中に奴が尻尾を掴み、力任せに無理矢理引き剥がした。

「いきなり何をする、このケダモノが!?」

「それは完全にこっちの台詞だ!!」

 逆さまで宙吊りにされつつも、四本脚をバタバタ振り回して抵抗する。

「ああ、よーく分かったさ!手前の頭の中が小晶さんで一杯なのはよ!!」ジタバタジタバタ!!「この薄情者!ムッツリスケベ!!」

「何だと!?ハッ!なら良い機会だ。餞別に貴様の悪行、今この場で全部この女へブチまけてやる」

 底意地の悪い笑みを浮かべ、不安一杯で事の趨勢を見守っていた姉を呼んだ。

「どう言う意味?ネイシェ、あんた一体何したの?」

「いいか、良く聞け女狐。お前の弟は、この年で何と三人も子供がいるんだぞ」ニヤニヤ。「しかも相手は全員見事に違う女だ。寂しい未亡人共を口八丁手八丁で誑かし、毎日飽きもせず腰を振った成果だ」

 どうだ凄いだろう?とでも言いたげに、上げた両掌を空へ向ける。

「かく言う宿の主人も被害者の一人でな、全く酷い話だ」

「ちょ、誤解を招く発言は止めろ!!」

 わなわなわな……拙い!黄金の右脚が今にも炸裂したげに痙攣し始めた。

「ね、姉ちゃん!ユアンの言う事は嘘っぱちだ、信じてくれよ!!それに幾ら俺でも毎日は無理だ、多くても週に三回が限界」

「そんな弁解が通ると本気で思っているのか、ネイシェ?」憎らしい程上機嫌に鼻を鳴らす。「正真正銘の阿呆だな。ヤリ過ぎでただでさえスカスカの脳味噌が更に減っているんじゃないか?」

「手っ前、一体何の恨みがあって……!」

 激怒に一本残らず体毛が逆立ち、威嚇の唸り声を上げた。

「何の、だと?毎月検査だ分娩だ、果ては養育費だのと馬鹿にならん金を下ろしていくのは何処のどいつだ?この金喰い狐め」

「口座は共同の財布だって前に言ってたじゃんか!使って何が悪い!?」

「限度と言う物があるだろう、恥を知れ!大体貴様、誰に食わしてもらっていると思っているんだ!?宿代も私が払っているんだぞ!!」

 何てがめつい野郎だ!そんなつまらない理由でこの可愛らしい赤狐を追い出すつもりか!?金勘定が細かい奴と薄々勘付いてはいたが、まさかここまでケチだとは思わなかった!

「と言う訳だ女狐。私に遠慮せずこいつを連れて帰ってくれ。本心では迷惑料を請求したいぐらいだが、父親が病で大変な状況だ。せめてもの温情でチャラにしておいてやる」

 真夏の快晴ばりの高圧宣言をし、掴んだ尻尾を姉に差し出す。次の瞬間、全身を凄まじい衝撃が襲った。


「ぎゃあっ!!」ドンッ!ガンッ!!


 一撃目で天高く跳ね上げられ、続く踵落としでスピードを遥かに増し石畳に叩き付けられた。全身の骨と言う骨が悲鳴を上げたが、何故か一本も折れてはいないらしい、不幸な事に。


「あがが……」「さいってー!!!」


 潔癖な彼女は侮蔑の眼差しを向け、まるで汚物のように首根っこを掴んだ。目指すは母の待つ豪邸。

「明日朝一で家族会議を開くわよ!ユアン、悪いけど私達はこれで」

「別に断る必要など無いぞ」背伸び。「あぁ、気兼ね無く手足を広げて眠るのは何年振りだろうな」

 手前の何時何処に遠慮があったんだよ!?昨日の朝だって寝起きに思い切り腹へ肘打ち入れただろうが!!

「心底感謝するぞ女狐。じゃあなエロ狐。精々達者で暮らせよ」

「ううー!!!」

 悠々と鳳凰亭へ戻る元相棒の後ろ姿が見えなくなるまで、俺は怨嗟の呻きを上げ続けた。




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